表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/42

その三十六 次期当主の覚悟

 三日後、表情をくもらせたウィルと執事のロラン様が、私たちの滞在する招待客用客室へ訪れた。


「マリー、殺し屋が口を割った。雇い主は、デハンジェ家の侍女、エバだ」

「エバ様! ならば指示したのはやはり!」


 ウィルは応接用の椅子に座ると、マチルド様が元凶だろうと告げた。

 一緒にいたジゼル様が口に手を当てて驚いている。


「そして、療養中だったデハンジェ様の母親、帝国から嫁いだ姫が、三ヶ月前に病気で亡くなっていたと判明した」

「ずっと療養中だったのよね。とても残念です。でも三ヶ月前って?」


「一連の調査で、隠されていた病没が判明した」

「誰かが隠蔽を? まさか、マチルド様が⁉ 彼女はどこに?」

「探しているが、どこにもいない。彼女の姿を見たのは三日前が最後だ」


 廊下で私に扇子を投げつけたのが、姿を見せた最後の日らしい。


 彼女の屋敷にはマチルド様だけでなく、侍女のエバ様もいないという。

 ふたりとも三日前に屋敷を出て戻らないらしい。


「父親のデハンジェ卿は?」

「姿がなかった。姫と一緒で病気療養中のはずだったが、実は数年前から不在らしい」


 続けて話そうとしたウィルが軽く首を横に振って一息入れる。


「それだけじゃない。君には伏せていたが、帝国はひと月前から国境沿いの平地に軍隊を集結させて戦争の気配を見せている」

「どうするの⁉ 軍隊で対抗するのよね⁉」

「我がグランデ王国も、国境沿いに軍隊を集結させて牽制に動いているが……」


 あまりの事態なのか、ウィルが説明の途中で顔を手で覆い首を横に振った。

 ロラン様がその説明を引き継ぐ。


「軍隊同士は平地の国境でにらみ合っています。ですがそことは違う場所、軍隊の侵攻が困難な山間部が狙われました。帝国は、そこから使役魔物の大群を侵攻させ始めたようです」


 隠されていた使役魔物は驚くほどの数らしい。

 その数の多さで、何年も前から計画されていたと分かるそうだ。

 使役魔物を操れる魔法は、帝国でも皇族の血を受け継ぐ者にしか使えない。

 必然的にこの行軍は、帝国の皇族が率いていることになる。


 ウィルが立ち上がった。


「使役魔物を討伐するために、平地の国境にいる我が軍を動かすことはできない。平地の国境には帝国軍もいるからだ」

「でも使役魔物はこの王都へ侵攻してくるんでしょ⁉ しかもその大群を誘導しているのって……」


 使役魔物を誘導する魔法は、帝国の皇族の血筋にしか使えない。

 けど、この国に嫁いだ姫様は三ヶ月前に亡くなっている。

 ならばこの国に皇族の血筋は、マチルド様ひとりしかいない。


「斥候からの情報だと、人間の兵士はいないらしい。馬車一台だけで、魔物たちを追いかけているそうだ」


 たぶんマチルド様が馬車に乗って、使役魔物を王都へ誘導している。

 彼女は王妃になって、王国の内政に干渉するのを諦めたんだ。

 使役魔物で直接王都を陥落させようとしている!

 王国は残った兵力を王都に集結させて、使役魔物の大群に応戦するしかない。


 死を恐れない使役魔物の特攻。

 あと数日で魔物が王都へ到達する。

 私はおじい様が国を守るために出陣すると聞き、武家であるシュバリエ家の後継者として役割を果たすため、メイドの仕事に暇をもらった。


 ◇


 グランデ王国は王国騎士団と王国魔導師団を総動員して、王都を襲う魔物を撃退するために動きだした。

 元王国騎士団長のおじい様は、引退した身でありながら王国を守るため参戦する。


 そして私の気持ちも決まっている。


 自ら戦闘装束を身につけて自宅の修練場へ向かうと、おじい様はすでに全身鎧を着て出立の準備を整えていた。


「おじい様、軍が動くなら雑用や避難誘導も必要です。国家の危機なら私も働きます」

「その格好はまさか……戦場に来る気か」


 私はシュバリエ家に伝わる装備を身につけていた。


 我が家には、男性当主のための全身鎧と両手剣、女性当主のためのドレスアーマーと細身の剣が受け継がれている。


 私が着るドレスアーマーは、白を基調とした薄手の可憐なドレス。

 胸や脇腹に外側から金属装甲が装着されている。


 武家として女性当主が着るもので、私兵を鼓舞するためのものらしい。

 でも、いまのシュバリエ家に私兵などいない。

 一応細身の剣を腰に刺したけど、ドレスの防御力だけが目的で戦う気はない。


「お前はシュバリエ家の後継。危険に晒すわけにはいかぬ」

「後継だからこそです。それに自衛の剣も教わっています」


「しかし……」

「私は武家であるシュバリエ家の次期当主。国家の危機に働けないなどありえません」


 覚悟が伝わったのか、おじい様が黙ってうなずいたので、私はお母様と抱き合ってから家を出た。


 兵隊が集まる王都の正門前広場に到着する。


 そこには全身鎧を着た第一王子様であるウィルと、ローブを身にまとった執事のロラン様の姿があった。


「ウィル! 第一王子様のあなたが、なぜ戦場に来たの?」

「ここを突破されて王都が陥落すれば、城で籠城しても意味はない。国王の護衛は弟に任せた」


「でも、あなたは次の国王なのよ」

「俺も剣聖べラルド・シュバリエ様とともに戦う。幼少より磨いたこの剣技、いまこそ国のために役立てるときだ。でもそれよりも……」


 彼が私の手を握る。


「それよりも、なぜマリーがここに来た? その美しいドレスアーマーは一体?」

「女ですけど、これでも武家であるシュバリエ家の次期当主だもの。このドレスアーマーはその覚悟の表れなのよ」


「だがこの場所はもうじき戦場になる。危険だ」

「私は元王国騎士団長の孫。国家の一大事に、現場でみんなを支えるべく後方で支援したいの!」


「し、しかし……」

「家を守るばかりが女性の務めじゃないわ。それにほら、あなたからいただいた銀のネックレスをお守り替わりにつけているし」


 ふたりしてお互いの覚悟を確認し合うと、どちらともなく互いに抱きしめあった。


「マリーを守ってみせる」

「無事に帰ってきて! 待っています!」


 ウィルは待機する王国騎士団へ向かっていった。

 ローブを着たロラン様は、王国魔道師団の人と話をしている。


 その王国魔道師団とは別に、ローブを着た見慣れない集団がいた。

 どうも魔法使いの集まりみたいだけど、統一された制服ではない。

 そのひとりがこちらへ駆けてきた。


「マリー様! どうして戦場に⁉」

「コレット! あなたも戦うの?」


 コレットはいつものメイド服とは違って、キュロットを履いた活動的な格好。

 まるで冒険者のようだ。

 オレンジの綺麗なローブを羽織っていて可愛い。


「私も戦います! おじいちゃんと王都を守ります!」

「私もおじい様と駆けつけたの! 雑用しかできないけど、みんなを支援するわ」


 ふたりで手を握りあって無事を祈ったあと、コレットは魔法使いの集団へ戻っていった。


 集結した兵士たちは、王都正門の内側に陣形を作って魔物を待ち構える。


 王都の外周は、魔物避けのために傾斜が急で高い防壁が築かれている。

 防壁を登ってくる敵は、防壁の上にいる守備隊が弓矢と投石などで容易に落とせるから心配が少ない。


 王国魔道士団はこの防壁の上に陣取って、接近する魔物を魔法攻撃で減らすらしい。

 防壁という守備に有利な条件をフル活用して、弓矢と魔法の雨で可能な限り魔物の殲滅を目指すようだ。


 相手は魔物なので、人間が使う防壁超えの足場なんて作ることができない。

 正門を破壊して突入を目指すだろう。

 だから兵士たちは、正門から来る敵を阻止しなければならない。


 最も使役魔物が集中するであろう正面の真ん中は、ウィルとおじい様が並んで迎え撃つ。

 戦いが間近に始まるとあって緊張感が漂うなか、後ろから馴染みのある女性の声が聞こえた。


「マリー! よかったですわ。知り合いがいなくて心細くて」

「ジ、ジゼル様⁉」


 振り返ると信じられないことに、ドレス姿のジゼル様がいる。


「ロラン様が出征されると聞きましたの。ご出立をお見送りしなければ!」

「え……あの、ここはすぐ戦場になるんですよ⁉」


 話を聞いても意味が分からないと首をかしげたジゼル様は、私のドレスアーマーを見て徐々に顔が青ざめていく。


「ま、まさか、ここで戦うのですか⁉」

「そうです。ほら防壁の上にロラン様がいらっしゃいますよ」


「えーと、どちらに……。あ、あの青いローブがロラン様ですわね! 格好いいですわ!」

「さあ、早く避難なさってください!」


 私がジゼル様に避難を急かした直後、防壁の上にいる守備隊がこちらへ合図を送った。

 とうとう魔物たちが王都の正門へ到達したのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ