第一話
日本第五シェルター東京地区。日本にあるシェルターの五つのうちの一つ、東京地区。カナタはここで生まれ育った。
カナタ達が住んでいるこの居住スペースは地下数百メートルも下に位置し、国のシェルターの中でもより深い位置にある。シェルター内は居住スペースのほか工業プラント層、農業プラント層、発電・浄水プラント層など多数の層に分かれ設置されている。人々はその中で仕事に従事し、生活を営んでいる。しかし、人口も少ないこのシェルターでは実際にはそれぞれの層はあまり活発に稼働はしていなく、細々とした生活を続けているのだった。こんな閑散とした狭いシェルターがある東京地区だが、かつての東京はビル群が立ち並び人も群れを成す大都市であったらしい。カナタ自身もこの地域は昔は首都として機能していたと歴史の授業で習ったばかりだ。
・・・今ではこんなにさびれているのに・・・
カナタは腕を組みながら授業で先生が言っていたことを思い出していた。
東京地区は首都があった地下につくられている。戦火から逃れるのにはよい場所であったはずだ。しかしここは実際の戦争時に使われることがなかった。戦争では人が多い場所を狙うのが効果的であり、戦争時に真っ先に標的になったのがこの地区だという。世界的にも観光地として知られ、高い建物、経済発展のシンボルともいえるその地区は一瞬にして汚染された。首都直下にあるこのシェルターは爆発によって建物が崩れるまで入り口が見つかることはなく、国民はその存在を知らなかった。一部の人々はこれは政府関係者が使うためのものではないか、と邪推していた。そうして人々はその地域に住むことをあきらめ各地域に散り散りになっていったのだ。戦争も終わり各地域に人が戻った中でもこの地域には戻ってこなかった。しかしそんな中でもたくましく生活していた人がいたようだ。その人たちは旧首都の復興を願い、日常を取り戻そうとこの狭いシェルターに入っていった。
カナタはそんな地下生活を始めた人たちの5世として生まれた。戦火を経験している人も減り、戦争の話をしてくれる老人の話も「親から聞いた」などとあいまいなものになっている中、生まれてくる子供たちにも、地上は危ないところだと伝えるための手段となっていた。
「先生はああいっていたけど、実際の外の世界ってどんなところなんだろう」
カナタは子供のころに見た一冊の本を思いだして考えていた。
その本には美しい国「日本」が映し出されていた。ほんの十五ページの薄い写真集だ。雲にまで届きそうな高いタワー、重厚感のある門構え、外の世界を知らないカナタにとってそれらの建築物は非常に興味を惹かれるものであった。そしてその写真集の中でカナタが一番興味をひかれたものがある。それは建物の写真が並ぶ一番最後に小さく掲載されていた、屋上の庭園である。
コンクリートに囲まれた庭園には様々な花が咲いており、無機質なものを包み込みあたたかな風景に変えられていた。その冷たい灰色の塊の中のあたたかな色にカナタは深く感動を覚えるのだった。
そのページには作者のあとがきと一緒にその写真が添えられている。
――人工の中の自然これも美しい。人工もまた自然になるのだろうか――
カナタはいつでもその写真を見て心が躍るのを感じたのだった。
そしておもう。「いつか外の世界に行きたい」と。