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しおりちゃんの家

作者: 柴田彼女

 しおりちゃんの家はなんだか少しおかしい気がする。お母さんがいつも笑っている。突然遊びに行っても、

「いらっしゃい、寒かったでしょう? ココアでも飲む?」

 なんて言って、チョコレート菓子と一緒に小さなおやつをくれる。

 部屋の中はテレビドラマみたいにぴかぴかに片づいていて、埃一つ落ちていない。テレビゲームはなくて、よくわからない何かの国の言葉で書かれた書籍やカードがたくさん本棚に詰まっている。

「ウィンリッシャル生命法っていうの。和枝ちゃんはこういうの、興味ある?」

 しおりちゃんのお母さんは、タロットカードみたいな雰囲気の、でもちょっとだけ少し嫌な感じのするカードを百枚以上も床に並べて、

「ウィンリッシャル様っていうのはね、清く正しく生きるための道しるべを教えてくださる女神様のお名前なの。ウィン様は私達誰もが生まれもってしまった穢れを極力浄化して、等しく与えられた生命を正しく使い果たし、絶望の存在しない世界へ死んでゆけるようにこのフィンサという名前のカードで導いてくださるのよ。そうね、少し視てあげましょうか。和枝ちゃんは最近悩みなんかある? 困ったこととか、悲しかったこととか」

 私はしおりちゃんを見る。しおりちゃんは貼り付けた笑顔で、

「どんな小さなことでもいいんだよ。ウィン様は必ず正しいところに導いてくださるの」

 と言った。


 私は考える。しおりちゃんの家はなんだかおかしいと思うけれど、私は私の家も私はおかしいと思う。物心ついたころにはお父さんはいなくて、お母さんは真夜中にひらひらのドレスを着てお仕事をしている。男の人を満足させるお仕事、と教えてくれたけれど、そのことを周りに言いふらしたらあんたなんかブッ殺してやる、とも言われた。朝ごはんというものは食べたことがなくて、お昼は給食、夜ごはんはテーブルの五百円玉で何かしら買って食べる。夏休みは千円置いていってくれる。お昼の間、お母さんはずっと眠っているか、スマートフォンをいじっている。

 ウィンリッシャル様に訊きたいことはいっぱいあったけれど、全てを聞いていたらきっとウィンリッシャル様もお母さんみたいに、

「あんたの話なんか聞いてる暇ないんだよ、鬱陶しい」

 と怒鳴ってしまうかもしれない。私は考える。

 ココアを一口飲んで、それから一つだけ、

「どうして“お母さん”は“皆”変なんですか?」

 と、訊ねた。


 しおりちゃんのお母さんは、和枝ちゃんのお母さんがどうして変なのか、か……そうね、ウィン様にお訊ねしてみましょう。そう言ってフィンサという名前のカードをぐるぐると床の上でシャッフルしたり、決められてあるだろう区分に配置したり、それからもう一度カードを手の上でシャッフルして、一番上のカードをめくってみせた。

「ああ……これは“偽愛”、裏翡翠のカードね。和枝ちゃんから見て、お母さんはおかしいと思うかもしれないけれど、それは和枝ちゃんの物事の見方が未熟であるからなの。私は和枝ちゃんを否定したいわけではないのよ。だって、和枝ちゃんからは本当におかしなお母さんに見えるのよね。うん、私にも、勿論ウィン様にもわかっているわ。でも、和枝ちゃんのお母さんの本意はそうではないの。和枝ちゃんのお母さんは、和枝ちゃんのことを心から愛しているのよ。何よりも大切に思って、いつも温かく見守っているわ。大丈夫、何も心配はいらない。時間はそうかからない、近い将来あなたたち二人は分かち合えるわ。フィンサがそう言うのだもの、もうすでにこの世界でそれは決まっていることなのよ。ウィンリッシャル様も、私も、勿論しおりだって、いつだって和枝ちゃんの味方だからね。安心していいのよ」

 ココアを飲み干す。沈殿した粉がドロリと揺れて、汚泥のようだった。


 しおりちゃんの家を出る。

 しおりちゃんは玄関先で、

「またウィンリッシャル様と一緒に遊ぼうね」

 と言い、顔の横で小さく手を振った。その横には彼女の母親が立っていて、しおりちゃんと同じような顔で笑っている。


 午後十七時三十分。

 家に着いたらお母さんが起きてくるかどうかの頃で、きっとまたお母さんは五百円をテーブルに置きながら、

「こまめに店は変えなさいよ。ああいうのは目をつけられるんだから」

 なんてことを言うのだろう。

 私は普通を知らない。

 私は普通のお母さんを知らない。

 テレビアニメに出てくるような、普通のお母さんを、私は知らない。

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