第12話: 「雉肉汁の後で!…俺の隻眼、母ちゃんとも絆だぜ!」
「おいおいおい!母ちゃんの雉肉汁、美味かったぞ!俺の隻眼、力全開だ!」
天正9年、米沢城(山形県米沢市)の広間。初陣から数週間経ったある朝、伊達梵天丸が木刀を手にキレ気味に叫んでいた。
人取橋(福島県本宮市)の戦いで二本松勢を蹴散らし、義姫から雉肉汁をもらった翌日、興奮と満足感で木刀を振り回している。広間の柱には木刀の傷が目立ち、家臣たちが遠巻きに「またか」と呟き合っていた。
近くで片倉小十郎が汗だくで手をバタバタさせる。苦労人の顔には疲れがにじんでいる。
「殿!義姫様の雉肉汁が美味かったのはいいですが、そんな大声で叫ばなくても分かりますよ!少し落ち着いてください!」
「落ち着く?小十郎、母ちゃんが飯くれたんだぞ!俺の隻眼、天下獲る力がもっとでかくなった!」
梵天丸はニヤリと笑い、木刀を振り回す。小十郎が「うわっ!」と飛び退き、「胃が……」と呻く。
「殿、小十郎の言う通りよ。雉肉汁もらったんだから、少しはゆっくりしなさい。私だって応援してるんだから」
片倉喜多が穏やかな声で諫める。小十郎の姉は、梵天丸の肩を軽く叩いて落ち着かせようとする。
「喜多!応援なら俺と勝負しろよ!雉肉汁食った俺の隻眼、負けねえぞ!」
「私は勝負より見守る方がいいよ。殿が元気ならそれで十分」と、喜多がクスクス笑うと、梵天丸はムッとして木刀を柱に叩きつけた。
そこへ、時宗丸がドカドカと広間に飛び込んできた。幼い従兄弟は木刀を手にニヤニヤしている。
「殿、母ちゃんの雉肉汁食ったって!?俺と勝負しろよ!足軽より面白いぜ!」
「時宗丸!お前なら勝負してやるぜ!初陣の主役は俺だから、負けねえぞ!」
「何!?俺だって足軽斬ったんだぞ!お前より俺が強いって!」
「殿が主役です!時宗丸殿は突っ込む前に考えてください!」と小十郎がツッコむが、時宗丸は「うるさい!」と笑って木刀を振り回す。柱に新たな傷が増え、小十郎が「胃が限界です……」と呻く。
その騒ぎを見ていた鬼庭左月が、馬から降りて渋い声をかける。白髪交じりの老家臣だが、背筋はピンと伸び、槍を手に持っている。
「殿、時宗丸殿、雉肉汁で騒ぐのもほどほどに。義姫様の飯は貴重ですな。わしなら馬で我慢するが」
「左月じいちゃん、母ちゃんの雉肉汁、美味かったぞ!俺の隻眼、これで天下獲る力が強くなる!」
「義姫様がそうやってくれるなら、わしも馬で走る楽しみが増えますな」と左月が渋く笑うと、小源太が勢いよく飛び込んできた。
「殿!俺も雉肉汁欲しかったよ!飯抜き我慢したから勝負だ!」
梵天丸と同い年の幼馴染、小源太は目をキラキラさせ、小さな木刀を手に持っている。左月の息子だ。
「おお、小源太!お前なら勝負だ!雉肉汁食った俺とお前で最強になるぞ!」
「小源太、お前は落ち着け!勝負する前に暴れるな!」と左月が諫めるが、小源太は「殿と一緒なら負けねえ!」と木刀を振り回す。
その時、広間の奥から穏やかな声が響いた。
「梵天丸、竺丸、ちょっと来なさい」
義姫だ。梵天丸の母ちゃんが、扇子を手に持って現れる。
隣には竺丸がちょこちょこついてくる。梵天丸の弟だ。
「母ちゃん!竺丸!何だよ、また飯抜きか!?」
梵天丸が木刀を下ろすと、義姫が少し目を逸らして言う。
「飯抜きじゃないよ。昨日雉肉汁食ったんだから、今日は少し静かにしろ。竺丸もだ」
「母ちゃん、雉肉汁くれたのに静かにしろって!?俺の隻眼、騒いで強くなるんだぞ!」と梵天丸が驚くと、義姫が扇子を軽く振る。
「お前が嫌いなわけじゃないよ。隻眼で天下獲るなら、ちゃんと食って元気でいろ。だが騒ぐのはほどほどにな」
竺丸がニコニコしながら言う。
「兄ちゃん、母ちゃんの雉肉汁美味しかったね!俺、兄ちゃんの夢応援してるよ!」
「竺丸!お前、最高だな!母ちゃん、少し分かってくれてるなら嬉しいぜ!」
梵天丸がニヤリと笑うと、義姫が小さく呟く。
「少し分かると!?梵天丸、調子に乗るなよ。だが夢がでかいのは認める」
小十郎が慌てて言う。
「義姫様、雉肉汁の次に静かにしろなんて……胃が痛い俺が言うのも何ですけど、殿が喜んでますよ!」
「小十郎、お前は胃のこと気にしてろ!この子が元気なら少しはいいが、足軽と斬り合うのはもうやめなさい!」
喜多が穏やかにフォローする。
「義姫様、殿と竺丸ちゃんが元気でいいですね。私も嬉しいですよ」
「喜多、お前は優しすぎる!この子は厳しくしないとダメだ!」
時宗丸がニヤニヤしながら言う。
「母ちゃん、殿が雉肉汁食っても俺がカバーするよ!足軽斬ったくらい平気だ!」
「時宗丸、お前も黙れ!お前まで足軽斬ってたら許さん!」
小源太が目を輝かせて叫ぶ。
「殿、俺も雉肉汁欲しかったよ!次は一緒に食おうぜ!」
「小源太、お前までか!左月、お前の息子だぞ、なんとかしろ!」と義姫が怒鳴ると、左月が渋く笑う。
「義姫様、小源太は元気なだけですな。わしも雉肉汁なら馬で走った後に食いたいです」
「左月、お前までふざけるな!この家、どうなるんだ!」
騒ぎを見ていた輝宗が、笑顔で言う。
「義姫、梵天丸と竺丸が元気で何よりだろ。雉肉汁まで出して、お前も少し分かってるじゃないか」
「輝宗!お前が甘やかすからこうなるんだ!だが……元気なら、まあいいさ」と義姫が目を逸らす。
「父ちゃん!母ちゃんが少し分かってくれたなら最高だ!俺は天下獲るんだから、雉肉汁で夢をでかくする!」
「夢をでかくする?お前、隻眼で天下獲るなら頭使え!足軽や弟相手に暴れるな!」と義姫が言うが、声は少し柔らかい。梵天丸が「母ちゃん、少し分かれよ!」と笑うと、輝宗が「ほらな」と微笑む。
そこへ、虎哉が飄々と現れ、静かに言う。
「梵天丸、雉肉汁で欲が膨らんだな。執着は捨てなさい」
「虎哉じいちゃん、執着が俺の燃料だよ!母ちゃんの雉肉汁食って、俺の隻眼、母ちゃんとも絆だぜ!」
時宗丸が「母ちゃん優しいな」と笑い、小源太が「殿、頑張れ!」と応援し、竺丸が「兄ちゃん、雉肉汁また食べたいね」と呟く。
小十郎が「胃が……やっと少し楽に……」と呻き、喜多が「殿、良かったね」と微笑む中、物語の第十二歩が、こうして賑やかに刻まれたのだ。
……とはいえ、母ちゃんの愛情、もっと欲しいな、と梵天丸は思ったんだけどな!




