異世界に招かれた男
「はぁ……今日もバイトか」
鏡に映る自分の顔を見ながら、俺は小さくため息をついた。楠木蒼。20歳。どこにでもいるような平凡な大学生である。
「蒼、朝ごはんできてるわよ」
リビングから聞こえてくる母の声に急かされ、俺は慌ててTシャツを着た。
「はーい! 今行くよ!」
階段を駆け下りると、テーブルには味噌汁とご飯、焼き魚が並んでいた。いつもの朝食だ。
「いただきます」
魚の皮を先に取り、骨に気をつけながらご飯と一緒に胃の中へと放り込んでいく。
そして、最後に残った味噌汁をチビチビ飲みながらテレビを見ていると、「戦国時代の城跡から新たな出土品」というテロップと共にその映像が映し出される。
どうやら、かつて城の堀だった所から槍の先端が見つかったらしい。
「おっ」
立派な歴オタである俺は食事中であることを忘れて、思わず身を乗り出してしまう。
そんな俺は特に戦国時代が大好きで、大学でも日本史を専攻している。
「もう、蒼ったら。そんなに夢中になってたら、また遅刻するわよ」
母の声で我に返る。
壁に掛けてある時計を見ると、すでに出発予定時刻は過ぎていた。
「あ、やばっ!」
急いで残りの味噌汁をあおり、鞄を手に取る。
母の呆れたようなため息を背に、俺はハイスピードで靴を履き、外に飛び出した。
「いってきます!」
玄関を飛び出し、駅に向かって走り出す。春の柔らかな日差しが頬を撫でていく。
こんな気持ちのいい日は読書をするのに限る。
今日のバイトが終わったら、図書館で戦国時代の兵法書を借りてきて読もう。
そんなことを考えながら、横断歩道に差し掛かった。
青信号。俺は左右を確認することなく足を踏み出す。
その時だった。
キキーッ!
何かを爪で引っ掻いているような不快な音に寄って耳の中が支配される。
慌てて音の方を向くと、クラクションを鳴らしながら突っ込んでくる車が視界を独占する。
「え?」
驚きのあまり、身体が動かない。
自分が何をすべきか、今どういう状況なのか、それすら理解をするのが難しかった。
「危ないっ!」
誰かが叫ぶ声が聞こえた気がした。
でも、もう遅かった。
その言葉が聞こえた時には車は目と鼻の先に迫ってきていたのだから。
ガシャーン!
激しい衝撃と共に、世界が真っ暗になった。
……
…………
………………
意識が戻る。
痛みはない。
ただ、感覚が……おかしい。
俺は確かに車とぶつかったはずだ。
奇跡的に助かったのだろうか。
「ここは……?」
目を開けると、見慣れない草原が広がっていた。青々とした草、遠くに見える山々。
どこか懐かしさを感じさせる風景なのに、明らかに日本ではない。
「俺、どうなっちゃったんだ?」
思わず口から溢れ出てきた言葉。
自分が死んでいるのか、そうでないのかすら分からない。
死後の世界にしてはあまりにも感覚がはっきりとしすぎている。
足の裏から伝わってくる土の感覚や髪の毛を揺らす風の心地良さを死後の世界で感じることができるだろうか。
とはいえ、生きているとしても、知らない土地にいるのはおかしい。
「服は……」
服は家を出てきた時と全く同じ白いTシャツにジーンズだった。
俺のお気に入りである赤いスニーカーもピッタリ俺の足にフィットしている。
「……異世界?」
いや、そんなまさか。
源義経がチンギス・カンになったという都市伝説ぐらい現実味がない。
とりあえず、周辺の景色を把握するために辺りを見渡す。
俺が今たっている道の周りは独特な木だらけ。
世界のどこかにはあるかもしれないが、少なくとも俺は生まれてから見たことがない。
ふと、空を見上げる。
「え?」
日本とは変わらない青空の中に薄らと二つの月が浮かんでいた。
「やっぱり地球じゃない……」
俺の知っている地球から見える月は一つだけだった。
現実を受け入れざるを得ない。
俺は本当に異世界に来てしまったのだ。
「とりあえず……」
背負っていたリュックを降ろす。
「いや、俺のリュックは?」
俺が愛用していた青色のリュックはこれまた見たこともない皮袋に置きかわっていた。
中を確認すると、見慣れない硬貨がいくつかと、乾パンのようなものが入っていた。
「しかも、入ってるのがこれだけとか……」
俺のリュックもあれば、まだ売れそうなものが入っていたかもしれない。
どの方向に歩いていけば人がたくさんいる、言わば街にたどり着くのかすら分からない現状に半ば絶望しかけていた。
それでも、神様からもらったであろうこの命を簡単に費やす訳にはいかないと一歩を踏み出す。
歩き始めて数分。
遠くに人影を見つけた。
一瞬迷ったが、せっかくの機会を逃してはならないと思い、声をかけようと決める。
「おーい!」
手を振りながら近づいていくと、その人影が俺の方を向いた。
そこまでしてから、言葉が通じないという可能性が頭の中に浮かんでくる。
が、そんなことは杞憂であった。
「誰だ!?」
男が叫ぶ。
その声には警戒心が滲んでいる。
言葉は通じたようだった。
「あの、すみません。道に迷ってしまって……」
近づきながら説明しようとした瞬間――
「敵襲だ!」
男が叫ぶと、突然周囲の草むらから十数人の男たちが飛び出してきた。
全員が槍らしきものを持っている。
予想だにしていなかった展開に思わず動揺してしまう。
「え? ちょ、ちょっと待って!」
慌てて両手を上げる。
が、男たちは構わず俺を取り囲んだ。
「お前は誰だ? どこの軍の者だ?」
一人が俺に槍を突きつける。
「え、ぐ、軍!? いや、違います! 俺はただの……」
言葉に詰まる。
ただの学生、とは言えない。
この状況で信じてもらえるわけがない。
「怪しい奴だ。捕らえろ!」
リーダーらしき男が命じると、それに応じた男たちが俺に迫ってくる。
「えっ、ちょっと……」
抵抗する間もなく、俺の両腕を掴まれた。
「ん? こいつの服装、見たことないぜ」
「ああ、奇妙な服だ。スパイかもしれん。連れて行け」
そう言って男たちは俺を引っ張り始める。
その力は俺なんかでは到底敵わない様なものであり、下手に抵抗して殺されないようにと、抵抗を諦めて大人しくすることにした。
不本意ながらも、異世界に来て早々、捕虜になってしまった。
ここまで不可抗力だと、もはや後悔とかそういった類の感情は湧いてこない。
これが俺の運命なのか。
そう受け入れるしかなかった。
しかし、この時はまだ知る由もない。
この出会いが俺の、いや、この世界の運命を大きく変えることになるとは……。
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