第10話: 「父ちゃんと飯食う!…俺の夢、でかく育てるぜ!」
「おいおいおい!やっと飯抜きが終わったぞ!俺の隻眼、力全開だ!」
天正9年、米沢城(山形県米沢市)の広間。初陣から数週間経ったある朝、伊達梵天丸が木刀を手にキレ気味に叫んでいた。
人取橋(福島県本宮市)の戦いで二本松勢を蹴散らし、竺丸との木刀勝負で再び飯抜きを宣告された罰がようやく明け、目の前には飯が並んでいる。
広間の柱には木刀の傷が目立ち、家臣たちが遠巻きに「やっとか」と呟き合っていた。
近くで片倉小十郎が汗だくで手をバタバタさせる。苦労人の顔には疲れがにじんでいる。
「殿!飯抜きが明けて良かったですが、そんな大声で叫ばなくても分かりますよ!少し落ち着いてください!」
「落ち着く?小十郎、飯抜きで腹減ってたんだぞ!これで俺の隻眼が天下を獲る力になる!」
梵天丸はニヤリと笑い、木刀を振り回す。小十郎が「うわっ!」と飛び退き、「胃が……」と呻く。
「殿、小十郎の言う通りよ。飯抜き明けたんだから、少しはゆっくり食べなさい。私だって応援してるんだから」
片倉喜多が穏やかな声で諫める。
小十郎の姉は、梵天丸の肩を軽く叩いて落ち着かせようとする。
「喜多!応援なら飯もっと持ってきてくれよ!俺の隻眼、腹いっぱいにして夢をでかくするんだ!」
「腹いっぱいになるまで食べてね。義姫様が許してくれたんだから」と、喜多がクスクス笑うと、梵天丸は木刀を下ろして飯に手を伸ばした。
そこへ、輝宗が広間に現れ、笑顔で言う。
「梵天丸、飯抜き明けたんだな。父ちゃんと一緒に食おうぜ」
「父ちゃん!一緒に飯か!いいぜ、俺の隻眼、父ちゃんに見せるぜ!」
梵天丸がニヤリと笑うと、輝宗が穏やかに座る。飯を手に持つ輝宗の顔には、息子への愛情がにじんでいる。
「初陣で足軽と斬り合った話、母ちゃんに怒られたんだろ。でかい夢持ってるのはいいが、少しは頭使えよ」
「父ちゃん、頭使うって母ちゃんと同じこと言うなよ!俺の隻眼で天下獲るんだから、これくらい平気だ!」
「お前が元気ならそれでいいさ。飯食って夢をでかくしろ」と輝宗が笑うと、梵天丸も飯を口に運びながらニヤリと笑った。
その時、時宗丸がドカドカと広間に飛び込んできた。幼い従兄弟は木刀を手にニヤニヤしている。
「殿、飯抜き明けたって!?俺は昨日も飯食ったから元気だぜ!」
「時宗丸!お前、飯食ったなら俺に分けてくれても良かっただろ!初陣の主役は俺なんだから!」
「何!?俺だって足軽斬ったんだぞ!飯は俺の分だ!」
「殿が主役です!時宗丸殿は飯を分ける前に考えてください!」と小十郎がツッコむが、時宗丸は「うるさい!」と笑って木刀を振り回す。柱に新たな傷が増え、小十郎が「胃が限界です……」と呻く。
その騒ぎを見ていた鬼庭左月が、馬から降りて渋い声をかける。白髪交じりの老家臣だが、背筋はピンと伸び、槍を手に持っている。
「殿、時宗丸殿、飯抜き明けて騒ぐのもほどほどに。初陣の足軽戦は義姫様を怒らせましたな。わしなら馬で我慢するが」
「左月じいちゃん、母ちゃんがうるせえだけだよ!俺の隻眼で足軽倒したのが何で悪いんだ!」
「義姫様がそう言うなら仕方ないですな。だが飯食って元気なら、わしも馬で走る楽しみが増える」と左月が渋く笑うと、小源太が勢いよく飛び込んできた。
「殿!俺も飯抜き我慢したから、今日一緒に飯だよ!」
梵天丸と同い年の幼馴染、小源太は目をキラキラさせ、小さな木刀を手に持っている。
左月の息子だ。
「おお、小源太!お前なら分かるよな!飯食って俺とお前で最強になるぞ!」
「小源太、お前は落ち着け!飯食う前に暴れるな!」と左月が諫めるが、小源太は「殿と一緒なら飯がもっと美味い!」と木刀を振り回す。
その時、広間の奥から鋭い声が響いた。
「梵天丸!何!?飯抜き明けてまた騒いでるのか!?」
義姫だ。梵天丸の母ちゃんが、ドスドスと足音を立てて現れる。
長い髪を結い上げた姿は威圧感たっぷりで、手には扇子を握り潰す勢いで持っている。隣には竺丸がちょこちょこついてくる。梵天丸の弟だ。
「母ちゃん!竺丸!飯抜き明けたんだから騒ぐだろ!」
梵天丸が木刀を下ろすと、義姫が一気にまくし立てる。
「騒ぐだと!?初陣で足軽と斬り合い、竺丸と木刀で勝負した罰がやっと明けたのに、まだ反省してねえのか!大名の若殿がそんな下賤な真似をするなんて、あるまじき行為だ!」
「反省?母ちゃん、俺は初陣で勝って竺丸とも絆深めたんだぞ!飯抜きばっかりじゃねえか!」
「絆だと!?足軽と斬り合い、弟と木刀で遊び回るのが絆か!お前、伊達家の恥だよ!」
義姫が扇子を振り上げると、梵天丸は「うるせえ!」と木刀を地面に叩きつけた。
竺丸がニコニコしながら言う。
「母ちゃん、兄ちゃんの隻眼カッコいいよ!飯抜きでも強かった!」
「竺丸!お前、母ちゃんにそう言えよ!俺の隻眼、飯食ってもっと強くなるんだ!」
「梵天丸!竺丸を巻き込むな!竺丸、お前は黙ってなさい!」と義姫が一喝すると、竺丸は「はーい」と縮こまる。
小十郎が慌てて仲裁に入る。
「義姫様、殿と竺丸殿は兄弟で仲良くしただけです……胃が痛い俺が言うのも何ですけど、少し落ち着いてください!」
「小十郎、お前まで甘やかすな!この子は跡取りなんだぞ、足軽や弟と斬り合うなんてありえん!」
喜多が穏やかにフォローする。
「義姫様、殿と竺丸ちゃんは元気でいいですよ。私が見てるから大丈夫です」
「喜多、お前は優しすぎる!この子はもっと厳しくしないとダメだ!」
時宗丸がニヤニヤしながら言う。
「母ちゃん、殿が飯抜きでも俺が飯食ってカバーしたよ!足軽斬ったくらい平気だ!」
「時宗丸、お前も黙れ!お前まで足軽斬ってたら許さん!」
小源太が目を輝かせて叫ぶ。
「俺も殿と一緒に飯抜き我慢したよ!今朝の飯、最高だ!」
「小源太、お前までか!左月、お前の息子だぞ、なんとかしろ!」と義姫が怒鳴ると、左月が渋く笑う。
「義姫様、小源太は元気なだけですな。わしも飯食って馬で走るのが楽しみですよ」
「左月、お前までふざけるな!この家、どうなるんだ!」
騒ぎが続く中、輝宗が梵天丸に近づき、穏やかに言う。
「梵天丸、お前の夢、でかいのは分かるよ。母ちゃんもお前の元気を認めてるさ。ただ、少し頭使ってやれ」
「父ちゃん、頭使うってまたそれか!でも母ちゃん、少し分かってくれてもいいよな?」
「少しは分かってるさ。お前が元気なら俺はそれでいい」と輝宗が笑うと、梵天丸もニヤリと笑った。
その時、義姫が扇子を手に持ったまま呟く。
「元気ならいいだと?輝宗、お前が甘やかすから……まあ、夢がでかいのは認めるがな」
梵天丸が「母ちゃん!?」と驚く中、義姫が小さく笑って目を逸らし、竺丸が「母ちゃん、兄ちゃんの夢カッコいいよね」と呟く。
輝宗が「ほらな」と笑い、喜多が「殿、良かったね」と微笑む。小十郎が「胃が……」と呻き、虎哉が飄々と現れる。
「梵天丸、飯抜き明けて欲が膨らんだな。執着は捨てなさい」
「虎哉じいちゃん、執着が俺の燃料だよ!父ちゃんと飯食って、俺の夢もっとでかく育てるぜ!」
時宗丸が「母ちゃん強いな」と笑い、小源太が「殿、頑張れ!」と応援する中、物語の第十歩が、こうして賑やかに刻まれたのだ。
……とはいえ、母ちゃんの目はまだ怖いな、と梵天丸は思ったんだけどな!




