第5話:専属鍛冶師の打診
「お、俺が専属鍛冶師!? グロッサ軍の!?」
「先生、お静かにっ……! まだ内密の話ですから」
「ご、ごめん」
ミリタルに言われ、慌てて声のトーンを落とす。
これじゃあ、どっちが大人かわかったもんじゃない。
ちょうど店員が俺たちのお茶を持ってきた。
コトリと置いて去っていく。
「急な話で申し訳ありませんが、先生以上の適任はいないと思っています」
「しかし、なんでまた俺なんかにそんな大役を」
「それは……私が軍団長になった経緯からお伝えするのがよろしいかと思います。先生、まずはこれを見てください」
「え……なにこれ」
ミリタルは腰に下げていた剣を、そっと机の上に乗せた。
漆黒の鞘は太陽の光すら吸収するほどに黒いが、不思議と恐怖や嫌悪感は感じない。
むしろ高貴な精霊にでもあったかのような高揚感を覚えた。
「どうぞ剣を抜いてください」
「あ、ああ……」
その存在感に圧倒されながら、ゆっくりと刀身を引き抜く。
刀身も鞘と同じ深い漆黒だ……。
中央にかけてやや凹むように描いているカーブが美しいな。
そして、表面には魔法の呪文らしき不可解な誌が刻まれていた。
一目見て国宝級の一品だとわかる。
【神憑りの魔導剣:シンマ】
ランク:S
属性:聖属性
能力:魔力を聖属性に変換し、神速の如き一撃で敵を駆逐する。剣の心得がない者でも、剣聖レベルの剣技となる。
「ラ、ランクS(小声)!? ほんとに国宝級じゃん。……どうしよう、手垢がついちゃった」
「これは先生が昔、私に造ってくれた剣です」
「ええ!?」
先ほど大声を出すなと言われたばかりなのに、思わず大きな声で驚いてしまった。
でもそれくらいマジで驚いたんだ。
冷や汗をかきながら慌てて否定する。
「お、俺はこんな剣造った覚えはないぞ」
「いえ、先生が造ったんです。……いや、そういうと語弊があるかもしれません。先生が造ってくれたおもちゃの剣が、進化したんです」
「け、剣が進化?」
いったい彼女は何を言っているのだ。
モンスターが進化することはあっても、剣が進化することなんて聞いたことがないぞ。
「きっと、先生が造る武器には進化する力があるのです」
「な、なにぃ?」
「最初はただのおもちゃだったのですが、ともに過ごしているうちに形を変えてこのような姿になりました」
ミリタルはそう言っているが、このとんでもない剣があのおもちゃとは……。
ぼんやりと15年前を思い出す。
たしか、ミリタルには短剣のおもちゃを造ってあげた気がする。
まぁ剣といっても、全然斬れないし刀身も分厚いしで、ほんとに子どものおもちゃだった。
うん……やはり信じられん。
今となっては証拠もないのだ。
わざわざ自分の名前を刻んだりとかしないからな。
「ミ、ミリタルの思い違いじゃないの?」
「いいえ、ありえません!」
やんわりと伝えたが、ピシャリと押さえつけられてしまった。
そのまま、ミリタルは興奮した様子で話を続ける。
「私はこの剣のおかげで魔族四天王の一人を倒し、その功績によって軍団長に任命されました。今では英雄と呼んでくれる国民たちもいるほどです」
「す、すごいじゃないか。俺も感慨深いよ」
「しかし!」
「うおっ!」
いきなり、ミリタルは俺のゴツゴツした手を掴んだ。
彼女の肌はなんてスベスベしていて張りがあるのだ……じゃなくて!
しょぼいオッサンが美女の手を握りしめている。
これはれっきとした通報案件だ。
「は、離しなさい。絵面が良くないから」
「私の功績は全て、先生が造ってくれた武器のおかげだと思っています」
「いやいや、ミリタルの腕が良いからでしょうよ」
剣を振るう人の成果は、完全に使い手によるものだ。
道具のおかげで活躍したなんて、おこがましいにも程がある。
「いいえ、それは違います」
「違くないって」
「いくら優れた剣士でも、錆が浮き刃こぼれした剣では、枯れ枝すら斬れません」
「う……それはまぁ、そうかもだけど……」
ミリタルはどうしても、俺のおかげで活躍したと言いたいらしい。
反論しようとしたが、良い例えが少しも浮かばず簡単に論破されてしまった。
「私が思うに、先生は鍛冶に対し特別なお力を持っているのでしょう。それこそ、武器が一人でに進化するほどの」
「そうなのかなぁ……」
まぁ、おもちゃと言っても怪我するとまずいから、それなりに真剣に造ってはいたが。
自分に特別な力など感じたこともない。
「そして、専属鍛冶師の話ですが、どうしても先生に頼らざるを得ない事情があるのです。グロッサ軍には優秀な鍛冶師がいたのですが、つい先日高齢と持病のため引退しました」
「ああ、それで後釜を俺にってこと? 無理無理! そんな重職に見合う力量はないよ」
「いえ、後任の鍛冶師はすでに就任しているのです」
「あっ、そうなんだ」
また先走ってしまった。
彼女はこんなにも落ち着いているというのに。
冷静な一面も見せなければ……と小さな決心を固めていたら、ミリタルが呟くように言った。
「この後任の鍛冶師というのが……少々厄介な人物でして。横暴な上に腕が悪く、国軍の武器管理に支障をきたしています。前任の部下だった鍛冶師も、みな追い出してしまいました」
「そんなヤツが就任しちゃったの? だったら辞めさせれば……」
「それが……国軍に多額の寄付をしてくれている公爵家、フェルグラウンド家の一人息子なのです。鍛冶師になったのも楽そうだから、とかいうふざけた理由でした。我々の立場もあり、兵士たちは不満を押し殺すことしかできず」
「あぁー……」
それだけで面倒な事情だとわかる。
どこの世界でもこういうことがあるんだろうなぁ。
「そこで、先生。後任の鍛冶師に格の違いを見せつけて、ぜひとも追い払ってください」
「いや、しかしなぁ……」
重ねて言うが、力量不足だ。
リーテンでは冒険者が少ないこともあり、日用品の製作がほとんどだった。
武器を造ったのはもう5、6年ほど前だ。
しかも、戦闘用の剣じゃなかった気がする……。
どうやって断ろうか迷っていると、かぐわしい花の香りが鼻をくすぐった。
「お願いします、先生。こんなこと先生以外には頼めないのです」
グイッと迫るミリタル。
後ろには壁。
いつの間にか、彼女は俺の真横に移動していた。
ギュッと手を握られ、真摯な瞳で見つめられる。
す、すごい熱意を感じるな……。
その蒼い目を見ていると、徐々に断るのは悪い気がしてきてしまった。
「じゃあ……話だけでも聞いてみるかな」
「ありがとうございます、先生! これで国軍も救われます! さっそく本拠地に向かいましょう!」
ミリタルは子どものようにはしゃぐ。
断じて彼女の押しに負けたわけではない。
話を聞くだけだ。
俺は意志の強い男だからな。
ミリタルには悪いが、話だけ聞いて静かに帰ろう。
こんなオッサンに国軍の専属鍛冶師など務まらない。
彼女に連れられ店を出る。
話を聞くだけと決めたから、それ以上のことはできないのが心苦しいぜ、まったく。
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