第14話: 「不動明王の後で!…俺の隻眼、家族と強くなるぜ!」
「おいおいおい!不動明王見てから俺の隻眼、もっと強くなった気がするぞ!」
天正9年、米沢城(山形県米沢市)の庭。人取橋(福島県本宮市)の戦いから数週間経ったある昼下がり、伊達梵天丸が木刀を手にキレ気味に叫んでいた。立石寺(山形県山形市)で不動明王に憧れた興奮が冷めやらぬ中、庭で木刀を振り回している。庭の柵には木刀の傷が目立ち、家臣たちが遠巻きに「またか」と呟き合っていた。
近くで片倉小十郎が汗だくで手をバタバタさせる。苦労人の顔には疲れがにじんでいる。
「殿!寺で不動明王を見たのはいいですが、そんな大声で叫ばなくても分かりますよ!少し落ち着いてください!」
「落ち着く?小十郎、不動明王みたいに俺の隻眼が強くなるんだ!天下への夢がもっとでかくなるぞ!」
梵天丸はニヤリと笑い、木刀を振り回す。小十郎が「うわっ!」と飛び退き、「胃が……」と呻く。
「殿、小十郎の言う通りよ。寺でいいもの見たんだから、少しはゆっくりしなさい。私だって応援してるんだから」
片倉喜多が穏やかな声で諫める。小十郎の姉は、梵天丸の肩を軽く叩いて落ち着かせようとする。
「喜多!応援なら俺と勝負しろよ!不動明王見た俺の隻眼、負けねえぞ!」
「私は勝負より見守る方がいいよ。殿が元気ならそれで十分」と、喜多がクスクス笑うと、梵天丸はムッとして木刀を柵に叩きつけた。
そこへ、時宗丸がドカドカと庭に飛び込んできた。幼い従兄弟は木刀を手にニヤニヤしている。
「殿、不動明王見たって!?俺と勝負しろよ!足軽より面白いぜ!」
「時宗丸!お前なら勝負してやるぜ!初陣の主役は俺だから、負けねえぞ!」
「何!?俺だって足軽斬ったんだぞ!お前より俺が強いって!」
「殿が主役です!時宗丸殿は突っ込む前に考えてください!」と小十郎がツッコむが、時宗丸は「うるさい!」と笑って木刀を振り回す。柵に新たな傷が増え、小十郎が「胃が限界です……」と呻く。
その騒ぎを見ていた鬼庭左月が、馬から降りて渋い声をかける。白髪交じりの老家臣だが、背筋はピンと伸び、槍を手に持っている。
「殿、時宗丸殿、不動明王で騒ぐのもほどほどに。義姫様にまた飯抜きにされますぞ。わしなら馬で我慢するが」
「左月じいちゃん、飯抜きはもういいよ!不動明王みたいに俺の隻眼、強くなるんだ!」
「不動明王なら確かに強いですな。わしも馬で走ってそんな強さ欲しいです」と左月が渋く笑うと、小源太が勢いよく飛び込んできた。
「殿!不動明王みたいなら俺も勝負だよ!飯抜き我慢したから負けねえ!」
梵天丸と同い年の幼馴染、小源太は目をキラキラさせ、小さな木刀を手に持っている。左月の息子だ。
「おお、小源太!お前なら勝負だ!俺とお前で不動明王みたいに最強になるぞ!」
「小源太、お前は落ち着け!勝負する前に暴れるな!」と左月が諫めるが、小源太は「殿と一緒なら負けねえ!」と木刀を振り回す。
その時、庭の奥から竺丸がニコニコしながら走ってきた。梵天丸の弟が、ちっちゃい木刀を手に持って叫ぶ。
「兄ちゃん!不動明王みたいに強くなるなら、俺も勝負だよ!」
「竺丸!お前、いいぜ!不動明王見た俺の隻眼、お前に見せるぜ!」
梵天丸が木刀を構えると、竺丸がニヤリと笑う。
「兄ちゃんの隻眼、カッコいいから俺も強くなりたいんだ!負けないよ!」
二人が木刀を構えると、小十郎が慌てて止める。
「殿!竺丸殿とまた勝負なんてやめてください!義姫様にバレたらまた飯抜きですよ!」
「小十郎、うるせえ!竺丸がやりたいって言うんだから勝負だ!」
その時、庭の奥から鋭い声が響いた。
「梵天丸!竺丸!何!?また木刀で勝負だと!?」
義姫だ。梵天丸の母ちゃんが、ドスドスと足音を立てて現れる。長い髪を結い上げた姿は威圧感たっぷりで、手には扇子を握り潰す勢いで持っている。
「母ちゃん!俺、不動明王みたいに強くなるんだ!竺丸と勝負だぞ!」
梵天丸が木刀を下ろすと、義姫が一気にまくし立てる。
「不動明王だと!?お前が弟と木刀で勝負してるって聞いて飛んできたよ!大名の若殿がそんな下賤な真似をするなんて、あるまじき行為だ!」
「母ちゃん、下賤じゃねえよ!不動明王みたいに俺の隻眼で天下獲るんだ!」
「天下だと!?足軽と斬り合い、弟と木刀で遊び回るのが天下か!品位を持て!」と義姫が扇子を振り上げるが、声は少し柔らかい。
竺丸がニコニコしながら言う。
「母ちゃん、兄ちゃんの隻眼、不動明王みたいでカッコいいよ!俺も強くなりたい!」
「竺丸、お前までか!梵天丸、弟を巻き込むな!」と義姫が一喝するが、輝宗が穏やかに現れる。
「義姫、梵天丸と竺丸が不動明王に憧れるなら、少しはいいだろ。元気で夢がでかいのがお前も嬉しいはずだ」
「輝宗!お前が甘やかすからこうなるんだ!だが……不動明王なら、まあ少しは認めるさ」と義姫が目を逸らす。
「父ちゃん!母ちゃん、少し分かってくれたなら最高だ!俺の隻眼、不動明王みたいに強くなるぜ!」
義姫が「強くなると!?梵天丸、調子に乗るなよ!」と扇子を振り上げ、梵天丸が「うるせえ!」と笑う。
小十郎が慌てて言う。
「義姫様、殿と竺丸殿が不動明王に憧れるなんて……胃が痛い俺が言うのも何ですけど、少し落ち着いてください!」
「小十郎、お前は胃のこと気にしてろ!この子が元気なら少しはいいが、品位は忘れるな!」
喜多が穏やかにフォローする。
「義姫様、殿と竺丸ちゃんが元気でいいですね。私も嬉しいですよ」
「喜多、お前は優しすぎる!厳しくしないとダメだ!」
時宗丸がニヤニヤしながら言う。
「母ちゃん、殿が不動明王なら俺がカバーするよ!足軽斬ったくらい平気だ!」
「時宗丸、お前も黙れ!お前まで足軽斬ってたら許さん!」
小源太が目を輝かせて叫ぶ。
「殿、不動明王みたいなら俺も強くなるよ!木刀勝負またやろう!」
「小源太、お前までか!左月、お前の息子だぞ、なんとかしろ!」と義姫が怒鳴ると、左月が渋く笑う。
「義姫様、小源太は元気なだけですな。わしも不動明王なら馬で突っ込みますよ」
「左月、お前までふざけるな!この家、どうなるんだ!」
騒ぎが収まると、梵天丸は竺丸と一緒に庭の縁側に座り、空を見上げた。隻眼で雲を見つめる顔は少し静かだ。
「なぁ、竺丸。不動明王みたいに強くなったら、俺とお前で天下獲れるぜ」
竺丸がニコニコしながら言う。
「兄ちゃん、不動明王みたいにカッコいいね。俺、兄ちゃんと一緒に強くなるよ!」
「竺丸、お前、最高だな。母ちゃんも少し分かってくれたなら、俺の隻眼、家族と強くなるぜ」と梵天丸がニヤリと笑うと、竺丸も笑った。
遠くで輝宗が「夢がでかいな」と微笑み、義姫が「品位だけは忘れるな」と呟き、喜多が「殿と竺丸ちゃん、良かったね」と笑う。小十郎が「胃が……」と呻き、虎哉が飄々と現れる。
「梵天丸、不動明王に憧れて欲が膨らんだな。執着は捨てなさい」
「虎哉じいちゃん、執着が俺の燃料だよ!家族と一緒に、俺の隻眼もっと強くなるぜ!」
時宗丸が「母ちゃん強いな」と笑い、小源太が「殿、頑張れ!」と応援する中、物語の第十四歩が、こうして賑やかに刻まれたのだ。
……とはいえ、不動明王みたいになるのは大変そうだな、と梵天丸は思ったんだけどな!




