鬱陶しくていい朝だ
「…ん……んん」
霧がかかった意識がぼんやりと…。どうも長いこと寝ていたようだとすぐにわかった。体の反応が鈍く、意識は鉛のように重く澱んでいてた。いつものように起き上がる力などさらさら出ないでいながら過剰に寝返りを打ち続けた。そしてそのまま昨日の夕べのことを思い出した。
(やっぱり夢じゃなかったか………)
寝転んだままベッドのシミを見つめ、ため息をこぼし、昨日の衝撃をうけた感触を思い出していた。
ベッドは心地よかった。ただアイツはどこにいったんだろうかと言う当然の疑問が浮かび、ふと部屋の方を見やるがあいもかわらずガランとしている。。乾燥した肌が朝冷えを感じとり、布団を深くかぶろうとしたその時だった。
「「「ダンッッッ____メキキィ___」」」
鼓膜を突き破るような破裂音とともに木製の悲鳴が響いた。
俺はすっかり呆気にとられながら音のする洗面台の方へ視線をおとすと、下半身を失ったドアの開いた先、黒くてまんまるの目と目が合った。
そこで俺の大きな勘違いに気づいた。
シャコだったのだ。
モンハナシャコという生き物を知っているだろうか。日本の近海にも生息する甲殻類でエビの仲間なのだが、その最大の特徴は捕脚と呼ばれる前についた脚から時速80キロでパンチをくりだすことだ。その打撃が生み出す衝撃波は二十二口径の拳銃に匹敵する威力を持つとかなんとか。実際にモンハナシャコに近づき大怪我するダイバーが後をたたないのだ。
俺は急に怖くなってきたのでしばらく考えてから、玄関ドアを開けっぱなしにしてから殺虫剤で抗戦を試みることにした。シャコを前にしばらく警戒しながら様子を見ていると何かに気づいたかのようにのそのそ動きだし、そのまま玄関から出ていった。
俺はベッドに向かいシーツを剥がしていった。
(うわ、かなりガッツリ…。まあそりゃそうか。最悪だなこれ。マジで最悪だ。)
シーツを丸めて洗濯機へ放って消臭スプレーをマットに吹きかけると、マットの染みてない方に深く腰掛け、今日一日の予定を振り返る。今日は買い物と夕方からバイトがあった。さっきのシャコの件でいまだ動悸がやまないが足早に外に出ていった。
「もやし、鶏肉、白菜、卵、たしか冷凍うどんもきれてたな。」
フリーターである俺は食にそこまでこだわりがなく、お金が節約でき、栄養が取れるという理由で鍋ばっかり作っている。
「ああ、また忘れそうになった。」
スーパーを出てすぐ自分の愚かさが身にしみたのだった。慌てて買いに戻った。慌てる必要などないのに。俺には一つ大好物がある。
(チョコレートさえありゃ何も要らない。)
カカオの濃いチョコレート、それが俺の好物。正直チョコの家に住みたいぐらい、チョコの海に溺れてみたいぐらいチョコを愛している。そんなことを考えながらただ軽快に帰ったのだ。
部屋にもどると、高校時代の授業で描いた絵が落ち伏せてあった。きっとさっきの衝撃でセロハンが剥がれたのだろう。冷蔵庫の光に炙られ、光熱費に駆り立てられ、食品を詰めていく。
そして頭には当時のことが浮かんできた。