第7話:鍛冶勝負
「はぁ? なんだよオッサン! 手ぇ離せ!」
「いや、離したらお前この人を殴るだろ」
ナナヒカリの腕は俺の手にすっぽり収まるほどの太さだ。
鍛冶師なのにずいぶんと細いな、力も弱いし。
彼の手にはタコなども全然ないようだ。
キレイで羨ましい反面、本当に鍛冶師なのか疑問が生まれる。
「クソッ、なんだこのオッサン……! ビクともしねぇ……!」
「殴ったりしないんなら離すよ」
「わかった! わかったから離せ!」
力を緩めると、ナナヒカリはバッ! と腕を振り払った。
俺の握っていたところがちょっと赤くなっている。
それを見つけると、ナナヒカリは恐ろしい物でも見たかのような顔になった。
「おぉい! 俺の麗しい腕が赤くなってるだろうが! 一生消えなかったらどうするんだ! 責任とれぇ!」
「あのねぇ……」
腕を強く握ったら赤くなるのは普通だよな?
ましてや、そのうち消えるだろうし。
最近の……というか、王都の若者ってこんな感じなのか?
そう思った瞬間、慌てて首を振り追い払う。
いかんいかん、それは老人のセリフだ。
俺はもう40だが、まだそこまで年寄りじゃないはずだ。
心の中で必死に「俺はまだ若い」と念じている間も、ナナヒカリはずっと何かを叫んでいた。
「……この赤い跡が残ったらお前を訴えてやるからな! おい、このオッサンを追い出せ!」
「ナナヒカリ殿。まずは落ち着いてください。こちらのお方はデレ―ト殿で、リーテンから来られた鍛冶師です」
「ぁあ? だからなんだよ。リーテンなんてド田舎から来たオッサンに興味なんかねえな」
ナナヒカリはキレたかと思ったら、次の瞬間には相変わらずヘラヘラと締まりのない笑みを浮かべている。
なんか忙しいヤツだな。
「このシンマを製作された鍛冶師でいらっしゃいます」
「な……に?」
ミリタルの言葉を聞いた瞬間、ナナヒカリは真顔になった。
やはり、彼女が持っている剣は有名なようだ。
「一流の鍛冶師であらせられるナナヒカリ殿なら、デレ―ト殿との話も弾むかと思いまして」
「チッ……」
「場合によっては、専属鍛冶師を二人体制とするのもよろしいかと存じますが」
一瞬、ナナヒカリの凶暴性は鳴りを潜めたかと思ったが、すぐにまた凶悪な笑みが現れた。
「それなら、まずはオッサンの腕前ってヤツを見せてもらおうか。俺と鍛冶で勝負するんだ。負けたら田舎に帰れ、ゴミ」
「わかった。その代わり、俺が勝ったらもっと真剣に仕事へ向き合ってくれ」
「ああ、いいぜ。ただし、条件がある!」
と、ナナヒカリは人差し指を挙げた。
なんだ? 何やら得意気な顔をしてやがるぞ。
「お前が使っていいのはDランク以下の素材だけだ。まぁ、俺はSランクの素材を存分に使わせてもらうけどなぁ」
「「なっ……!?」」
兵舎の中にザワッとした動揺が広がる。
周りの兵士たちは顔を見合わせていた。
その反面、ナナヒカリは眉間に皺を寄せ、まぶたがひん曲がるほどの邪悪な笑みを浮かべている。
「おいおい、どうしたぁ? シンマの製作者様ならDランクの素材でもすんげえ剣が造れるよなぁ?」
「ふむ……」
なるほど、そういうことね。
大きなハンデをつけてやろうってことか。
ナナヒカリは公爵家の跡取り息子と聞いている。
Sランクの素材なんていくらでも手に入るのだろう。
「というより、オッサンなんだから俺よりケーケン豊富ですよねぇ? 勉強させてくださいよぉ、先ぱぁい」
ナナヒカリはチッチッと舌打ちしながら俺を見上げる。
元々俺の方が背は高いのに、なぜかさらに姿勢を落として見てくるのだ。
彼はいったい何をやっているのだろうか。
疑問に感じたところで、ミリタルが俺の腕を引っ張った。
そのまま、ナナヒカリから少し離れる。
「先生、すみません……。私のミスです。思ったより面倒なことになってしまいました。ここは一旦お帰りになって……」
「いや、何も問題はないよ」
「あっ! お待ちくださいっ」
ミリタルをそっと押しのけ、ナナヒカリの元へ戻る。
「相談は終わったかぁ? 答えを聞かせろや」
「勝敗はどうやってつけるんだ?」
「おっ! ノリいいねぇ、オッサン!」
パチパチと大げさに拍手するナナヒカリ。
周りからは兵士たちのどよめきが聞こえてきた。
「本当にこのハンデで勝負するのか?」
「Dランク以下の素材じゃ、ろくな剣も造れないだろうに」
「俺だったら遠慮しちゃうな」
みんな、俺に勝ち目などないという認識のようだ。
「ここには兵士どもの相手をする訓練人形がいくつもある。あいつらだ。デザインは死ぬほどダサいが、頑丈さだけは一級品だ。今まで一度も壊れてないときた」
ナナヒカリは壁に立てかけてある鎧人間みたいな人形を指す。
訓練用の設備だから、特に頑強に造られているのだろう。
「性能はどれも同じ。こいつに剣を持たせて戦わせる。先に折れた方が負けだ。わかりやすいだろ?」
「ああ、それでいい」
「せ、先生っ」
ミリタルに小声で諭されるように心配されたが、撤回するつもりはない。
「勝負は十日後だ。無理そうだったら逃げてもいいぜ、オッサン」
「はは、馬鹿言うな」
「特別にこの鍛冶場は貸してやるよ。俺は屋敷の方で作業する。じゃあな」
そう言うと、ナナヒカリはさっさと出て行った。
すぐに兵舎は、兵士たちの相談の声で包まれる。
慌てた様子のミリタルが小声で話しかけてきた。
とても心配そうな顔をしている。
彼女は本当に優しいのだ。
「ほ、本当によろしいのですか、先生。いくらなんでもDランク以下の素材しか使えないなんて……」
「さっきも言ったが、何も問題はないさ。というより……」
「というより……?」
たった数週間槌を持っていなかっただけなのに、鍛冶師の血がもう疼いてやがる。
俺はやっぱり鍛冶が好きなんだろうな。
ポカンとしているミリタルへ端的に告げた。
「粗悪な素材の剣が高級素材の剣に勝つなんて…………面白いだろ?」
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