第2話 いざ非常事態になってみると案外冷静
青い巨人は細長い手足に短くコンパクトにまとまった胴体。そして赤いルビーのような鉱物めいた眼を持つ頭部を持っていた。
全体的な質感としては生物のような柔らかさを感じず、鉱物のような硬質感を感じる。あくまで遠目からの印象ではあるが。
「お兄、あれ何?」
「言われても知らねぇよ。でも、あんな巨人何てありえない。百メートル近くはあるぞ。東京タワーよりデカいんじゃないか?」
「お兄。東京タワーは333メートル。あの巨人よりはるかに大きいよ」
「うるさいな。細かい突っ込みをするな。例えだよ、例え。仕方がないだろう。九州住みなんだから」
地方の田舎で暮らしていて東京なんて修学旅行でしか行ったことがないんだから、正確に東京タワーの大きさなんて把握しているわけないだろう。
「でも、あいつが物理法則を無視しているのは間違いない。特撮とかでああいう巨人は出たりするけど、普通の人型だと自重を支えられない。大きさが増えるとその分重さも増えて、人間の足の面積だと倍々に増えていく体重をバランスよく支えることができない。ダンプカーが細い二本の棒に支えられているようなもんだ。普通の物理法則に従っているのなら、あの脚は潰れるか、それかもうすでにすっころんでいる。もっとぶっとい足が必要なんだ。象よりも太い足が」
「でも、立っているよ?」
「つまり、あれは物理法則が通用しない。偽物だっていうことだ」
「偽物?」
「幻ってこった。だから、気にせずに学校に行くぞ」
「え、えぇぇぇ~~~~~……!」
ドン引きをする茜を置いて、俺はいつもの通学路を進もうとする。
「幻って……そんなわけなくない? どおん、って地響き響いたし……それにお兄も私も見ている幻何てないでしょ⁉」
「集団幻覚ってやつだ。あんな非現実的な存在あるわけが、」
ビ——————————————‼
巨人の顔から光線が飛び出した。
その熱線は横薙ぎに地面を抉り、そこから爆発が起き、火柱を立ち昇らせる。
きゃ———という悲鳴が遠くから聞こえる。
「ねぇ、あれでも……幻?」
「ああ、幻だ。だから学校に行くぞ」
「嘘でしょ⁉ どう見ても破壊されてんじゃん! 宇宙人からの侵略を受けてんだよ! ついにその時が来たんだよ! 逃げないと!」
「なんかお前嬉しそうじゃね?」
青い巨人はズシンズシンと歩を進め、頭部から光線を出して目につく場所を片っ端から焼き尽くしている。
あれが今いるところは俺の自宅から十キロ離れたあたりだろうか。
あそこらへんは俺の学校の方向とは真反対だからあまり馴染みはない。そこがいくら破壊されようとも何だか「へぇ~」で終わらせられた。
「いいから、学校へ行くぞ」
「何でそんな頑な⁉ 学校へ行こうロボットか! 何? 今日学校に何かあんの? 今日学校に行かないとフラグ立たないイベントでもあんの?」
「そんなものはない。だけど……行きたいんだ」
せっかく、俺はやり直すと決めたんだから。
今度こそ人生をやり直して幸せを掴むと決めたんだから———!
「お兄……」
そんな俺に彼女は同情的な瞳を向けて———、
ドス……ッ!
思いっきり腹パンをかましてきた。
「バカなことを言ってないで。避難するよ」
「はい」
「も~、こんなバカなことやってる状況じゃないんだから。もっとシリアスに受けとめないと、避難訓練ですら笑わずに真面目にやりなさいって言われるでしょ? 本番でふざけてどうすんのよ!」
「はい。すいません」
「じゃあ、避難しようか……でもこういう時の避難場所って……やっぱり学校かな?」
「俺なんで殴られたの?」
ドオン!
一層強い大きな爆発音が響いた。
巨人は光線を放ち続け、家屋を踏み鳴らし、街をひたすら破壊している。
「……やっぱり学校に避難しても意味ないかも」
百メートルの巨体が光線をあたりにまき散らしているのだ。どこかに避難したところでそこが安全なのかも限らない。
というか、もうどこに逃げれば安全なのかもわからない。
「終わった……かもしれないな」
「お兄、やけに冷静だね」
「慌てたって仕方がないだろう」
実際、宇宙人が出て街を破壊する事態になってみたら、案外「ああこんなもんか」という気持ちが強い。
どうしようもない。
そうなると人間一周回って冷静になる。下手に慌ててエネルギーを浪費しようという気がなくなる。
「私たち、死ぬのかな?」
「さあ? 自衛隊があの宇宙人を退治してくれるまでどれだけ時間がかかるかだな」
「そうだ! 自衛隊があるじゃん! 自衛隊の戦闘機のミサイルとか戦車の砲弾であんなの倒してくれるって」
「ただなぁ……自衛隊法で宇宙人をどう解釈するか……それに戦闘機に実弾を市街地で撃たせるってなると各省庁に許可を取らないといけないだろうから。下手をすれば一日かかるんじゃないか?」
「お役所仕事! 嘘⁉ そんならうちらの街は一方的に壊されるだけ⁉ 誰も助けてくれないの⁉ じゃあどこに逃げればいいのよ⁉」
「逃げられないゾ☆」
ドス……!
再び腹パンが腹に刺さる。
「ウザいテンションで言うな……!」
「はい」
「空気を読め」
「はい。すいません」
「でも、まぁいっか……本当に、逃げることができないみたいだし……」
「殴る前にそう思ってくれません?」
本当にウチの妹は暴力系ヒロインだなぁと辟易していたところだった。
巨人の顔が———こちらを向いていた。
「あ———やば、」
い、と……言う前に巨人の顔が光った。
光線が放たれたのだ。
こちらに向かって———、
「お兄———!」
逃げられない。
だけど元からそんなことはできるわけはない。
巨人が突然街中に現れてビームをバンバン打っているのだ。
そんな状況で逃げおおせることができる正しい避難方法を知っていたら誰か教えて欲しかった。
死を———覚悟した。
その時だった。
金色の光が———目の前を遮った。
————オオオオオオオオオオオオオッッッ!
獅子の咆哮のような声が聞こえた。
それは鋼鉄の巨人だった。
金色の体を持ち、百メートルほどの巨体を持つそれは、細い脚に似合わず巨大な右腕を持っていた。
自らの胴体ほどの太さを持つそのその巨大な右腕は———異様だった。
左腕は普通の人型の比率で細いものを持っていたのに対し、右腕だけ丸太のように膨れ上がっている。
金色の巨人はその右腕を前に掲げて、青い巨人の光線を防いでいた。
まるで俺たちを守ってくれているように————。
その巨人には獣のような、獰猛な肉食獣のような顔があった。
その牙をむき出しにしたようなフォルムの口部が、パカリと上下に割れ再び咆哮が飛び出す。
————オオオオオオオオオッッ!
————と。