その四十一 下着姿で
戦いの最中に、彼の想いを聞いて私の気持ちも打ち明けた。
あの告白は夢だったのかもしれないと、寝具から顔だけ出したまま恐る恐る確認する。
「そうだ。戦いの最中、マリーの気持ちを聞けたときは、これ以上ないほど嬉しかった。絶対にこの戦いに勝つと血がたぎった」
「それって相愛といえるのよね」
「ああ。もちろん相愛だ」
私と彼は相愛。
なんて素敵な響きなのかしら。
嬉しくて涙が出そう。
「これからの関係ってどうなるの? 相愛の幼馴染み?」
「いや、もう幼馴染みは卒業だな」
「え? 卒業?」
「俺は君と一生をともにしたい」
「一生? 一生ってまさか……」
「マリー。あなたと結婚したい。俺と婚約してくれないか?」
時が止まった。
もちろん時空魔法は使っていない。
愛しの彼からの衝撃的な申し出に固まったのだ。
驚く私を見てウィルは言葉を続ける。
「俺が間違っていた。国に利益をもたらす政略婚は、俺のすべき選択ではなかった。愛する国民のために、次代の王として一生懸命に働くと誓った。だがそれには、俺自身が愛する人と一緒になるべきだと気づいた」
「私が……ウィルの愛する人……」
「俺と結婚して欲しい」
「結婚! し、したいです、私も! でもダメなの。下位貴族の孫娘だから……」
私がずっと悩んでいた身分の差を訴える。
身分差。
解決の出来ない高い壁で、私と彼との間にある深い谷のような障害。
これがあるから彼との結婚を諦めて、ただ好きと言ってもらえたらと思っていた。
ところがだ。
「それは問題ない」
「え? 問題ないってどういうこと?」
「マリーの祖父、剣聖ベラルド・シュバリエ様は、上位貴族にしょう爵されることになった」
「しょう爵って……、おじい様は上位貴族になるの⁉ えーと……中位貴族を飛ばして?」
「王国を救った英雄には、ふさわしい報奨が必要だ。王都に攻め込んだ使役魔物を撃退し、国民を守って国家転覆を阻止できたのは、剣聖ベラルド様とマリーが活躍したから。シュバリエ家の働きがあってこそだ」
「でもそれはウィルや王国騎士団、王国魔導師団のみんなが頑張ったからよ!」
確かに時空魔法でウィルやみんなの時間を加速させて、使役魔物を倒せるようにアシストした。
でも私は、あくまで魔法による補助をしただけ。
私が危険を犯して前線に立った訳じゃない。
「時空魔法の効果が及んだ剣聖ベラルド様は、まさに軍神と呼ぶにふさわしいほどだった。マリー、君の時空魔法なくして、この勝利はなかったよ」
「そんな。それは過大評価よ!」
私が否定すると、ウィルは余計に興奮して時空魔法の効果を語り始める。
「魔物から見れば、俺たちは倍の速度で攻撃して、倍の速度で回避するように見えただろう。多くの敵はまともな反撃を許さずに倒せたし、ほぼすべての攻撃を回避できた」
「でもそれは、日頃の鍛錬があったからで!」
「もちろんそれもある。だが、実際に体験したから分かる。こと戦闘において、時間加速は絶対的な優位だ。だから、あの圧倒的な戦力差をひっくり返せた」
私も時間加速で戦ったからその効果は分かる。
「……本当におじい様は上位貴族になるのね。じゃあ、私は上位貴族の孫娘になるの? あなたとの身分差が縮まるの?」
「ああ。マリーの体調が整い次第、剣聖ベラルド様のしょう爵式をする。そして、中止した『新年を祝う会』を開き、俺たちの婚約を発表しよう」
私の婚約者になる人は、美しくて強い。
その上、とっても優しくて地位は最上の王族で、世の女性の誰もが理想の彼氏として思い描くような男性で。
こんな超素敵な人が自分の彼氏だなんて。
寝具から顔だけ出して見つめると、ベッドに座る彼から見つめ返された。
「もう、マリーとは離れない。君と一緒にいたい」
「わ、私もウィルと離れたくない! 優しいあなたとずっと一緒にいたいの」
慌てて同意すると彼が微笑む。
「銀色の長い髪も澄んだ瞳も白い肌も、君の全てが愛おしい」
「ああ、ウィル。そんな素敵な言葉を私にくれるなんて」
ずっと彼に抱いていた想い。
言えずに隠してきた気持ち。
伝えることはできないと諦めていた、彼を愛する胸いっぱいの想い。
あの戦いのどさくさじゃなく、しっかりとお互いを見据えて気持ちを確認できた。
もうそれだけで、私は気を失いかけるほどの幸せを感じた。
彼の「離れない」という言葉が嬉しくて震えた。
だけど、それとは別の理由で顔が熱くなる。
私は顔のそばで寝具のはしを必死に握り締めた。
それは私が、彼からすぐにでも離れたいと思うほど恥ずかしい姿だから。
「今から君を抱きしめる」
「え、ええ⁉ いま⁉ いまは、だめよ!」
寝具から顔だけ出して、首を左右に振って必死にいやいやと拒否する。
なのに、ウィルは私の横に手を突いて体を倒してくる。
「いま君を抱きしめないと一生後悔する」
「え、ええーー! だ、だって私、下着姿だから……だ、だめなの!」
このまま大好きなウィルに迫られたら断れる自信がない。
(やばいやばいやばい、ウィルに襲われちゃうよ)
嬉しいけど困る。
幸福感と羞恥がないまぜでパニックになった。
混乱したせいか、素直な気持ちが口をついて出る。
「……で、でも本当はね、私も抱きしめられたいの」
「じゃあ」
「でもっ、その先はまた今度って約束して!」
「その先?」
「だって、まだ結婚どころか婚約もしていないし」
せっかく相愛になったのに、ずっと好きを我慢してきたのに、一気にいろいろ体験するなんてもったいなさ過ぎる。
これまで何年もの長い間、必死に自分の気持ちを抑えてきた。
だからもう少し、愛する彼との過程をゆっくりと楽しみたい。
「安心して。いくらマリーが可愛くても、目覚めたばかりで無茶はしない」
その言葉を聞いた私は、ゆっくりうなずく。
彼は寝具をまくって、シュミーズ姿で寝そべる私を優しく抱きしめた。
彼の腕に包まれながら、厚い胸板に頬を寄せる。
「ねえ、ウィル」
「なんだ?」
「これまでの時間を取り戻すように、一歩一歩距離を縮めて少しずつ楽しみたいの」
「ああ。マリーと一緒の人生をこれから長く過ごせるなら、ゆっくり楽しむのもいいな。でもな、譲れないことがある」
ウィルがゆっくりと顔を近づけてくる。
「まだ手は出さないが……代わりにキスはさせてもらう」
「は、はい。いまはキスで許して、ウィル!」
ウィルが私のおでこと頬へ軽くキスをしてくれる。
「君は本当に可愛いな」
「嬉しい! ありがとう」
「愛しているよ」
「私もよ!」
私の返事を受けて、ウィルが唇をゆっくり近づけてくる。
私は目をつむった。
やっと。
やっと愛しのウィルから愛していると言われた。
このときをどんなに夢見たことか。
ああ、心が幸せで満たされていく。
間違いなくいまが、人生で最高の瞬間だ。
彼の唇が私の唇に優しく触れて、心まで溶かされていくのを感じる。
それからしばらくの間、ウィルに下着姿で抱かれて愛情たっぷりのキスをされた。
次のお話でスザンヌ様へも忘れずプチざまぁして完結です!




