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その二十五 意味のない仕事

 ついに最終日。

 今日もジルベール様と人事部署を訪れる。


「マリーちゃん! 今日も応援してるよ!」

「時間が厳しいなら、我々のお茶はいいからね」


 官僚たちから声をかけられる。

 ここを訪問するたびに好意的な官僚が増えた。

 それは、みんなにお茶を淹れてあげたからかもしれないし、魔法で緋色に輝きながら机に向かって一心不乱に作業する姿が、関心を引いたのかもしれない。


「これで終わりです、マリー様」

「はい、ジルベール様! ん~、終わったあ!」


 机から顔をあげて両手を上へ伸ばし反り返る。

 ようやく、ここの本すべてに要約をつけ終わり、本の目録もでき上がった。

 不可能と思われた二百冊の要約作成を、午前中だけの五日間でみごと成し遂げたのだ。


「まさに、女神トラヴァイエ様が降臨されたと思うほどの仕事ぶりでした」

「ジルベール様が要約を書いてくださったからです」


 すると官僚たちも私たちの席の周りに寄ってきた。


「君たち凄いな!」

「マリーちゃんの読書は神速だよ!」


「緋色に輝いてまるで仕事の女神様のようでした!」

「バロー、お前もよくがんばったな!」


 正直、もう無理かと思った。

 でも私の場合、目次作成に注力できたのは大きい。

 ただ読んで見出しをメモするだけだったから。

 結末だって、最後を読んでそれを一行書いただけ。

 役割が単純だから、時空魔法の加速が存分に効果を発揮できた。


 でも、本当に凄いのはジルベール様。

 彼は魔法効果もないなか、ご自分担当の本百冊と、私の作った汚いメモ百枚の両方の要約を書き続けた。


 当然、内容をまとめて綺麗な文字を書くのは時間がかかる。

 だから、ジルベール様は私が作ったメモを後回しにして持ち帰り、午後に書庫でずっと作業されたらしい。


「待て待てお前ら。何か頑張っていたみたいだが、それで本当に利用しやすくなったのか?」


 腹の出た中年事務官が、偉そうに上から目線で聞いてきた。

 私とジルベール様は急いで立ち上がると、本を手に取って報告する。


「はい。ジルベール様と本の要約を作りました。これなら数秒で本の中身が分かります。目録にも要約がありますので、目録から本棚の本を探すこともできますよ」

「部署長、それでは本を返却していただきますので」


 私たちの説明を聞いた中年事務官は、興味がなさそうに本をパラパラめくって要約を見ると無造作に机へ置いた。


「うーん。不合格だな。これでは利用しやすくなったとは言えない」

「部署長、なぜです⁉ これなら目録で本棚のどこにあるかが調べられ、本の内容もすぐ分かります」

「俺が気に食わないからダメなものはダメだな」


 中年事務官の不誠実な態度に、私も黙っていられず前へ出る。


「それじゃ私たち、何のために頑張ったんですか! ちゃんと理由を言ってください!」

「理由? そりゃ気に食わないからだ。上司の俺が気に食わない、理由はただそれだけだ。ま、もっとじっくり尻を触らせるなら、少しは考えてやってもいいがな」


 奴はこちらを見ると、私たちをあからさまにバカにして、へらへらと笑った。


 ……やられた。

 こいつは最初から、仕事の成果を認める気なんてさらさらなかったんだ。

 こんなに頑張ったのに……。

 意味なんてなかったんだ。

 ううぅ、悔しい。

 悔しい。

 私たちは……ちゃんと仕事をしたのに。


 なんとか完成させるため、ふたりして休憩もなしで挑んだ五日間の必死の頑張りは、ただの無駄だった。


 ジルベール様は肩を落として下を向いている。

 その横顔からは、すべてを諦めて悲観にくれているのが感じ取れた。


 もしかしたら彼は、こうなることが分かっていたのかもしれない。

 結果が予想できていたのに、私が焚きつけたんだ。

 そしてジルベール様をがっかりさせてしまった。


(ごめんなさい、ジルベール様)


 自信を取り戻してもらおうと、私がおこがましいことを考えたばかりに、あなたを余計に傷つけてしまった……。


(……ジルベール様、本当にごめんなさい)


 悔しくて悲しくて、知らず知らずに涙があふれた。

 情けなくて申し訳なくて。

 ちょっとは仕事ができるとうぬぼれていた。

 魔法があるから無理難題もなんとかできると思い違いをしていた。

 悔しくて、せめて声が出ないように歯を食いしばる。

 座ったまま静かに涙を流した。


――コンコン。


 私のすすり泣きだけが聞こえるこの部屋に、急なノックの音が響きわたった。

 誰かが訪問してきたのだ。


「第一王子様の執事、ロラン・ギャフシャです。第一王子様がいらしております。入ってもよろしいか?」


 扉の向こうからは、まったく予期しない人物の来訪を告げる声が聞こえた


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