第4話: 「初陣の後で母ちゃんに叱られた!…でも俺は止まらねえ!」
「おいおいおい!初陣で足軽を斬ったんだぞ!俺の隻眼、見てビビっただろ!」
天正9年、米沢城(山形県米沢市)の広間。人取橋(福島県本宮市)の戦いから数日経ったある朝、伊達梵天丸が木刀を手にドヤ顔で叫んでいた。
初陣で二本松勢の足軽を軽く蹴散らした興奮が冷めやらず、広間で家臣たちに自慢話をまくし立てている。
木刀を振り回すたび、広間の柱に新たな傷が刻まれ、家臣たちが遠巻きに「また始まった」と呟き合っていた。
近くで片倉小十郎が汗だくで手をバタバタさせる。苦労人の顔には疲れがにじんでいる。
「殿!確かに初陣で勝ちましたけど、そんな大声で自慢しなくても皆分かってますよ!少し落ち着いてください!」
「落ち着く?小十郎、初陣で俺が足軽を斬ったんだぞ!天下への第一歩なんだから、でかく語らねえと!」
梵天丸はニヤリと笑い、木刀を振り回す。小十郎が「うわっ!」と飛び退き、「胃が……」と呻く。
「殿、小十郎の言う通りよ。初陣終わったんだから、少しは休みなさい。私だって応援してるんだから」
片倉喜多が穏やかな声で諫める。小十郎の姉は、手に濡れ布を持って梵天丸に近づく。
「喜多!応援なら俺の強さ見て安心しろ!足軽くらい俺には敵じゃねえって!」
「強さは分かったから、小十郎が可哀想よ」と、喜多がクスクス笑うと、梵天丸はムッとして木刀を柱に叩きつけた。
そこへ、時宗丸がドカドカと広間に飛び込んできた。幼い従兄弟は木刀を手にニヤニヤしている。
「殿、初陣で足軽斬ったって!?俺も斬ったよ!二本松の連中、弱すぎだったな!」
「時宗丸!お前は俺の後ろでいいぜ。初陣の主役は俺だからな!」
「何!?俺だって足軽くらい斬れるよ!10人くらいやったからな!」
「殿が主役です!時宗丸殿は突っ込む前に考えてください!」
と小十郎がツッコむが、時宗丸は
「うるさい!」と笑って木刀を振り回す。
柱に新たな傷が増え、小十郎が「胃が限界です……」と呻く。
その騒ぎを見ていた鬼庭左月が、馬から降りて渋い声をかける。
白髪交じりの老家臣だが、背筋はピンと伸び、槍を手に持っている。
「殿、時宗丸殿、派手すぎますな。初陣で足軽と斬り合うなんて、大名の若殿にあるまじき行為ですよ」
「左月じいちゃん、あるまじき行為?俺の隻眼で足軽を倒したのが何で悪いんだよ!」
「倒すならわしとやれ。足軽相手じゃ物足りなかろう」と左月が渋く笑うと、小源太が勢いよく飛び込んできた。
「殿!俺も足軽斬ったよ!二本松の連中、逃げ足だけは速かったな!」
梵天丸と同い年の幼馴染、小源太は目をキラキラさせ、小さな木刀を手に持っている。左月の息子だ。
「おお、小源太!お前も一緒に斬ったな!俺とお前なら最強だ!」
「小源太、お前は落ち着け!足軽が可哀想だぞ!」と左月が諫めるが、小源太は「殿と一緒なら怖くねえ!」と木刀を振り回す。
その時、広間の奥から鋭い声が響いた。
「梵天丸!何!?初陣で足軽と斬り合っただと!?」
義姫だ。梵天丸の母ちゃんが、ドスドスと足音を立てて現れる。長い髪を結い上げた姿は威圧感たっぷりで、手には扇子を握り潰す勢いで持っている。
隣には竺丸がちょこちょこついてくる。
梵天丸の弟で、ちっちゃい体に似合わず好奇心旺盛な目が光っている。
「母ちゃん!竺丸!何だよ、急に!」
梵天丸が木刀を下ろすと、義姫が一気にまくし立てる。
「急にだと!?お前が初陣で足軽と斬り合ったって話を聞いて、怒りが収まらんよ!大名の若殿がそんな下賤な真似をするなんて、あるまじき行為だ!恥を知れ!」
「恥?母ちゃん、俺は初陣で勝ったんだぞ!足軽くらい斬って何が悪いんだ!」
「勝つなら頭使え!足軽と斬り合うなんて、伊達家の面汚しだ!お前、隻眼で天下獲る気なら品位を持て!」
義姫が扇子を振り上げると、梵天丸は「うるせえ!」と木刀を地面に叩きつけた。
竺丸がニコニコしながら言う。
「兄ちゃん、母ちゃんに怒られてるね。足軽斬るなんてカッコいいのに」
「竺丸!お前、母ちゃんの味方か!?俺はカッコいいだろ!」
「梵天丸!弟まで巻き込むな!竺丸、お前は黙ってなさい!
」と義姫が一喝すると、竺丸は「はーい」と縮こまる。
小十郎が慌てて仲裁に入る。
「義姫様、殿はただ初陣で興奮してるだけです……胃が痛い俺が言うのも何ですけど、少し落ち着いてください!」
「小十郎、お前まで甘やかすな!この子は跡取りなんだぞ、足軽と斬り合うなんてありえん!」
喜多が穏やかにフォローする。
「義姫様、殿は元気でいい子ですよ。私が見てるから大丈夫です」
「喜多、お前は優しすぎる!この子はもっと厳しくしないとダメだ!」
時宗丸がニヤニヤしながら言う。
「母ちゃん、殿が足軽斬っても俺がカバーするよ!10人くらいなら余裕だ!」
「時宗丸、お前も黙れ!お前までそんな真似したら許さん!」
小源太が目を輝かせて叫ぶ。
「俺も殿と一緒に足軽やっちゃったよ!楽しかったな!」
「小源太、お前までか!左月、お前の息子だぞ、なんとかしろ!」と義姫が怒鳴ると、左月が渋く笑う。
「義姫様、小源太は元気なだけですな。わしも足軽なら馬で突っ込めますよ」
「左月、お前までふざけるな!この家、どうなるんだ!」
騒ぎを見ていた輝宗が、広間に現れて笑顔で言う。
「義姫、梵天丸が元気で何よりだろ。足軽と斬り合ったくらいで大目に見てやれ」
「輝宗!お前が甘やかすからこうなるんだ!足軽と斬り合うなんて、伊達家の恥だよ!」
「父ちゃん!母ちゃんがうるせえよ!俺は天下獲るんだから、これくらい平気だ!」
「平気?お前、隻眼で天下獲るなら頭使え!足軽相手に暴れるなんて馬鹿のすることだ!」
義姫の毒舌に、梵天丸が「何!?」と立ち上がる。輝宗が「まぁまぁ」と笑う中、小十郎が「胃が限界です……」と呻く。
そこへ、虎哉が飄々と現れた。
「梵天丸、初陣で足軽と斬り合って欲が膨らんだな。執着は捨てなさい」
「虎哉じいちゃん、執着が俺の燃料だよ!母ちゃんに怒られても俺は止まらねえ!」
「止まらねえだと!?梵天丸、今夜は飯抜きだ!」と義姫が扇子を振り上げ、梵天丸が「うるせえ!」と叫ぶ。
時宗丸が「母ちゃん強いな」と笑い、小源太が「殿、頑張れ!」と応援し、竺丸が「兄ちゃん、飯抜きだね」と呟く。
小十郎が「胃が……誰か助けて……」と嘆く中、物語の第四歩が、こうしてドタバタと刻まれたのだ。
……とはいえ、母ちゃんの怒りはまだまだ続きそうだな、と梵天丸は思ったんだけどな!