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その三十八 伝説の大魔法

 あの数のゴーレムたちが、徒党を組んで集団で押し寄せればマズイことになる。


 やつらが進撃をはじめる前に、攻撃魔法の使い手たちが動いた。

 防壁の上からはロラン様たち王国魔導師団が、コレットたち魔法使いは兵士たちの後方から、一斉に先制攻撃を仕掛ける。

 魔法使いたちによる、遠距離からの魔法攻撃だ。


 ジゼル様が青いローブの男性に祈りを捧げる。


「頑張って……ロラン様!」

「さあジゼル様! いまのうちに避難を!」


 煙やホコリでゴーレムが見えなくなるほどの、大規模な魔法攻撃だ。


 けど晴れた視界に見えた奴らは、わずかな損傷があるだけで健在だった。

 ロラン様の雷撃も、コレットや彼女のおじい様の炎も、石の体を持つゴーレムには、あまり効果がみられない。


 そしてついに、ゴーレムの集団がウィルたちに襲いかかる。

 時間加速魔法『アート』の効果で緋色に輝くウィルは、正面の二体を同時に相手して、まず一体を仕留める。


 おじい様はゴーレム一体に優勢な戦い。

 しかし両脇の兵士たちは、ゴーレム相手に苦戦を強いられた。

 攻撃をかわすだけで手一杯の兵士が多く、高威力のパンチを受けて倒れる人もいる。


 とうとう陣形が崩れて乱戦状態になってしまった。

 立っている兵士の数が減って、ウィルは前後左右をゴーレムに囲まれて四体を同時に相手している。


 おじい様は二体に挟まれて苦戦していた。

 ゴーレムが周囲に分散したことで、広場の中央の様子が分かる。


 一体だけ漆黒のゴーレムがいて、そこに人影がふたり見えた。

 長い黒髪で赤いドレスの女性はマチルド様だ。

 もうひとりは黒いドレスの女性で髪をアップにして眼鏡をかけている。

 おそらくエバ様だろう。


 マチルド様を中心に、ふたりを覆う半円状の半透明な膜が見えた。

 時折届く魔法攻撃が、あの膜で弾かれているように思える。


 エバ様は、明るさのない異様な黒い光を体から発していた。

 時折見えたあの黒い光は、エバ様が放っていたのだ。


 圧倒的に劣勢な状況を前にして、ジゼル様が私にすがりつく。


「マリー、みんながやられてしまうわ……。このままでは……私たちも」

「ウィルが、おじい様が、みんなが死んでしまう!」


 この広場にいる私たちが倒されれば、使役魔物がなだれ込んで街の人達が犠牲になる。

 屋敷にいるお母様に危険が及ぶ。


 みんな……みんな死んでしまう!


 事態の悪さに悲観したときだった。

 陣形が崩れて乱戦状態になったせいで、狼の魔物が一体、私とジゼル様めがけて駆けて来たのだ!


 急いで自分に『アート』の魔法をかけてジゼル様の前に立つ。


 ふるえる手で腰に下げた細身の剣を抜いた。

 鋼の刀身は細くてもとても重い。

 抜き身の剣なんて、修練でしか振ったことがない。


 狼の魔物が牙をむき、よだれを垂らして唸り声をあげる。


「マ、マリー、た、助けて」

「た、助けます……」


(怖い……。魔物がこんなにも恐ろしいなんて。でも……ジゼル様を守らなくては!)


 怯えるジゼル様の前に立ち、半身で剣を構える。

 とうとう魔物が私に襲いかかってきた。


 時間加速の魔法『アート』の効果で、なんとか魔物の攻撃を避ける。

 練習した対人戦と違って動きが素早くて手強い。

 それでもなんとか突きで反撃する。


 逃げてばかりではジゼル様を攻撃されてしまうから、非力でもダメージの大きい突きを繰り返す。

 何回も何回も攻撃してやっと撃退できた。


 みんな、こんな手強い魔物と戦っていたのだ。

 しかも、もっと強いゴーレムがたくさんいて、けが人がどんどん増えている。


 この状況をどうにかしたい!

 ウィルを、おじい様を、みんなを助けたい!

 私の大切な人たちを守りたい!


 お願い、女神様っ!

 信望する仕事の女神、トラヴァイエ様!

 どうか私にみんなを助けさせてください!

 私では、まともな戦力にはならないし、傷ついた人を回復することもできません。

 戦いの手助けはできないけど、私にもできる仕事をさせてください!

 どうか……お願いします!


 私は女神様に祈った。

 この場で戦うすべての人達に想いを寄せる。

 ウィルだけじゃなく、みんなに時間加速の魔法『アート』の効果を及ぼしたい、そう強く強く願った。


 そのときだった!

 急にネックレスの宝石がひときわ強い光を放ちだす。


 それに呼応して、私の中から急に魔力が湧き出るのを感じた。

 まばゆい緋色の光が自分の体から発せられる。

 想いが極限まで高まったとき、私の体からひときわ強い緋色の輝きが放たれたのだ。


 いま、自分の能力が覚醒したのが分かった!

 魔力があふれ出してくるのが分かった!


「マリー、あ、あなたの体から光が……」

「ジゼル様、いまならできそうです。いえ、きっとできます! 二百年前の王妃様が成し遂げた奇跡の大魔法が!」


 ここで戦うみんなに時空魔法の効果を及ぼす!

 強い想いを胸に、力強く唱える!


「スペリュール・アート!」


 次の瞬間、前線で戦う兵士たち、後方から攻撃魔法や治癒魔法を唱える魔法使いたち、ジゼル様も含めたすべての人たちが緋色に輝いた。

 この場で戦う総勢三百名の全員へ、同時に時間加速魔法『アート』が発動した。


 発動と同時に一気に自分の魔力が枯渇していく。

 それでも私は歯を食いしばって耐える。


 気を失ってはいけない。

 せっかくみんなの時間を早めることに成功した。

 みんなの力で戦局をひっくり返すまで、『アート』の効果を持続しなければいけない。


「マリー、しっかりして!」

「平気……です」


 私はジゼル様に支えられながら、気絶しないように奥歯を噛み締めた。

 もうろうとする意識で、みんなの活躍を見守る。


 兵士たち、魔道士たちは美しく緋色に輝き、その活躍は凄まじかった。

 次々と魔物が倒されていく。

 ゴーレムたちの攻撃は空を切り、倒される兵士はいなくなった。

 負傷した兵士は、衛生班に安全な場所まで運ばれて治療されている。


「これでもう……大丈夫」


 戦局がひっくり返って安堵からつぶやいたが、まだ終わっていないと気づく。

 赤いドレスの女性と黒いドレスで眼鏡をかけた女性が視界に入った。


 長い黒髪のマチルド様と黒髪をアップにしたエバ様が、ドレスをひるがえして歩いてくるのが見えたのだ。


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