第2話:粗悪な剣と軍人
「ん、なんだ? なんか揉めてるみたいだが……」
「ああ、きっとまたあの武器屋だ。まったく、やんなっちゃうよ」
俺が声の聞こえた方を見ていると、おばちゃんはため息交じりに呟いた。
「あの武器屋って?」
「たまにどこからか来る行商人だよ。品揃えはいいんだが、あまり評判は良くないのさ。この前もナイフの焼きが甘いとかで客と揉めてたね」
「ふーん、王都にもそんなヤツがいるのか」
「王国軍も取り締まっているんだけど、ネズミのように入り込んでくるのさ。おおかた、観光客が騙されちまったんだろうね」
リーテンにも質の悪い鍋とかフライパンとかを、高く売っている店屋があった。
鍛冶師としては見逃せないから、いつも注意していたっけな。
もちろん、今回もだ。
「おばちゃん、ちょっと様子を見てくるよ。串焼き旨かった」
「気をつけなね。店主は血の気が多いって聞いてるよ」
串焼き屋から離れ、市場の端っこへ急ぐ。
人だかりの中央では、一組の男女が言い争っていた。
石畳の上に絨毯を広げた若い男と、その前に怒った様子で立っている女性だ。
「スチール鉱石の剣だから、植物モンスターと相性は良いって言ったじゃない! トレントの枝すら斬れなかったわよ!」
「だから、お前の使い方が悪いって言ってんだ。スチール鉱石はそんな簡単に折れねぇよ。俺が紛い物を売ったって言ってんのかい? だったら証拠を見せな」
「っ……!」
いくら怒鳴られても、男はニヤニヤしているだけで少しも動じていない。
もしかしたら、こういうことに慣れているのかもな。
女性は折れたファルシオンを持っている。
一般的な剣より刃が幅広く、斬るだけじゃなく叩くように使うこともできる剣だ。
おばちゃんの言うように女性が客で、露天商から買った品で揉めているらしい。
しかし、スチール鉱石ね。
ちらりと見えた断面や刃文から、男の嘘が明確にわかった。
「ちょっと失礼。俺も鍛冶師だが、どうしたんだ?」
「あぁ? なんだよ、おっさん。文句あんのか? 人の商売にケチつけないでほしいね」
「そのファルシオンはスチール鉱石じゃなくて、錫不石で造ったんだよな? 嘘は良くないぜ、兄ちゃん」
材料の鉱石を指摘すると、露天商の男は固まった。
ニヤニヤ顔は消え去り、その表情に焦燥感が現れる。
「は、はぁ!? 錫不石なんか使ってねえよ! いちゃもんつけてんじゃねえ!」
「だったら、この断面はなんだ? 穴あき紋様が出ているじゃないか。鍛冶師ならこれが錫不石の特徴だとすぐにわかると思うが」
「ぐっ……!」
錫不石は錆びにくく、食器や調理器具としては非常に優れている。
だが、強い衝撃には弱いので、そのままでは武器のような製品には適さない。
おまけに、錫不石は採取しやすいこともあり、Dランクの鉱石だ。
スチール鉱石はAランクだから、ごまかして売れば利益もたくさん得られるだろうな。
「そして、一番明らかなのはこの刃文だ。小さな波がいくつも出ている。スチール鉱石の場合、波型の刃文は出ない。直線だけだ。客を騙すようなことはしちゃいけないぞ」
「い、意味わかんねえこと言ってんじゃねえよ、オッサン!」
往生際悪く男は怒鳴る。
だが、こいつが嘘を吐いていることは剣が語っているんだ。
「そういえば、馴染みの鍛冶屋さんが教えてくれたけど、錫不石を使った剣は波の模様が出るんだって」
「あのオジサンの言う通りってことか」
「わ、私、見回りしている軍人さんがいないか見てくる」
周囲の観衆たちもざわつきながら、男への警戒を強めている。
俺は“必要以上に頑張らない”とは言っても、仕事自体は真面目にやってきた。
知識も経験もそれなりにあると自負している。
それ以上に、鍛冶に対しては自分なりの矜持があるんだ。
なおも反省しようとしない男にそっと伝えた。
「……お前な。道具を使う人たちの生活を考えたことあるか?」
「はぁ!? なんだよそれ!」
「鍛冶師は道具を通して人と繋がっているんだよ。だから、俺たちはいつも真剣に仕事へ打ち込まないといけないんだ」
「ぐっ……この……!」
自分が造った道具は人々の生活の中にある。
幸せであると同時に責任も伴うことだ。
この男はまだ若いようだから、罪を償った上で更生できるといいんだが……。
「わかったらこのお嬢さんに金を返せって」
「う……うるせえ! この俺に説教垂れてんじゃねえぞ、オッサン!」
「「うわぁ! 暴れだしたぞ! 逃げろ!」」
突然、男は並べていたナイフを取って立ち上がった。
縦横無尽に振り回す。
逃げ惑う観衆の中、男は俺に向かって突進してきた。
「死ね、オッサン! 説教は地獄で垂れやがれ!」
「うぉっ!」
「やめろ」
群衆の中から一人の女性が颯爽と現れ、手刀で男のナイフを落とす。
と、思ったら、次の瞬間にはみぞおちに肘をめり込ませていた。
ナイフ男はぐたりと崩れ落ちる。
「連れて行け」
「「承知しました」」
少女の後ろから現れた屈強な兵士が、露天商を連行していった。
な、何が起こったんだ?
予期せぬ光景と少女の凛とした一連の動作に呆然としていると、群衆たちが嬉しそうな声を上げた。
「グロッサ軍だ! ありがてえ!」
「し、しかも、軍団長様じゃねえか。直々に来てくださるなんて……」
「相変わらず素晴らしい身のこなしだ」
彼女たちは軍人なのか。
どうりで強いわけだ。
地味に国軍を見たのは初めてだった。
リーテンは田舎だけど、その分平和だったからな。
男から助けてくれた女性に礼を言う。
「ありがとうございました。おかげで助かりました」
「いえ、仕事ですから」
「それじゃあ俺はこれで」
「……ちょっとお待ちください。あなたはもしかして……」
立ち去ろうとしたら、女性軍人は俺のことをまじまじと見だした。
な、なんだ、どうした?
美女に見つめられ、年甲斐もなくドキドキする。
のだが、俺は別の意味でもドキドキしていた。
もしかして逮捕されちゃうとか?
一応この騒ぎの当事者だし。
ははは、そんなまさか…………いや、ちょっと待て。
とんでもないことに気づいてしまい、どっと冷や汗が出る。
――俺……今無職じゃね?
これ幸いと調子よく王都へやってきたものの、思い返すと俺は今無職だ。
ギルドを追放されたんだから。
この辺りで見かけない40歳男性、独身、無職……。
バ、バリバリの不審者と思われても仕方ないぞ、これは。
「すみませんっ! お、俺はただ観光に来ただけでして……!」
「先生、ですよね! リーテンの鍛冶師の! 私のこと覚えていませんか!? ミリタルです!」
鈴が鳴るような美しい声を聞いた瞬間、昔の記憶がブワッと頭に浮かんできた。
夜でも浮かび上がるほどの眩いブロンドヘアを頭の後ろで一つに垂らし、蒼い瞳は大海原のように深く澄んでいる。
顔の横に垂れた髪が風に揺れているのも昔から変わらない。
そう、この美人はミリタル。
おもちゃを造ってあげていた近所の子どもたちの一人だ。
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