第6話:国軍の本拠地
「さあ、先生。グロッサ軍の本拠地はもうじきですよ」
「そうか。忙しいだろうに道案内すまんな」
「いえいえ」
その後、俺はミリタルに連れられ細い裏路地を歩いていた。
なんでも近道のようだ。
俺の前を歩くミリタルは歴戦の勇者の如きオーラを放っている。
いつの間にか、こんなに立派になってしまって……。
親でも何でもないのにうるっときていたら、あっ! とミリタルが叫んだ。
「先生、連れ回してしまっていますが、ご予定は大丈夫ですか? すみません、勝手に話を進めてしまいました」
なんだ、そんなことを心配してくれていたのか。
そういう気遣いが行き届いているところは昔から変わらないな。
「ああ、別に気にしなくていいよ。予定なんかないさ。むしろ、何しようか困っていたところだよ」
「そうでしたか。それなら良かったです。王都には観光でいらしたんですか?」
「うん、ギルドを追放されてね」
「え! 追放されたのですか!?」
ミリタルは聞いたことがないくらいの大声を出した。
そ、そんなに驚くことかな。
事の経緯を簡単に説明する。
「……まさか、先生のような有能な鍛冶師を追放するなんて……。そのギルドマスターはまさしく無能の極みですね」
しばらく、ミリタルはぷんぷんっと怒っていた。
無職という言葉は出さずに、どうにか誤魔化せたと思う。
歩きながら、以前より疑問に感じていたことを聞く。
「そういえば、ミリタルはなんで俺のことを先生って呼んでくれるの?」
「もしかして……ご迷惑でしたでしょうか?」
振り向いたミリタルは逆光に照らされ、女神のように凛とした佇まいだった。
「い、いや、迷惑って話じゃなくて。俺みたいなしがないオッサンを、どうして先生って呼んでくれるのかなぁ……と」
「それはもちろん、先生が私に色々教えてくれたからですよ」
「色々……」
なんかその言い方だと誤解が生まれそうなのだが。
「両親が仕事でいつもいない私に、先生は勉強を教えてくれたり、簡単な料理を教えてくれたり……生きていく上で大切なことをいくつも教えてくださいました」
「そうだったっけ? ただ遊んでただけなような気がするけど」
「昔から先生は謙虚過ぎます」
たしかに、勉強やら料理やらを一緒にやっていたような。
俺も独り身だったからな。
仕事が終わると暇だったのだ。
15年前の記憶を思い出す。
近所の子どもたちはミリタル以外に何人くらいいたっけな。
……3人……いや、5人……?
40歳という錆びついた頭では、ぼやぼやの光景しか思い出せない。
「他の子たちは今頃どうしているだろうな」
「私以外の話はしなくていいのです……あっ、先生。本拠地が見えてきましたよ。さっそく中に入りましょう」
「へぇ~、ここがグロッサ軍の本拠地か。すげぇ、めっちゃ広い」
彼女が何やら小声で呟くと、いくつも並んだ兵舎が現れた。
濃いグレーの三角屋根に茶色いレンガの壁。
ミリタルに連れられ歩を進める。
そこかしこを武装した兵士たちが行きかい、ミリタルを見ると立ち止まって敬礼していた。
ミリタルは立ち止まることもなく、さらっと手を挙げて応えている。
「やっぱり軍団長って偉いんだな」
「もっと楽に接していい、とは言っているんですが……。兵士たちはやや礼儀正し過ぎるところがあります」
「お、俺も敬礼した方がいいのかな。普通に素通りしちゃったよ」
「先生はそんなことしなくていいですよ」
敷地の奥には大きな広場が見える。
数十人の兵士のグループが、木刀で互いに戦っていた。
訓練場かな、稽古でもしているんだろう。
俺があの中にいたら一瞬で怪我しそうだ。
心の中で、ああだこうだ感想を言っていると、一つの兵舎の前に着いていた。
周りの建物より一回り大きく、ここだけドアの上に槌のプレートが掲げてあるぞ。
ミリタルがガチャリとドアを開ける。
「ここはグロッサ軍の鍛冶施設です。新しい武装を造ったり、修理する場となっています」
「おお……さすがは国軍直属の鍛冶場だな。武器がたくさんある」
リーテンのギルドもそこそこ大きかったが、その2倍はありそうな空間だ。
壁には剣や斧、槍などの武器が下げられ、隅には鎧なども置かれていた。
奥には火床があるので、鍛冶場と武器置き場の兼用っぽいな。
「失礼するぞ」
「「……軍団長閣下! 礼っ!」」
中には兵士たちが十数人いたが、ミリタルを見るや否やいっせいに整列した。
一分の隙もなく美しい敬礼をする。
俺も敬礼を返そうとしたが恥ずかしくて、中途半端に手を挙げただけになってしまった。
兵士の一人がミリタルに尋ねる。
「軍団長閣下、そちらの男性は……?」
「ああ、紹介が遅れてしまったな。こちらはデレ―ト殿。我が魔導剣、シンマを製作された稀代の鍛冶師だ。さぁ先生、前に」
「は、初めまして。デレ―トです」
ミリタルがシンマを製作……と言った瞬間、兵舎はざわめきで包まれた。
兵士たちは顔を見合わせて話し合っている。
「おい、聞いたか? シンマの製作者みたいだぞ。まさか生きているうちに出会えるとは思わなかった」
「へぇ~、あんなオジサンがね~。とてもそんなすごい鍛冶師には見えないが」
「もしかして軍団長殿を騙しているんじゃないだろうか。シンマに製作者の名は刻まれてないと聞く」
称賛の声と疑問の声が入り混じっている感じだ。
まぁ、無理もない。
こんなオッサンが軍団長の剣を造ったなど、にわかには信じられないだろう。
俺だってまだ半信半疑なんだから。
「それでナナヒカリ殿はどちらにいる? デレ―ト殿を紹介したい」
「はい、今ちょうど我々の剣を修理されているところなのですが……少し作業したらいなくなってしまいました」
兵士がおずおずと奥の鍛冶場を見る。
槌や鞴がぞんざいに散らばり、火床にも明かりはなく静まり返っている。
主であろう鍛冶師の姿もない。
彼らの怪訝な表情からも、その男があまり歓迎されていないことがわかった。
ミリタルがため息交じりに話す。
「またか……せめて仕事をきちんと終えてから外出していただきたいものだ」
「申し訳ございません、軍団長閣下。私どももそれとなくお伝えはしているのですが、聞く耳を持たれず……」
やはり立場の都合上、なかなか強くは出れないのだろう。
俺も鍛冶場の近くで道具をさりげなく見たが、全然手入れされていないようだ。
兵舎がやるせない空気に包まれていると、扉がバン! と勢いよく開かれた。
「チッ、相変わらずここはむさ苦しいな」
「「ナ、ナナヒカリ殿!」」
入って来たのは一人の男。
年は20歳前後かな?
金髪碧眼の王子っぽい風体で、身につけている衣服も一目見て高価なものだとわかる。
細かな刺繍が入ったシャツに折り目のしっかりついたズボン、磨き上げられた革靴。
……作業着じゃないの?
シーニョンと同じ香りがする……いや。
心の中で頭を振って考えを改める。
人を見かけで判断しちゃいかん。
もしかしたら、偉い人と会っていたのかもしれないぞ。
ミリタルが険しい顔のまま話しかける。
「ナナヒカリ殿、今までどちらへ? 勝手に姿を消されると困ります」
「そんなカッカすんなよ。ちょっとしたデートさ。俺はモブ兵士と違ってモテるからな、ひゃはは」
たぶんそうだとは思っていたが、俺の思い違いだったようだ。
ナナヒカリはだるそうに鍛冶場へ行くと、ドカッと座った。
兵士の一人がおずおずと近寄る。
「お忙しいところすみません……修理を依頼していたロングソードの件ですが……」
「はいはい、そんなに心配しなくてもやってるから。ほらよっ」
「うぁっ!」
ナナヒカリは落ちていた剣を拾い上げ、ポイッとぞんざいに投げつける。
抜き身のまま。
えええ、マジか。
なんつー危ねー野郎だ。
しかも、修理した剣を床に置くか?
いや、置かないだろ。
たったそれだけの挙動でこいつがいかにヤバイ男かわかる。
「完璧に直してやったぞ。ありがたく受け取れ」
「あ、ありがとうございます」
兵士は沈んだ顔で剣を眺めている。
ちらりとその状態が見えたがひどいもんだ。
刀身は刃こぼれしまくっているし傷だらけ。
柄には煤汚れが詰まっていて、柄の端っこは欠けている。
修理どころか掃除もしていないことが丸わかりだった。
「どうしたぁ? せっかく直してやったんだからもっと喜べよ」
「あ、いや、しかし……」
兵士の右肩にドカッと手を回し、ニタニタと笑みを浮かべるナナヒカリ。
だが、恐縮した兵士を見ているうちに、少しずつ凶暴な表情になった。
「おい! この俺が直してやったのに、なにしけた面してんだ!」
ナナヒカリは左手で兵士の顔面を殴ろうとする。
ダメだ、同じ鍛冶師としてもう見てられん。
「なぁ、鍛冶師ならちゃんと修理しようぜ」
気が付いたとき、俺はナナヒカリの左腕を掴んでいた。
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