てけりり!~テメエと蹴散らす理性と倫理~
「ねえねえ、お姉さん、仕事帰り?」
アタシは化け物だ
誰がどう見ても化け物だ
とにかく似合わぬスーツとヒール
低いタッパ (身長) も拍車をかける
「もしかして、まだ仕事中? ちょっとお話ししたいな」
アタシはとにかくナメられる
ショートカットにした時は
影でチコちゃんと呼ばれてた
報告ばかりで具体案を出さねえ部下に
レポート聞きてんじゃねーよ!と叱ったら
側にいた上司共々腹筋を崩壊させた
サイドポニーテールの今は
広報のフリーレンと呼ばれている
「ねえねえ、お姉さん、ボクと仲良くしようよ」
しつけえな、このナンパ野郎
ちっと背が高いからって調子こきやがって
独身女をナメてんなヒョロガリが……
見せてやんよ、現実って奴をな
「オゥオゥ兄ちゃん、いい加減にしな」
「うっわあ、声もかわいいんだね」
「ソイツはどうも、だが嬉しくねえな」
「えー、どうしてー?」
「アタシは化け物だからさ、いくつに見える?」
「えっと、19 か 20 かな」
「聞いて驚け、42 だ」
変な野郎が声かけて来るのはよくあることだ
酔って抱きつく奴もいた
悪いがアタシは容赦しねえ
襟首つかんで背負落しだ
高低差すげえから起き上がれねえぞ
ナンパ野郎のヒョロガキが
目を輝かせてアタシの手をにぎる
なるほど見かけ重視の変態か
アタシが投げ飛ばそうとしたら
コイツ、とんでもないこと言い出した
「うわあ、ママより年上だ!」
「まて、テメエいくつだ」
「 11 、小5 っす!」
「……はぁ?」
「ボク、名前は祥吾っす、名前も学年もショウゴっす!」
いやいやいやいや、これはイカン
アタシより化け物がここにいた
ショウゴは瞳を輝かせ
アタシのこぶしを両手で包みこむ
「ねえ、ぼくのお姉ちゃんになってよ」
アタシは走った
短い足で走った
ヒレを羽ばつかせて逃げるペンギンのように
侵略者に追われ南極に逃げる宇宙人のように
「お姉ちゃんまってよ!」
◇◇◇
ショウゴは寂しかった。
イジメられていたわけではない。彼は素直な子どもらしい性格で、周囲を和ませる人気者なのだが、対等に付き合える同級生がいないのだ。
その高すぎる身長で、スポーツをすれば客観的に不公平感は拭えないし、鬼ごっこやかくれんぼも警察の職務質問で中断を余儀なくされる。女子の人気は凄まじいが、明らかに憧れの意味が他の男子と異なり付き合う対象とされていない。
どうしても距離を取る同級生たち、かといって大人は相手にしてくれない。ショウゴの中身は小学生なのだ。コミュニケーションは取れても会話は成立しない。同じ視点でも見えてるものが違う、例えばショウゴは車にカッコいいデザインと希少性を、大人は維持費と利便性を見る。これでは心が通じまい、どちらが悪いという訳でもない。
ある日デュエルマスターズのカードを買いに町へ出たショウゴは、なぜか執拗にマジック:ザ・ギャザリングを薦めてくる店員に辟易しつつも、目当ての買い物を済ませ路上を歩いていた。そこでちょっとした騒ぎに出くわす。
派手な装飾を施した車のそばで、ガラの悪い男が小さな女に大声を上げていた。男が女の白い服に掴みかかった時、彼の体は上下に回転し車のボンネットに叩きつけられた。女は去り、見物人は拍手した。
路上駐車で救急車が立ち往生する様を見た彼女が、激情に任せ車を蹴りつけたのが原因で起きたひと騒動。正直どっちもどっちなのだが、ショウゴの心にはぶっとく刺さったのだ。
そして数日後、ショウゴは彼女を見かけ、声をかけた。
小さな町の、小さな英雄に。
しかし小さな彼女は走り去っていった。
◇◇◇
「見つけた! お姉さん! 逃げないでよ!」
「しつけえぞテメエ! 同級生と遊んでろ!」
「ボクはお姉さんと仲良くしたいんだ、憧れたんだ!」
「み、見た目で判断してんじゃねえぞテメエ!」
路地裏に逃げ込んだ小さな女、しかし足が長く運動神経も悪くないショウゴからは逃げきれなかった。にらみ合う二人。
「お姉さん、こないだ大きい人をやっつけたじゃない」
「ああ? ……あれか、あったなそんなこと」
「あれってどうやるの? 空手なの?」
「バカやろう、あれは為我流柔術だ」
「いがりゅう? わかった、お姉さん忍者なんだ!」
「アホか! ああもう柔道だ、柔道、そう思ってろ」
小さい女は苛立っていた。大人のような高身長で見下ろしてくるコイツは、幼さが残る子どもらしいキラキラの笑顔でアタシの顔を見つめやがる。子ども用ではサイズが無いからか、シックで落ち着いた大人の服も妙に似合いやがってクソイケメンが。地獄かよ。
「ねえねえ、ボクにもできるかな」
「な……習えばいいんじゃねえか」
「お姉さんが教えてくれるの?」
「ば……ばかやろう、ど、道場とか通えよ……」
「お姉さんは教えてくれないの?」
「あ……ま、まあ時間が空いてりゃ……少しだぞ……」
本当は教える時間もなければ、場所も経験もない。それでもショウゴを無下に扱うことが出来なかった。危険な山脈を登るような心境だったが、彼女はすでに狂気の領域に足を踏み入れたのかもしれない。
悪いのはテメエだからな、ショウゴ。これからキッチリ技を仕込んでやる。厳しい鍛錬と修行の日々だ。地獄だぜ、ははは。
朝も、夜も、時間を作って毎日しごいてやる。道場がねえから場所は選ばねえ、山で、公園で、町で、海で、野原で、水族館で、遊園地で、夜景の見えるレストラン……は、まだ早いか。とにかくサボらせないよう毎朝電話で起こしてやる。寝る前もだ。覚悟しな。