第13話: 「恐い仏像と虎哉じいちゃん!…俺の隻眼、不動明王みたいだぜ!」
「おいおいおい!寺って静かすぎねえか!俺の隻眼、騒ぎたいぜ!」
天正9年、米沢城(山形県米沢市)近くの立石寺(山形県山形市)。
初陣から数週間経ったある昼下がり、伊達梵天丸が木刀を手にキレ気味に叫んでいた。
人取橋(福島県本宮市)の戦いで二本松勢を蹴散らした興奮が冷めやらぬ中、喜多に連れられて寺を訪れていた。
境内は静寂に包まれ、石段の脇に立つ木々が風に揺れている。
隣で片倉喜多が穏やかな声で諫める。
小十郎の姉は、梵天丸の肩を軽く叩いて落ち着かせようとする。
「殿、寺は静かな場所よ。大声で叫ばないでね。私だって応援してるんだから」
「喜多!応援なら俺を静かにさせんなよ!俺の隻眼、こんな静けさに耐えられねえ!」
梵天丸はニヤリと笑い、木刀を振り回す。
木刀が石段の脇の木に当たり、「カツン」と音が響き、喜多がクスクス笑う。
「殿、木刀で木を叩くのもほどほどにね。義姫様にバレたらまた飯抜きよ」
「飯抜き!?喜多、母ちゃんに言うなよ!俺、もう我慢できねえぞ!」と梵天丸がムッとして木刀を構えると、喜多が「冗談よ」と微笑んだ。
二人が石段を登り、本堂に近づくと、薄暗い堂内に恐い形相の仏像が立っていた。炎を背にし、剣と縄を握るその姿は、目がギラギラと輝き、まるで梵天丸を睨んでいるようだ。梵天丸が足を止めて叫ぶ。
「おいおいおい!何だこの恐い仏!?俺の隻眼より怖えぞ!」
「殿、これは不動明王よ。怒った顔してるけど、悪い者を退ける強い仏様なんだから」と喜多が穏やかに言う。
「不動明王?怒った顔で強いなら、俺の隻眼に似てるじゃねえか!」と梵天丸がニヤリと笑うと、物陰からガサガサと音がした。
「おお、梵天丸、不動明王をよく見たな」
虎哉が現れる。
僧衣をまとい、目が鋭く光る教育係の老僧が、ニヤリと笑って木陰から出てくる。梵天丸が木刀を構えて言う。
「虎哉じいちゃん!?お前、物陰から出てくんなよ!この恐い仏、何なんだ!?」
虎哉がニヤリと笑い、ゆっくり説明する。
「わしは寺に来ておっただけだ。不動明王は、怒りの形相で悪を焼き尽くし、正しい者を守る仏だ。剣で迷いを断ち、縄で悪を縛る。その目は、どんな闇も見通すぞ」
「剣で断ち、縄で縛る?目が見通す?すげえな!俺の隻眼もそんな力欲しいぜ!」と梵天丸が目を輝かせる。
喜多がクスクス笑う。
「殿、不動明王みたいに強くなりたいのね。でも怒った顔は義姫様だけで十分よ」
「喜多!母ちゃんみたいになる気はねえよ!でもこの仏、俺の隻眼に似てるだろ!余もかくありたいぜ!」
虎哉が頷き、渋い声で言う。
「梵天丸、隻眼で天下を獲る夢を持つなら、不動明王の如く、心の悪を焼き、正しい道を見通せ。怒りは力だが、執着は捨てなさい」
「心の悪?正しい道?虎哉じいちゃん、俺の隻眼は天下獲る力だ!でも少し分かるぜ」と梵天丸が木刀を握り直す。喜多が「殿、いいこと聞いたね」と微笑むと、梵天丸がニヤリと笑う。
「喜多、この仏見て俺の夢、もっとでかくなったぜ!不動明王みたいに強くなる!」
その時、広間の奥から聞き慣れた声が響いた。
「梵天丸!何!?寺で騒いでるのか!?」
義姫だ。梵天丸の母ちゃんが、ドスドスと足音を立てて現れる。長い髪を結い上げた姿は威圧感たっぷりで、手には扇子を握り潰す勢いで持っている。隣には竺丸がちょこちょこついてくる。
「母ちゃん!竺丸!俺、寺で不動明王見てきたぞ!」
梵天丸が木刀を下ろすと、義姫が一気にまくし立てる。
「不動明王だと!?お前が寺で騒いでるって聞いて飛んできたよ!大名の若殿が寺で木刀振り回すなんて、あるまじき行為だ!」
「母ちゃん、俺は不動明王みたいに強くなりたいだけだよ!隻眼で天下獲る夢、でかくなったんだ!」
「夢がでかくなっただと!?足軽と斬り合い、竺丸と木刀で遊び回るのが強さか!品位を持て!」と義姫が扇子を振り上げる。
竺丸がニコニコしながら言う。
「母ちゃん、兄ちゃんの隻眼、不動明王みたいでカッコいいよ!俺も強くなりたい!」
「竺丸、お前までか!梵天丸、弟を巻き込むな!」と義姫が一喝するが、輝宗が穏やかに現れる。
「義姫、梵天丸が不動明王に憧れるなら、少しはいいだろ。元気で夢がでかいのがお前も嬉しいはずだ」
「輝宗!お前が甘やかすからこうなるんだ!だが……不動明王なら、まあ少しは認める」と義姫が目を逸らす。
「父ちゃん!母ちゃん、少し分かってくれたなら最高だ!俺の隻眼、不動明王みたいに強くなるぜ!」
義姫が「強くなると!?梵天丸、調子に乗るなよ!」と扇子を振り上げ、梵天丸が「うるせえ!」と笑う。
小十郎が慌てて言う。
「義姫様、殿が不動明王に憧れるなんて……胃が痛い俺が言うのも何ですけど、少し落ち着いてください!」
「小十郎、お前は胃のこと気にしてろ!この子が元気なら少しはいいが、品位は忘れるな!」
喜多が穏やかにフォローする。
「義姫様、殿が不動明王みたいに強くなるなら、私も嬉しいですよ」
「喜多、お前は優しすぎる!厳しくしないとダメだ!」
時宗丸がニヤニヤしながら言う。
「母ちゃん、殿が不動明王なら俺がカバーするよ!足軽斬ったくらい平気だ!」
「時宗丸、お前も黙れ!お前まで足軽斬ってたら許さん!」
小源太が目を輝かせて叫ぶ。
「殿、不動明王みたいなら俺も強くなるよ!木刀勝負またやろう!」
「小源太、お前までか!左月、お前の息子だぞ、なんとかしろ!」と義姫が怒鳴ると、左月が渋く笑う。
「義姫様、小源太は元気なだけですな。わしも不動明王なら馬で突っ込みますよ」
「左月、お前までふざけるな!この家、どうなるんだ!」
騒ぎが収まると、梵天丸は庭の縁側に座り、不動明王の姿を思い出した。
隻眼で空を見上げ、静かに呟く。
「なぁ、空。お前、不動明王みたいに強いぜ。俺も飯抜きでも、隻眼で天下獲る夢、でかくするからな」
竺丸がそっと近づき、ちっちゃい声で言う。
「兄ちゃん、不動明王みたいにカッコいいね。俺、兄ちゃんの夢楽しみだよ」
「竺丸、お前、最高だな。虎哉じいちゃんの話聞いて、俺の隻眼もっと強くなるぜ」と梵天丸がニヤリと笑うと、竺丸も笑った。
遠くで輝宗が「夢がでかいな」と微笑み、義姫が「品位だけは忘れるな」と呟き、喜多が「殿、良かったね」と笑う。
小十郎が「胃が……」と呻き、物語の第十三歩が、こうして穏やかに刻まれたのだ。
……とはいえ、不動明王みたいになるのは大変そうだな、と梵天丸は思ったんだけどな!




