第1話: 「独眼竜、5歳で爆誕!…熱でダウンだけど家臣がうるさい!」
「おいおいおい!目が一つなくなったくらいで、なんでこんな大騒ぎなんだよ!俺、独眼で天下獲ったるわ!」
天正元年(1572年)、奥州の米沢城。
薄暗い部屋の中で、5歳の伊達梵天丸が、ちっちゃい体でキレ気味に叫んでいた。
布団にくるまれたその体は、熱で真っ赤に火照り、全身にブツブツした発疹が浮かんでいる。
頭に巻かれた濡れ布がズレ落ち、汗でびっしょりの額が丸見えだ。
目の前では15歳の片倉小十郎が汗だくで手をバタバタさせていた。
少年らしい顔に似合わず、すでに苦労人の片鱗を見せる小十郎は、額に手を当ててオロオロしている。
「殿!これはいかん!伊達家の跡取りが5歳で疱瘡にやられて隻眼なんて、前代未聞でござる!奥州の面子が!俺の胃が!」
「前代未聞?最高じゃねえか!俺、目一つで天下獲って、奥州をでかくしてやるよ!胃なんて知らねえ!」
梵天丸はニヤリと笑い、熱でフラフラの体を無理やり起こして、枕元のおもちゃの刀――木の棒だ――をガシッと掴んだ。
棒の先が少し欠けてるのは、昨日庭で振り回しすぎたせいだ。
「若殿、寝ててください!熱がまだ下がってないんでござるよ!その棒も危ないから置いてください!」
「黙れ小十郎!俺の熱はな、奥州を燃やすための燃料なんだよ!この梵天丸、燃え尽きるまで止まらねえ!」
そう叫んだ瞬間、ガクッと膝をついて倒れ込む。布団にドサッと落ちた姿に、小十郎は額を押さえてうなだれた。
「だから言ったでござる……15歳にして胃が痛いわい……昨日食べた飯が逆流しそうでござる……」
隣にいた20歳前後の片倉喜多が、優しくも呆れた声で割って入る。
小十郎の姉で、梵天丸の乳母だ。
長い黒髪を結い上げた彼女は、手に持った濡れ布を梵天丸の額に押し当てながら言う。
「若様、小十郎の言う通りよ。熱が下がるまではおとなしくしてなさい。私がそばにいるから大丈夫だからね」
「喜多!お前までうるせえ!俺は天下獲る男だぞ!濡れ布なんかいらねえ!」
「天下獲るなら、まずは生き延びなさいよ。熱で死んだら笑いものよ」
と、喜多がクスクス笑うと、梵天丸はムッとして布団を蹴った。
この大騒ぎの発端は数日前だ。
梵天丸は米沢城の庭で木の棒を振り回し、28歳の父ちゃん・輝宗に「少し落ち着け」と言われるのが日課だった。
若き大名である輝宗は、背筋を伸ばした堂々たる姿で、息子のやんちゃに優しく苦笑いする。
目尻には息子への愛情がにじんでいる。
「父ちゃん、俺は落ち着いてるぜ?ただ、この米沢が狭すぎて俺の魂が暴れてるだけだ!」
「お前の魂が暴れるのは結構だが、庭を壊すなよ。俺も大変なんだからな」
と、輝宗が温かく返す。
昨日は梵天丸が木の棒で庭の柵を叩き壊し、輝宗が「またか」と肩を落としたばかりだ。
そんなある日、梵天丸は高熱と発疹に襲われた。
疱瘡(天然痘)だ。
最初は「ただの風邪だろ」と笑っていたが、全身が痒くなり、熱でうなされ始めた。
「殿!これはヤバい病気でござる!安静に!」
と小十郎が慌てふためく中、梵天丸は
「病気ごときに俺が負けるかよ!」
と強がった。
だが、数日後、右目が真っ赤に腫れ、見えなくなった。
「おい、目が……目がぁぁ!」
布団の上でじたばた暴れる梵天丸に、小十郎が必死で駆け寄る。
「殿、落ち着いてください!目が一つでも生きていけますから!俺がそばにいますから!」
「生きていける?俺は生きるだけじゃねえ、天下を獲るんだよ!目が一つでも俺は負けねえ!」
その日から、梵天丸の人生は動き出す――はずだったが、熱が下がるまでは布団から出られない。
喜多が濡れ布を交換しながら、「ほら、暴れると熱が上がるよ」と優しく諫めた。
「なぁ、小十郎。俺の目、どう思う?」
熱が少し引いた日、梵天丸は布団に寝転がり、片目で小十郎を睨んだ。
右目は閉じ、左目がキラリと光る。
汗で濡れた髪が額に張り付き、ちょっとだけ情けない顔だ。
「どう思うって……正直、ちょっと怖いでござる。5歳の眼光が鋭すぎて、こっちが刺さりそうで」
「怖い?いいねえ、それ最高だ!これからはこの隻眼で敵をビビらせてやるよ!」
「いや、敵より先に味方がビビってるんでござるが……昨日なんか俺、殿の目見て飯落としたでござるよ」
小十郎がボソッと呟くと、喜多が優しくフォローした。
「小十郎、殿は目が一つでもカッコいいよ。私、応援してるからね、殿。ほら、新しい濡れ布よ」
「おお、喜多!お前、いい奴だな!お菓子やる!」
梵天丸が布団から手を伸ばすが、小十郎が慌てて止める。
「若殿、お菓子はまだ食べられないでござる……姉上、甘やかさないでください!胃が痛い俺を助けてくださいよ!」
「細けえことはいいんだよ!俺が天下獲ったら、全員に城をくれてやる!喜多にはでかい城な!」
「その前に熱を下げてください……姉上も何か言ってくださいよ……」
部屋中がため息に包まれる中、梵天丸は一人でニヤニヤしていた。
喜多は「まぁ元気ならいいか」と笑って濡れ布を整えた。
そこへ、4歳の時宗丸がドカドカ入ってきた。
幼い従兄弟はちっちゃい体で元気いっぱいだ。
手に持った木の棒は、梵天丸とおそろいのオモチャだ。
「おい、梵天丸!目がなくなったって聞いて飛んできたぞ!大丈夫か!?」
「時宗丸!大丈夫も何も、俺はこれから独眼竜になるんだよ!目一つでも戦えるぜ!」
「おお、さすが俺の従兄弟だ!俺も一緒に戦うからな!この棒で敵をぶっとばすぞ!」
「殿が戦うんでござるよ!時宗丸殿、4歳ならおとなしくしてなさい!棒振り回すな!」
と小十郎がツッコむが、時宗丸は笑って棒を振り回し、小十郎の足に当たって「痛っ!」と悲鳴が上がる。
続いて、60歳前後の鬼庭左月が「おいっすっ」と渋い声で入ってきた。
白髪交じりの老家臣は、杖をつきながらゆっくり近づく。
「殿、派手すぎますぞ。目が一つでも生き方は静かにせねば、長続きしませんな」
「左月じいちゃん、静かになんて生きられねえよ!俺はでかく生きるんだ!」
「でかく生きるなら、まず熱を下げなされ。騒がしい若造に天下は遠いぞ」
と左月が渋く返すと、5歳の小源太が勢いよく飛び込んできた。
「殿!目が一つでも天下獲れるって!俺、信じてるよ!」
梵天丸と同い年の幼馴染、小源太は目をキラキラさせ、ちっちゃい手で拳を握っている。
「おお、小源太!お前も一緒に天下獲ろうぜ!俺とお前なら最強だ!」
「小源太、お前まで暴走するな!少しは静かにせい!」
と左月が諫めるが、小源太は
「殿と一緒なら怖くねえ!」
と跳ね回る。
さらに、40歳前後の虎哉が飄々と現れた。
僧衣をまとった教育係は、穏やかな顔で梵天丸を見下ろす。
「梵天丸、欲が深いな。目が一つなくなったくらいで騒ぐのは、執着の証だぞ」
「虎哉じいちゃん、執着でも何でもいいよ!俺はこの目で奥州をでかくして、天下に名を轟かせるんだ!」
「ほう、面白い。だがまずは熱を捨てなさい。熱い魂も体が死んだら終わりだぞ」
と、虎哉がニヤリと笑う。
「捨てるもんか!この熱は俺の薪だ!天下への薪だぞ!」
と梵天丸が叫ぶと、部屋中が一斉にため息をついた。
小十郎に至っては「胃が……胃が……」と呻きながら壁にもたれかかった。
その夜、梵天丸はこっそり布団から抜け出し、縁側で月を見上げた。喜多が置いた濡れ布を頭から振り落とし、汗だくのまま外に出たのだ。
「なぁ、月。お前も片目で見ると、なんか新鮮だぜ?」
右目がない分、視界が狭い。でも、梵天丸はそれが燃えてきた。
左目で見た月は鋭く輝き、まるで「俺を応援してるぜ」と言ってるみたいだ。
「俺はなぁ、この目で奥州をでかくしてやる。そんで、豊臣だの徳川だの、でかい奴らと渡り歩いて、仙台ってでっかい城を作ってやるよ!米沢なんてもう狭すぎるんだ!」
「殿!何!縁側で!叫んでるんでござるか!」
小十郎が慌てて駆けつけ、よろける足で縁側に飛び乗る。
汗で濡れた顔が月明かりに光り、ちょっと情けない表情だ。
「小十郎、準備しろ。俺、明日から本気出すから。天下への第一歩だ!」
「本気出す前に寝てください!熱がぶり返しますよ!姞上がせっかく濡れ布置いたのに!」
「うるせえ!俺の熱は天下への燃料だ!濡れ布なんかいらねえ!」
結局、小十郎に引きずられて布団に戻された梵天丸だったが、心は戦国を駆け抜ける準備ができていた――かもしれない。
喜多が
「また抜け出したの!?」
と呆れながら新しい濡れ布を手に追いかけてきたのは言うまでもない。
部屋の外では、4歳の時宗丸が
「明日から戦うか!」
と拳を握り、60歳前後の左月が
「若造どもが騒がしいのう」
と呟き、5歳の小源太が「殿と一緒に天下獲る!」と目を輝かせ、40歳前後の虎哉が「さて、どうなるやら」とニヤニヤ、20歳前後の喜多が「殿なら大丈夫」と微笑み、28歳の輝宗が「息子が元気で何よりだな」と呟いていた。
小大名・伊達家の跡取り、梵天丸。
5歳にして隻眼となり、熱にうなされながらも、でかい夢を見始めたその日から、ハチャメチャな戦国渡り歩き劇が幕を開けたのだ。
壮大な物語の、ほんの小さな第一歩がここにある。
……とはいえ、まずは熱が下がるのを待つしかないんだけどな!