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その二十六 形勢逆転

 来客を告げる名乗りがあって、みんなの時間がしばし止まったようだった。


 ただの来客ではない。

 名乗りは第一王子様の執事、ロラン様。

 しかも彼は、第一王子様の来場を告げている。


――コンコンコン!


 再度のノックとともにロラン様の声が響く。


「第一王子様の執事、ロラン・ギャフシャです。聞こえていないのですか? 第一王子様がいらしております。入らせていただきますよ?」

「お、おい、メイド! 早く泣き止め! 泣かせたと誤解されるだろ!」


 慌てた中年事務官が私の肩を掴んだところで、扉が開いた。

 長身のロラン様が扉を大きく開けた状態で止めると、続いて男性が入室した。

 綺麗な金髪でしっかりした体つき。

 きらびやかな衣装に身を包んだその人は、私が幼いころから愛するただひとりの男性だった。


「……ウィルっ……」


 思わず呼んでしまった。

 こんなに大勢がいる部屋で、馴れ馴れしく愛称を口にしてしまった。

 宮殿で彼と出会ったときから、人前では気をつけようと、彼に迷惑をかけてはいけないと、そればかりを考えていたのに。


 ウィルが私に気づいて目を見開く。


「マ、マリー!」

「ウ、ウィリアム様……」


 中年事務官を見た彼の瞳が、怒りに染まった。

 ウィルは脇目も振らずにこちらへ来ると、私の肩を掴む中年事務官の手を払いのける。


「貴様、彼女に何をしたッ!」


 中年事務官の前に立って、見下ろす角度で言い放つ。

 怒気と覇気の両方を含んだその剣幕は、長い付き合いの私でも見たことのないもので、中年事務官を震え上がらせるには十分だった。


「で、で、殿下! あ、あの、このメイドがどうかしたのでしょうか?」

「泣いている! 彼女を泣かせたのはお前かッ!」


 ウィルの勢いに二歩三歩あとずさりした中年事務官は、最初こそ驚いていたものの、何か思いついたようにうなずくと徐々に表情を戻す。


「彼女の仕事が不完全で指摘しました。単に仕事が上手くできなくて、悔し泣きしていたのですよ」

「上手くできなくて悔し泣きだと?」


「女だてらに課題を解決するから、自分たちの要求を飲めと言ったんです。ですが男の仕事は女には難しい訳でして。それで上手くできずに悔し泣きですわ。メイド本来の給仕もさせたんですが、そちらはなかなかよかったです」

「彼女は仕事の不出来を指摘され、上手くできずに泣いたということか?」

「はい、そうです」


 腹の出た中年事務官は、へこへこと首を上下に二度三度振る。

 ウィルが本当なのかという表情で私を見てくるが、私はうなずくしかできなかった。


 この男は事実しか言っていない。

 都合の悪い部分を隠したんだ。


 きっと私があれこれ説明すれば、ウィルだけは分かってくれるだろう。

 でも国家の仕事は男性の領分、女性の仕事は給仕や男性の身の回りの世話、掃除や洗濯というのが、誰もが抱くこの国の共通認識だ。

 本来男性がすべき仕事に取り組んだあげく、上司の評価が間違いだとあれこれ言っても、この場の誰もが違和感を覚えるだけ。

 それでは周りを納得させられず、ただウィルを困らせてしまう。


「王子殿下! 違います! 誤解があります!」


 口をつぐんだ私の横で、眼鏡の彼が立ち上がった。


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