第35話:僕は選ばれし人間なんだ(Side:シーニョン⑧)
「ひぃぃぃ、来るな来るな来るな……」
僕は瓦礫の隙間で震えていた。
いくら落ち着こうとしても体が震えて仕方がない。
いつ襲われるのか……その恐怖に心が支配されている。
おまけに、悪霊から逃げているうちに、ここがどこかもわからなくなってしまった。
「こ、こいつらはいったい何なんだ! どこから出てきやがった!」
「今は目の前の敵に集中しろ! かなりの強さの敵だ!」
「しかもただのモンスターじゃない! 一体一体が恐ろしく強いぞ!」
【アアアアア! アアアアアアアア!】
周りからは兵士たちの戦う音や、悪霊が暴れ回る音、人々の悲鳴……平和な王都で聞くはずもない音が飛び交っている。
しかし恐怖とは別に、一向に解決しない状況にイライラしてきた。
ここは王宮で、国軍の本拠地だ。
兵士たちが大勢いるはずだろうが。
誰でもいいから早くなんとかしろ。
僕に迷惑をかけるな。
いつまでも僕を怖がらせるなんて大罪だ。
騒動が終わったら説教してやらんと。
「「ぐあああああああ!」」
「うわっ! な、なんだぁ!?」
叫び声とともに、隠れていた瓦礫が壊れた。
な、なんだ、何が起きた。
悪霊か?
悪霊の襲来か?
悪霊の襲来なのか?
冷や汗がどっと噴き出すとともに、心臓が激しく脈打つ。
いや、違う。
「「うっ……」」
目の前には数人の兵士が横たわっていた。
どうやら、悪霊に吹っ飛ばされ瓦礫に当たったらしい。
惨めに立ち上がろうとする様子を見ていると、さすがの僕でも腹が立った。
ふざけんな。
お前らのせいで僕の隠れ場所が台無しになったじゃないか。
「何やってる! ここは僕が隠れていた場所なんだぞ! 悪霊に見つかったらどうするんだ!」
「「ぐあっ!」」
兵士どもの顔を蹴り飛ばす。
悪霊のダメージが残っているのか、まったく抵抗してこない。
一方的な戦いだ。
少し蹴っただけで、役立たずどもは気を失った。
よわ。
やれやれ、みっともない。
殺されなかっただけでも感謝するんだな。
さて、すぐにでも新しい隠れ場所を探さなければ……。
【…………ア?】
顔を上げたら、数匹の悪霊が僕を見ていた。
「うわあああああ!」
全速力で反対方向に逃げ出す。
捕まったら終わりだ。
殺されてしまう。
僕はこんなところで死にたくない。
死ぬべき人間ではないんだ。
しかし、走っていたらまた別の悪霊に道を塞がれた。
「お、おい! 誰でもいいから僕を助けろ! 」
力の限り叫ぶが、周囲に兵士はいない。
いや、何人も地面に横たわっている。
この辺りの兵士は全員倒されてしまったようだ。
「何やってんだ、無能ども! 早く立ち上がれ! 僕を守らんか! リーテンの元ギルドマスターだぞ! お前らみたいな有象無象とは価値が違うんだ!」
兵士は国民を守って当たり前。
果たすべき役割が果たせない時点で、こいつらはゴミ同然だ。
こんなヤツらに今まで金を払っていたのか。
もったいなくてしょうがないな。
【アアアアア】
「ま、まずい!」
あまりの無能ぶりを憐れんでいたら、悪霊たちに囲まれてしまった。
兵士たちが役立たず過ぎて逃げ遅れた。
僕が死んだらこいつらのせいだ。
前も後ろも悪霊に囲まれてしまい、逃げ場はどこにもなかった。
悪霊たちは不気味なほどにじりじりと間合いを詰める。
すぐに攻撃してこないのが逆に恐ろしく、恐怖で呼吸が荒くなってきた。
「待て待て待て待て! まずはブレストしようじゃないか! その後にミーティングといこう! 互いにアジェンダを挙げて、この状況をソリューションするんだ!」
そうだ。
今こそ意識の高さを見せつけるときだ。
――僕の意識の高さなら悪霊さえ浄化できる!
今までの人生を思い出すと自信が溢れてきた。
身につける物は最高級のブランド品、週3でのトレーニング、女性受けを意識しての香水選び、鍛冶仕事は服と身体が汚れるからデレートにやらせる……。
――なんて素晴らしい意識の高さだろう……。
幼少期から意識が高い生活を送ってきた僕なら、悪霊の浄化なんて簡単にできるに違いない!
力の限り意識が高い言葉を叫ぶ。
「アジェンダ! リスケ! エビデンス! コミット! プライオリティ! スキーム! アライアンス!」
【アアアアアアアア!】
「がはっ!」
その直後、悪霊に殴り飛ばされ後ろの壁に激突した。
全身をものすごい衝撃が襲う。
――な、なんで……。
意識が高ければ、こんなヤツら浄化できるんじゃないのか?
瞼を必死に開けると、悪霊たちはもう僕の目の前に来ている。
ま、待て……。
声を上げる間もなく鋭く尖った手を上げ、勢い良く突き出してきた。
死を予感し骨の髄からすくみ上がる。
僕はここで死ぬんだ……。
「いやだあああ! やめろおおお! やめてええええ!」
【ア……!】
喉に突き刺さる寸前、その手が止まった。
悪霊はピタリと固まったまま動かない。
「な……なんだ?」
動かないだけじゃない。
その身体がどんどん透明になっていく。
いったい何が起きているんだ。
疑問に感じた瞬間、僕は気がついた。
――そうか! 僕の意識の高さで浄化されたのだ!
やはり、悪霊は意識が低い存在だったのだ。
僕の意識の高さに耐えきれず浄化された……。
それ以外に考えられない。
「勝った! 僕は勝ったんだあああ!」
両手を天に突き上げ咆哮する。
勝利を祝う鬨の声だ。
くぅぅ、気持ちいい。
周りに誰もいないことだけが残念だな。
自分の力で掴み取った勝利を実感していると、遠方に兵士たちがいた。
「おーい、お前たち! 僕の意識の高さで悪霊が浄化されたぞ!」
「「いたぞ! シーニョンだ!」」
僕を見つけると、何人もの兵士たちが駆け寄ってくる。
みな、我先にと猛ダッシュだ。
きっと、この僕に握手してほしいんだろう。
大丈夫だ、慌てることはない。
一人残らず握手してやるさ。
ただし…………順番だぞ。
「「このクソ野郎が! よくノコノコ出て来られたな!」」
「ぐあああああ!」
兵士たちは走った勢いそのままに突進してきた。
弾き飛ばされ、僕はむさ苦しい男たちに取り押さえられる。
全身を激しい痛みが襲い、体がズキズキした。
「な、何をする! どけ! 重いだろ!」
こいつらは何を考えている。
僕の意識の高さに感銘を受けたんじゃないのか。
しかし、兵士たちは僕を取り押さえたまま動かない。
「「お前が【カラミティ】を折ったことはわかってんだよ! この重罪人が!」」
「な……に……」
心臓が跳ね上がる。
ど、どうして、それを知っているんだ。
「い、言いがかりだ! 僕はやってない! 【カラミティ】など知らん!」
「この痣を見ろ!」
兵士が僕の腕を掴み、眼前に突き出した。
手の甲に悪霊を思わせる不気味な痣が浮かんでいる。
な、なんだよ、これは。
さっきまでなかったじゃないか。
「【カラミティ】を折った物には、悪霊のような痣が現れる仕掛けが施されていた。女王陛下のおっしゃった通りだ。お前は陛下の下に連行する!」
「そんなの聞いてないぞ! あの女は何も……っ!」
兵士たちは何の躊躇もなく僕を押し付ける。
肺が圧迫され呼吸ができない。
――い、息が……。
少しも息が吸えず、徐々に意識が遠のいていく。
ぼ、僕はこんなところで終わる人間ではない……この世に二人といない、選ばれし男……。
最後まで思うこともなく、僕は気絶した。
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