ある男の躊躇い
とある玩具に目が止まった。
それはある昼下がり、都会の隙間を感じさせない主張と音、そのがなりを抜けた、つぎはぎのアスファルトの上にその玩具屋があった。屋根はかつての赤を残しつつセピアの色に染まっていて、外からでも優しいプラの匂いがした。
目線にはかつて脚光を浴びた大怪獣の玩具があった。それはある特撮シリーズ作品のキャラクター。登場時から多くの人の心をひきつけてきた怪獣で、そのインパクトのある存在感はいまだかつての子供たちに焼き付いて離れない、何を隠そう俺は怪獣が好きでその生き様の虜だった。
ある日うんざりして思ったことがある。けたたましい音のする都会、その街並みはなんらかの定義の様に確固とし、人波は都合と都合が吹き溜まり、その複雑さは遮断に飢えさせるとともに社会に服従させるのに十分だった。
怪獣が建物を壊すただそれだけだった。不快な音は呆然とさせる心地のよい重低音で掻き消え、人間が決めた『確か』を上回り、疾走感のある自由を俺に与えてくれた。どよめく群衆は蜘蛛の子を散らすよう逃げまどい、その空白を塗りつぶすよう巨大な影が降りてゆく。
(そういえばあの怪獣最後どうなったっけ…)
俺はたくさんの怪獣達を尻目にその場を後にした。
だんだん日が焼けてきた、アパートまでの帰路は最寄り駅からも一苦労であとどれぐらいで着くかなどは考えないようにふらふら漂うように歩いていった。アパートが見えてくるとこんな家に住む為に金を払っているのかと嫌気がさした。流れるようドアの中に入るが電気のスイッチが見当たらず間抜けな挙動をみせていく。
スイッチが沈黙と暗闇を破った瞬間、ある巨大なひずみが起こったような気がした。世界が今までを大きく突き放した衝撃をこの目は体験したのだ。
床に這っていたモノは大型のエビのような見た目で体色は象牙色で突起にかけてオレンジ色をしていた。そして炭酸水のような音を体から発していた。
「は……は?」
(なにこれ)
少しの間観察してみることにした。するとだいたい高さサイズが30〜40cmあたりとだけわかった。そしてあたりを見回すと綺麗に気遣っていた洗濯したばかりのベッドシーツに薄茶色のシミがついていた。
「てめぇ…どうしてくれんだよ…」
(これお気に入りの高いやつだぞ…一万円以上したんだぞ…
これ多分マットレスにもいってやがるな、ゆるせねぇ…)
一瞬怒りのあまりここの2階の窓から投げ捨ててやろうとしたのだった。
触って大丈夫そうだったのでそのエビを恐る恐る持ち上げようとした時、体が軋む音とともにバランスを崩し後方でしりもちをついた。あきらかに重かったのだ。たしかにこのエビはまるまる肥えて大きいがそれでも明らかに重すぎる。もう今日は疲れ切っていた。さらにどっと疲れた。もう眠ることにした。今はシミが乾いていたことすら嬉しく思えた。