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混乱の渦中へ

「一体何が……」


 全く状況を把握できていない俺に老人が説明を始める。


「我々は政府の圧政に耐えきれず、ここに新勢力を立ち上げました」


 この集団が反政府だということは予想通りだ。

 そして、一拍置いてから老人は続ける。

 

「そして、度々政府から送られてくる鎮圧軍との競り合いを続けていたわけですが、ここから北に位置する盆地を占領するために繰り出した部隊が先ほど壊滅したのです」

「それは政府軍にやられたってこと?」

「左様です。しかも、その部隊の中に我々を導いていた者もおり、勇敢に戦った末に……」


 そこで老人は言葉を詰まらせる。

 かなりの人数がいるこの集団をまとめあげていた人だから、よほど人望があった人なのだろう。

 そんな人が死んだという報告が届いた時の絶望感と言えば計り知れないものだったと思うし、実際にこの場にいるほとんどの人の顔には影が差している。


「しかし、我々が諦めるということはありえません。ここで諦めれば、圧政はより酷いものとなり、生活は混沌を極めるでしょう。そこで、神の使いである蒼様に我々の指導者になっていただきたいのです」

「神の使い……指導者…………この俺が?」


 そういえば、前にも神の使いだとか何とか言われていた気がする。

 実際には車に轢き殺されたただの大学生なんだが。


「蒼様がお休みになられている間、われわれは予言の書を必死に探し出し、確認致しました。そこに書かれてあった人物の特徴と蒼様は完全に一致するのです」

「え、えぇ……」


 どういう内容が書かれていたのかは分からない。

 急に殺されて転移させられた俺は本当に神の使いなのかもしれない。

 どちらにせよ、この世界に居場所がない以上は引き受ける以外に選択肢はないように思えた。

 もちろん死ぬという可能性は考慮した上での話だ。

 ここで断ってもどこかで野垂れ死ぬ運命だろうし、一度は失った命を活かすことができるチャンスなのだから。


「分かりました。皆さんがそれで良いのならば、俺がなりましょう。リーダー……指導者に!」


 俺が言い切るのと同時に、今まで経験したことがないような大歓声が耳を襲った。

 宣言してしまった以上、もう後戻りはできない。

 

「蒼」コールが巻き起こる中、老人が近づいてきた。


「私は鄧 福来と申します。この軍の軍師をやっておりますゆえ、何卒お見知り置きを。蒼様」

「様とか付けなくても結構ですよ。呼び捨てか、せめてさん付けでお願いします」


 そう告げると、老人は驚いたような表情を見せた後に、顔を崩した。


「御意に……しかし、蒼殿の方こそ丁寧な言葉遣いはお止め下さい。これは蒼殿の意思に関わらず、権威を示すために必要となりますゆえ」

「う……うん。俺は今までこんな大集団をまとめあげたことなんてないけれど、そういうものなのかな?」

「左様。我々は総勢2000でありますが、これほどの集団は上に立つものが凛々しくしていなければ、そのうち水に投げ入れた土の塊のようにバラバラになってしまうでしょうな」


 そして、俺の指示を待つようにこちらを見ていた広場の全員の方を一瞥する福来。


「みんな。もしなんかあったら呼ぶから、それまでは各自がやるべき事をしていて欲しい」


 俺の指示を受けて、「御意」と言って散り散りに別れていく人たち。

 この人たちの中には俺がリーダーとなることに不満を持つ人も必ずいるだろう。

 しかし、それらを含めて導いていかなければならない。

 俺は無責任な一個人だった頃の昔とは違う。


「無論、蒼殿がお困りになった時は必ずや私が力になりましょう。何かあれば、頼るのですぞ」

「ありがとう。福来」

「当然のことです」


 この世界で俺はひとりでは無くなったのだと実感する。

 そこに近づいてくる人がまた一人。


「えっと……す、翠玉」

「はい」

「何か用かな?」

「導く者は命を狙われるものです。蒼様の命をお守りする役目は私に」


 地面に片膝をつく翠玉に少し動揺してしまったが、言っていることは間違ってない気がしたので、これを了承する。


「では、私はこれにて」


 そう言って立ち去る翠玉。

 なんというか、冷静沈着で感情にあまり起伏がない子なのかもしれない。


「ふむ。翠玉は本当は感情が豊かなんじゃが、少し緊張しているように見えますな」

「嫌われているなんてことは無いよね?」

「はっはっは。嫌われてたら護衛役を申し出ることはないと思いますぞ」

「た、確かに」


 時間を共にすることが多くなると思うし、後でちゃんと話しておかないと。

 側近にも心を開いてもらっていないリーダーなんて本物のリーダーじゃない。


「……でも、まだまだやるべきことが沢山あると思うんだよなぁ」

「ふむ。ならば、私に仰ってくだされ。やれることはやっておきますぞ」

「わかった。じゃあ、いくつか頼もうかな」


 俺なりに大事だと思うことを福来に言って情報をまとめて貰うことにした。

 作戦やこれからの方針を決めるのはそれらが出揃ってから話し合えばいい。

 その間に俺は翠玉と……。


「あれ? 翠玉は?」

「もしかすると蒼殿の天幕おるやもしれませんが、そこにいなければ手を二三回叩くと、すぐに参上するでしょう」

「了解」


 というわけで、自分のテントに戻ると、すでに片膝をついた状態で翠玉が待機していた。


「お休みになりますか?」

「いや、翠玉と二人で話したいと思って」

「……私とですか?」

「うん。だから、そんな姿勢は止めてベッドにでも座ってよ」


 勢いよく顔を上げて、驚いた様子で俺の顔をジッと見つめてくる翠玉。

 しかし、俺からすれば何らおかしなことなどなかった。

 今となっては主従関係になるのかもしれないけれど、ついさっきまでは俺は捕虜という立場だったのだから。

 そうでなくても、仲間に意味の無いキツいことを強いるなんてことをできるはずがない。


「ほら、早く早く」


 先にベッドに座った俺は、隣をポンポンと叩いて翠玉も座るようにと促す。

 すると、翠玉は控えめにちょこんと座った。

 自分から誘ったとはいえ、具体的に何を話せばいいのかさっぱり分からない。

 


「俺は20なんだけど、翠玉はいくつ?」

「……18です」

「そうなんだ。一応、翠玉は俺の側近か護衛とかそういう立場になると思うんだけど、全然気とか使わなくていいからね?」

「いえ、そういう訳には行きません。蒼様は私たちの指導者でありますから」


 断られてしまったか。

 でも、俺にも譲れないものがある。


「俺はさ、違う世界から来た人間だから心を預けれるような人が一人もいないんだよ。だから――――」

「わ、私も……あっ」


 発言してから俺の言葉に被せてしまったことに気づき、失礼なことをしてしまったと肩を縮こまらせる翠玉。

 この時、初めて翠玉が俺に対して心の端を見せてくれたような気がした。


「翠玉の話……聞かせてよ」

「…………」


 そう促すと、最初こそ躊躇っていたものの、黙っていた翠玉はポツリポツリと言葉をこぼす。


「……父も母も…………殺された」

「…………」


 一言目から衝撃的な事実を告げられたが、静かに頷いて自分から話してくれるのを待つ。


「父は剣術は一流だった。私がまだ幼かった頃によく剣術を教えてくれたのを覚えてる。元々、この国が建国された時からの臣下だったこともあって、高官であった父は汚職が嫌いな綺麗な人だった。それが他の高官からすれば気に食わなかった。そして、父は反逆の罪を着せられて殺された」

「こ……殺され……?」


 日本史上でも理不尽に反逆の罪を押し付けられて命を奪われた人は多数存在する。

 文字で読んでいる時は単純に「可哀想だ」としか思えなかった。

 それなのに、こうして目の前にいる女の子の実父が実際にその被害者になったという話だと、怒りや得体の知れない気持ち悪さが込み上げてくる。

 これは義憤なのだろうか。


「母もその時に殺された。けど、私は無事に逃げることが出来た。その時に助けてくれたのが福来」

「福来が……」

「うん。福来は政府軍の軍師をしていたけれど、この時にはいざこざもあって引退していたから」


 きっと福来も不憫な目にあってきたのだろう。

 それも許せないが、何よりもこの子がなぜこんな目に合わなければいけないのかと、心の底からそう思っていた。


「だから……私は絶対に父と母の命を奪った汚い政府の役人を許さない! 絶対絶対絶対に! 私が二人の仇を取る!」


 それはまるで彼女の心の中の炎が声になって出てきているように感じられた。

 そして、炎はいつしか俺の心にも燃え移っていたらしく、俺は無意識のうちに翠玉の手を握りしめていた。


「大丈夫。俺が必ず君の願いを叶える」

「ほ……本当に?」

「もちろん。だから、これからは俺と一緒に頑張ろう!」

「うん!」


 やっとで翠玉に完全に心を開いてもらえたような気がする。

 それに、これで俺にも明確な目標ができたわけだ。


「ああ……あと、俺のことは呼び捨てでいいし、敬語も使わなくていいよ」

「いいんですか?」

「『いいんですか?』じゃくて、『いいの?』だろ?」

「う、うん! わかった」


 こうして、心から信頼し合える仲間がまた一人増えたのだ。

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