第22話:杖の手がかり
「ここが地下倉庫です。誰かが入らないよう魔法陣がかけられているので、今解除しますね」
イズに案内されてたどり着いたのは、“陛下の間”を思わせる重厚な扉だった。
表面には紫色の魔法陣が展開されている。
魔法に疎い俺ではあるが、かなり高度だとよくわかった。
「……扉を開けよ、<オープニア>!」
イズが呪文を唱えると魔法陣が消え去り、扉が一人でに開く。
倉庫はガランとしていて、大人が数十人は入れそうな広さだった。
「中は結構広いんだな。ずいぶんと立派な倉庫だ」
「魔法訓練をすることもあるので、広さは確保されているんです」
「もしかして、問題の杖ってあれかしら?」
ミリタルは倉庫の中央の台を指さす。
そこには数本の杖が置かれていた。
「ええ、あれが生徒たちを苦しめている杖です。もっとたくさんあったのですが、粗悪な造りをしているようで、闇魔法の暴走とともにいくつかは壊れてしまいました」
「そうだったのか。魔法に耐えられなくて壊れることはよくあるしな」
「形を保っているのはこの三本だけなのです。サンプルが少なくてすみません」
「いやいや、十分過ぎるよ」
俺たちは慎重に近づく。
杖は全部で三本。
木でできた持ち手の先端には、金属の飾りがまとわりついている。
幾何学的な形、水しぶきが舞っているような形、そしてドラゴンがうねっているような形……。
装飾の意匠はやや違うが、センスが似通っていることから、それぞれ同じ鍛冶場で造られたんだろうなとわかった。
イズの物と同じように、装飾の中には大きな宝玉が収められている。
だが、どれも抜け殻のように透明だった。
「杖は持っている力を使い果たしたのか、闇魔法の気配は感じられません。ですが、十分に注意してください。わたくしも防御結界の展開を準備しておきます」
「先生、念のため、私もすぐに戦えるよう構えておきますね」
傍らでは、イズとミリタルが戦闘態勢に入っている。
仮に闇魔法が暴走しても彼女たちがいてくれれば安心だな。
「じゃあ、さっそく始めるか」
「デレート様、どうかよろしくお願いします」
「ああ、必ず何かしらの手がかりを見つけてみせるよ」
イズの大切な生徒たちを傷つける杖だ。
これ以上被害者を出してはいけない。
まずは装飾を一つずつ取り外していこう。
凝った意匠だから、造り手の癖が残っているかもしれん。
装飾を灯りにかざしてみると、どれも竜の鱗のような紋様が浮かび上がってくる。
それを見たとき、思わずドキリと心臓が胸打った。
「こいつはすごいな……装飾には【ドラゲニム鉱石】が使われているぞ」
「え……まさか、そんな高ランクの素材だったとは……恥ずかしながら、わたくしにはわかりませんでした」
「ずいぶんと珍しい鉱石を使っているんですね」
二人が驚くのも無理はない。
【ドラゲニム鉱石】は注ぎ込んだ魔力を増幅させる、非常に珍しく強力な効果を持っている。
これで造られた鎧はSランクドラゴンのブレスを弾き、剣は強靭な鱗をいとも簡単に突き破ってしまう。
希少価値と強力な効果が相まって、もちろんSランクの素材だ。
しかし……。
「これが採れる鉱山は魔族領にしかないはずだけどな……。どうやって手に入れたんだ。しかも、こんなに大きな装飾を造れるほど」
「国軍が管理しているのだって、ほんの数個しかないはずです」
とても強力な鉱石だが、その入手経路は非常に限られている。
人間が暮らしている大陸に鉱山はないのだ。
俺たちが手に入れるには、魔族領へ採りに行くか、偶然モンスターが持っているのを回収するくらいしかない。
イズがポツリと呟いた。
「不気味さがより増した気がします……」
「うむ……」
「そうね……」
生徒に危害を加えるほどの闇魔法が封じられた杖の流通。
そして、杖には魔族領にしかないはずの鉱石が使われている。
未だ全容は明らかではないものの、俺たちの背後には悪意を持った組織がいるように思えてしまった。
「……今度は金属の加工技術から見てみよう。鍛冶師の特徴は、やはり技術に出るからな」
「「お願いします、先生(デレート様)」」
目の前にあるのは三種の装飾。
幾何学模様、水しぶき、ドラゴン……。
どれも繊細な加工がされており、非常にレベルが高い。
同じ鍛冶師としても、なかなかの腕だなと思う。
さすがに名前は刻まれていないか。
「……ん?」
見比べていたら、ふと気になる箇所を見つけた。
「どうしましたか、先生」
「ここを見てくれ、二人とも」
ミリタルとイズに幾何学模様の裏面、水しぶきのしぶきの部分、ドラゴンの羽の付け根を見せる。
「どれも表面が少し濁っているのがわかるか?」
「言われてみれば、そうですね……」
「でも、これはただの汚れではないのですか?」
装飾にはどれも、わずかだが渦を巻いた黒ずみがあった。
「この黒ずみは、鍛冶師から出た魔力の余波だ。難しい作業だったり集中を要するほど、魔力は自然と身体から放出される。その時に出た余波が、黒ずみとなって製品に出ることがあるのさ」
特に【ドラゲニム鉱石】は、鉱石の中でも魔力を込めながら熱しないとうまく溶けないし、加工も難しい。
余波のことは製作者も知っていただろうが、気を配る余裕はなかったのだろう。
他にも黒ずみを消したと思われる箇所がいくつかあった。
きっと、いくつかは消し忘れてしまったのだな。
「でしたら、デレート様。すぐにでもこの黒ずみを調べてみましょう。鍛冶師の素性がわかるかもしれません」
「うむ……水を差すようで悪いが、それは厳しいだろう。余波といっても、本当にただの余韻のような物なんだ。しかも、これだけの大きさでは」
「そう……ですか」
俺が伝えると、イズはしょんぼりした。
なので、慌てて補足説明する。
「しょ、しょんぼりしないでくれ、イズ。まだ希望は十分あるんだ」
「……希望がですか?」
「ああ。魔力の余波は、形や色に鍛冶師の特徴が出る。黒色はそこまで珍しくないが、渦巻き状というのはなかなか見ない」
「じゃ、じゃあ……」
「渦巻が出ている製品を売っている店があったら、そこが関係している可能性があるな」
イズの顔に明るさが戻った。
「俺の予想だが、この杖を造ったのは同じ鍛冶場だろう。これだけの【ドラゲニム鉱石】を集めるのは、独自ルートがあっても相当大変なはずだ」
「私も先生と同意見です。少なくとも、集団の存在を感じます」
「しかも、【ドラゲニム鉱石】の加工ができる設備となると……結構しっかりしているはずだ」
「ありがとうございます……デレート様。希望が見えてきました」
イズは俺の手を握り、安心したような笑みを浮かべている。
「別に大したことじゃないさ。この杖を造った鍛冶師はベテランだ。何年も鍛冶をやっているだろう。まずは、辺りの鍛冶屋から探してみるか」
「「はいっ!」」
小さくはあるものの、手がかりを見つけることができた。
しかし、今後どうなるかは俺たちの努力にかかっている。
――最後まで気を抜くなデレート。
改めてそう強く思い、俺たちは地下倉庫を出た。
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