第31話:ようやく話の分かる女がいた!(Side:シーニョン⑥)
「おい、便所! どこにいるんだ! 隠れても無駄だぞ!」
センジの叫び声が聞こえてくる。
僕は鍛冶場を飛び出した後、小さな物置小屋の後ろに隠れていた。
あのムカつく男は愚かにも見当違いの方向を探している。
お前ごときに見つかってたまるか。
後ろには森が広がっているから、いざとなったら逃げ込めばいい。
「……クソッ! あの野郎、どこ行きやがった! 絶対見つけてやるからな!」
息を潜めていると、やがてセンジは走り去ってしまった。
ここからは、兵士たちが訓練している様子が見える。
少し離れた鍛冶場ではデレートが美女とイチャイチャしている光景も……。
それを眺めていたら、もう何度目かの怒りが湧いてきた。
「なんで、この僕がこんな生活を送らねばならないんだ! ありえない、ありえない、ありえないいいいい!」
怒りのあまり、小石を思いっきり森の中へ蹴り飛ばす。
僕はリーテンでギルドマスターにまでなった男だぞ。
それなのに、デレートの下で修行だなんて今でも理解ができない。
むしろ、あいつが僕の下で修行すべきだろうが。
今まで貯め込んでいたストレスで頭が爆発しそうだ。
「デレートめええ! 僕の許可なく自分だけ良い思いしてんじゃねえ!」
未だにあいつが美女にモテている理由がわからない。
あんな冴えないオッサンのどこがいいんだ。
ダサいし、くたびれてるし、話もつまらない。
僕の方が良い男に決まってるだろ。
リーテンにいたときは、僕とあいつの立場は真逆だった。
それなのに……それなのに!
今やあいつの隣には美女3人(夜には1人追加)、僕の隣には糞……。
「うがああああ!」
この差はなんだ!
物置の壁を叩きまくる。
手が痛くならなければ、粉々に破壊してやるところだったぞ。
しかし、今後はどうすればいい。
ここにいたらムカつくデレートの下で修行の日々を送るだけ。
だが、逃げだしたら女王陛下の命令に歯向かったことになり監獄行き。
どっちに転んでも地獄しかないじゃないか。
「おのれえええ……。これも全部デレートのせいだな。元はと言えば、あいつが生きていることが全ての元凶だ」
そうだ、デレートが僕のギルドにいたのがいけないんだ。
仕事を与えてやっていたのにその恩を仇で返しやがって。
許せん、許せん、許せん……。
「ずいぶんとご乱心でいらっしゃいますね」
デレートへの憎しみを募らせていたら、不意に背後から声が聞こえた。
女の声だ。
凛とした美しさを持ちながら、それでいて感情の起伏が全くないような声。
だが、森は暗く姿が見えない。
まさか、デレートの新しい知り合いか?
「だ、誰だ」
「そんなに警戒しないでくださいませ。私はエージェンという者です」
ギロリと睨んでいると、暗がりから女が一人出てきた。
黒い髪を団子のようにまとめ、これまた黒い瞳の美人だ。
まるで生きていない人形みたいな雰囲気で、メイドが着るような服を着ている。
この女を見て、僕はさらにムカムカする。
クソッ!
どうして、あいつばかり美女と知り合いなのだ。
「僕に何の用だ! デレートなら向こうにいるぞ! さっさとあっちに行けよ!」
「お言葉でございますが、デレートではなく私はシーニョン様に用があって参りました」
「……なに?」
エージェンと名乗った女の言葉に、思わず耳を疑った。
デレートじゃなく、この僕に用があるだって?
こんな美女が僕に……。
いや、それよりも。
「シーニョン様だと!?」
そう呼ばれたのはいつぶりだろう。
久しく聞いていない呼び方だ。
もう一生呼ばれることはないと思っていた。
たったそれだけで心のダメージが修復されていく……。
「私は知っております。シーニョン様こそ、ギルドマスターの中のギルドマスターであること。そして、誰よりも仕事ができる素敵な男性であることを」
「あ……あ……」
「本来ならば、デレートなどシーニョン様の足元にも及びません。そんな簡単なことも、彼らはわからないのです」
……なんだこの女は。
素晴らしい…………素晴らしいぞ!
そうだ!
僕はこういう女を待っていたんだ!
とうとう僕の正しい評価が分かる女が現れた。
デレートやセンジに与えられた苦しみなど一瞬で消え去る。
「エージェン、お前には僕の価値がわかるんだな!?」
「ええ、とてもよくわかります。シーニョン様の価値がわからない人間の方がおかしいです。特にデレートは愚の骨頂。あの男は愚か者の代表でございます」
ああ……こんなセリフを聞ける日が来るなんて……。
努力が報われた幸せに涙が零れる。
頑張って良かった……。
「それで、この僕に何の用だ!?」
「この度は、シーニョン様にしかできないお願いがあって参りました。その前に、まずはお着替えをどうぞ。シーニョン様の美しいお身体が台無しでございますので」
そう言って、エージェンは鞄から衣服を取り出した。
仕立ての良いジャケットにパンツやシャツ。
靴下や革靴まで用意してあった。
おまけにどれも、僕がヘビロテしていたブランドの物だ。
「よく用意した! そうだ、僕の秘書にしてやろう! 感謝したまえ!」
「シーニョン様お気に入りのフレグランス類も取り寄せてございます」
「素晴らしい! それでこそ僕の秘書! お前はどこまでも仕事のできる女だ!」
センジや兵士たちのクソ野郎に汚された服を着替える。
シャツに袖を通した瞬間、心が満たされていくのを感じた。
ああ、そうだ。
これだ。
この肌触り。
僕はこういう高級な服を着ているべき高貴な存在なのだ。
デレートどもには一生わからないだろう。
着替え終わると、僕は見違えるように美しくなった。
「シーニョン様、光り輝いております」
「そうだろう、そうだろう。これでも本調子じゃないくらいだ。はっはっはっ」
「それで頼みごとでございますが……」
もっと僕の高尚さを教えてやろうとしたが、エージェンは本題を切り出した。
まぁいい。
聞いてやろうじゃないか。
「なんだ? 何でも言ってくれたまえ」
「はい。シーニョン様には【惨禍の封じ剣:カラミティ】を破壊していただきたいのです」
「ふむ…………なに?」
エージェンの頼みごととやらは、予想を遥かに超えていた。
「しょ、正気か? だって、【カラミティ】って……」
「正気でございます」
【惨禍の封じ剣:カラミティ】、王宮の隠し部屋で厳重に保管されているという剣。
数百年前、グロッサ王国を襲った悪霊を封印しているとされる剣だ。
ウワサでは長い年月により耐久性も落ちているようで、厳重な管理が必要らしい。
「は、破壊って、なぜそんなことを頼むんだ。下手したら僕が悪霊に襲われて……」
「シーニョン様。今のままでは、シーニョン様は正しい評価を一生得ることはできません。私はそれが心配でしょうがないのです」
「なんだと? どういう意味だ」
僕が正しく評価されない。
それは国を揺るがすほどの超重大な問題だ。
「思い返してみてください。シーニョン様のポテンシャルを考えず、エビデンスもなしにデレートを専属鍛冶師にアサインした人物の愚かさを」
「ポテンシャル……エビデンス……アサイン……」
「そのような人物が女王では、この先のグランドデザインもとうてい間違っています。私はとてもアグリーできません」
「グランドデザイン……アグリー……」
そうか……エージェンは僕の同志だったのだ。
だからこそ、こんなにも話が合う。
全てに合点がいって、心の底から納得する。
「シーニョン様が正当な評価を受けるには、一度世界を壊す必要があります。悪霊を解き放ち、今こそ正しい世界を造りましょう」
「そうだ! その通り!」
「すでに侵入のルートは確保できております。警備兵も私が倒しますので、どうぞついてきてくださいませ」
「ああ、もちろんだ! ともに正しい世界を造ろう!」
エージェンの後に続いて王宮へ向かう。
デレートめ、今こそお前を絶望のどん底に突き落とす。
僕を蔑んだ罪は重い。
百倍にして返してやるぞ。
地面に這いつくばって謝り倒してももう遅い。
僕とお前の存在価値の違いが明らかになるのだ。
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