第3話: 「初陣で足軽と斬り合い!…母ちゃんに怒られた!」
「おいおいおい!初陣で足軽なんかに負けるかよ!俺の隻眼、見てビビっただろ!」
天正9年、米沢城(山形県米沢市)の広間。人取橋(福島県本宮市)の戦いから戻ったばかりの伊達梵天丸が、木刀を手にドヤ顔で叫んでいた。
初陣で二本松勢の足軽を軽く蹴散らした勢いそのままに、城内で戦の話を自慢げにまくし立てている。
広間の柱には木刀で叩いた跡が残り、家臣たちが「またか」と遠巻きに見守っていた。
近くで片倉小十郎が汗だくで手をバタバタさせる。苦労人の顔は疲れが濃い。
「殿!確かに初陣で勝ちましたけど、そんな大声で自慢しなくても皆分かってますよ!少し落ち着いてください!」
「落ち着く?小十郎、初陣で俺が足軽を斬ったんだぞ!天下への第一歩なんだから、でかく語らねえと!」
梵天丸はニヤリと笑い、木刀を振り回す。小
十郎が「うわっ!」と飛び退き、
「胃が……」
と呻く。
「殿、小十郎の言う通りよ。初陣終わったんだから、少しは休みなさい。私だって応援してるんだから」
片倉喜多が穏やかな声で諫める。小十郎の姉は、手に濡れ布を持って梵天丸に近づく。
「喜多!応援なら俺の強さ見て安心しろ!足軽くらい俺には敵じゃねえって!」
「強さは分かったから、小十郎が可哀想よ」と、喜多がクスクス笑うと、梵天丸はムッとして木刀を柱に叩きつけた。
そこへ、時宗丸がドカドカと広間に飛び込んできた。幼い従兄弟は木刀を手にニヤニヤしている。
「殿、初陣で足軽斬ったって!?俺も斬ったよ!二本松の連中、弱すぎだったな!」
「時宗丸!お前は俺の後ろでいいぜ。初陣の主役は俺だからな!」
「何!?俺だって足軽くらい斬れるよ!10人くらいやったからな!」
「殿が主役です!時宗丸殿は突っ込む前に考えてください!」と小十郎がツッコむが、時宗丸は
「うるさい!」と笑って木刀を振り回す。柱に新たな傷が増え、小十郎が「胃が限界です……」
と呻く。
その騒ぎを見ていた鬼庭左月が、馬から降りて渋い声をかける。
白髪交じりの老家臣だが、背筋はピンと伸び、槍を手に持っている。
「殿、時宗丸殿、派手すぎますな。初陣で足軽と斬り合うなんて、大名の若殿にあるまじき行為ですよ」
「左月じいちゃん、あるまじき行為?俺の隻眼で足軽を倒したのが何で悪いんだよ!」
「倒すならわしとやれ。足軽相手じゃ物足りなかろう」
と左月が渋く笑うと、小源太が勢いよく飛び込んできた。
「殿!俺も足軽斬ったよ!二本松の連中、逃げ足だけは速かったな!」
梵天丸と同い年の幼馴染、小源太は目をキラキラさせ、小さな木刀を手に持っている。左月の息子だ。
「おお、小源太!お前も一緒に斬ったな!俺とお前なら最強だ!」
「小源太、お前は落ち着け!足軽が可哀想だぞ!」
と左月が諫めるが、小源太は「殿と一緒なら怖くねえ!」と木刀を振り回す。
その時、広間の奥から鋭い声が響いた。
「梵天丸!何!?初陣で足軽と斬り合ったって!?」
義姫だ。梵天丸の母ちゃんが、ドスドスと足音を立てて現れる。長い髪を結い上げた姿は威圧感たっぷりで、手には扇子を握り潰す勢いで持っている。
「母ちゃん!見てろよ、俺の隻眼で足軽をビビらせて――」
「黙れ!大名の若殿が足軽と斬り合うなんて、あるまじき行為だ!恥を知れ!」
義姫の怒声に、梵天丸がムッとする。小十郎が「やっと助けが……」と呟き、喜多が「義姫様、落ち着いて」と笑う。
「恥?母ちゃん、俺は初陣で勝ったんだぞ!足軽くらい斬って何が悪いんだ!」
「勝つなら頭使え!足軽と斬り合うなんて、伊達家の面汚しだ!お前、隻眼で天下獲る気なら品位を持て!」
義姫が扇子を振り上げると、梵天丸は「うるせえ!」と木刀を地面に叩きつけた。
そこへ、竺丸がひょっこり顔を出した。梵天丸の弟だ。まだ幼く、ちっちゃい体で義姫の後ろに隠れるように立っている。
「兄ちゃん、母ちゃんに怒られてるね。足軽斬るなんてカッコいいのに」
「竺丸!お前、母ちゃんの味方か!?俺はカッコいいだろ!」
「梵天丸!弟まで巻き込むな!竺丸、お前は黙ってなさい!」
と義姫が一喝すると、竺丸は「はーい」と縮こまる。
小十郎が「竺丸殿まで……胃が……」と呻き、時宗丸が「母ちゃん怖いな」と笑う。
小源太が「殿、カッコいいよ!」と叫ぶと、義姫が「小源太、お前も黙れ!」と睨みつける。
「義姫様、梵天丸も初陣で興奮してるだけですよ。少し落ち着いてください」
輝宗が広間に現れ、穏やかな声で仲裁に入る。梵天丸の父ちゃんは笑顔で息子を見守る。
「輝宗!お前が甘やかすからこうなるんだ!足軽と斬り合うなんて、伊達家の恥だぞ!」
「父ちゃん!母ちゃんがうるせえよ!俺は天下獲るんだから、これくらい平気だ!」
「平気?お前、隻眼で天下獲るなら頭使え!足軽相手に暴れるなんて馬鹿のすることだ!」
義姫の毒舌に、梵天丸が「何!?」と立ち上がる。輝宗が「まぁまぁ」と笑う中、小十郎が「胃が限界です……」と呻く。
そこへ、虎哉が飄々と現れた。
「梵天丸、初陣で足軽と斬り合って欲が膨らんだな。執着は捨てなさい」
「虎哉じいちゃん、執着が俺の燃料だよ!母ちゃんに怒られても俺は戦う!」
「戦うなら私とやれ!足軽相手に恥かくな!」
と義姫が扇子を振り上げ、梵天丸が「うるせえ!」と叫ぶ。時宗丸が「母ちゃん強いな」と笑い、小源太が「殿、頑張れ!」と応援し、竺丸が「兄ちゃん、負けるな」と呟く。
小十郎が「胃が……誰か助けて……」と嘆く中、物語の第三歩が、こうしてドタバタと刻まれたのだ。
……とはいえ、母ちゃんに勝つのは難しそうだな、と梵天丸は思ったんだけどな!