第1話:追放されたが、意外といい機会かもな
「デレート! 我がギルドにいつまでもベネフィットをもたらさない君は追放とフィックスした! このディシジョンに従え!」
「……なに? 追放?」
ここはグロッサ王国の地方都市、リーテンにある鍛冶ギルド。
定時になったから帰ろうとしていたら、いきなりギルドマスターのシーニョンが叫んだ。
だが、あいにく追放という言葉しかよくわからず、曖昧に聞き返すことしかできなかった。
「だから追放だと言っているだろ! メンバーのコンセンサスは取れてるんだ!」
「ま、まずはどうしてか聞いてもいいかな?」
「ギルドのサスティナビリティを考えた結果だ! 念のため言っておくが、ジャストアイデアではないぞ!」
「う、うむ……」
怒涛のごとく外国語を多用してくるのは、俺と同じ鍛冶師で同期のシーニョン。
つい先日、ギルドマスターに任命されたばかりだ。
短い金髪をキチッと刈り上げ、額を出した爽やかな印象。
……なのだが、鍛冶ギルドなのにこいつだけジャケットを着ているのはなんでなんだぜ?
「君のような意識の低い人間がいるとね、それだけでイシューだらけになるんだよ。歴史の長い我がギルドのアドバンテージがなくなる。わかるだろう?」
なるほど、わからん。
「……すまないが、もう少しわかりやすく言ってくれないか?」
「せっかく説明してやってるのに、僕の話がわからないというのかね!?」
「そうじゃなくてだな……」
シーニョンは昔から意識が高い。
いや、意識が高いのは素晴らしい。
向上心にあふれているってことだからな。
だが……こいつは本当に意識が高いだけなんだ。
肝心の鍛冶の腕前は半人前どころか、八分の一人前だぞ。
「ほら、僕のかわいい子猫ちゃんたちも君の追放にアグリーらしいぞ」
「シーニョン様ぁ、こんなオジサンのことなんか放っておきましょうよぉ~」
「早くカフェに行きましょ~。奢ってくれるって言ったじゃ~ん」
我らがギルドマスターがドヤ顔で抱き寄せるのは、受付嬢の面々だ。
シーニョンは鍛冶以上に若作りに必死だから、若い女性といてもそれほど違和感はない。
その意識の高さは本当に素晴らしい。
俺なんか服とか適当だもんな。
だけどさ……。
――……その前に鍛冶頑張ろうぜ。
シーニョンは鍛冶師なのに、「服が汚れる」とかでろくに仕事をしなかった。
それでも上司のご機嫌とりだけはうまかったから、ちゃっかりギルドマスターに就任したのだ。
まぁ、飲みにケーションで出世した男ってことか。
「君はクリエイティビティのない人間だな。僕とのスペックの違いにジェラシーを妬いても知らんぞ。さぁ、さっさと荷物をまとめて惨めにエスケープしたまえ」
「いやしかし……」
シーニョンの外国語にまみれたセリフを聞いているうちに、一抹の不安がよぎった。
彼は俺を追放して……本当にいいのだろうか。
別に、俺は自分に過剰な自信があるわけではない。
しかし、こいつは自分の仕事を全部俺にやらせてたのだ。
俺たちがギルドに就職したのは、たしか10歳。
今40だから、30年ともに過ごしてきたことになる……。
いや、なるのだが、こいつが槌を振るっている姿をマジで見たことがない。
――この男は30年間、いったい何をやっていたんだ?
兼ねてからそれが、俺の強烈な疑問だった。
「まったく、僕は君と一生アライアンスできそうにないな」
「そ、そうか……」
「だから追放と言っているだろう! 僕は忙しくてバッファがないんだぞ! 君はどこまでもコスパの悪い人間だな!」
「わかった、すぐに出て行くよ」
これ以上話していても埒が明かん。
さっさと出て行くのが最善手だろう。
そして、荷物をまとめギルドを出た瞬間、シーニョンがドヤ顔で告げた。
「NR」
□□□
NRという謎の単語を残したまま、俺はギルドを後にした。
さて、これからどうしようか。
適当にリーテンの街をプラついていたら、路地裏から少年が飛び出してきた。
衝突しそうになり急いで避ける。
「おっと、大丈夫か?」
「うん、平気!」
怪我させなくて安心していたら、母親と思われる婦人が後ろから出てきた。
「すみませんっ! まったく、この子ったら。ほら、ちゃんと謝りなさい」
「いえ、本当に大丈夫ですから」
「バイバイ、オジサン!」
「あっ、こらっ。ごめんなさい、失礼します!」
少年を追いかける母親を見ていると、微笑ましいと同時に小さな寂しさに襲われる。
ふと両手を見ると、ガサガサの肌にタコだらけの汚い手が目の前にあった。
嫌でも30年という月日の重さを感じる。
「俺もすっかりオッサンになっちまったな……」
仕事に打ち込んでいたら、知らないうちに30年も経っていた。
もちろん嫁なんていない。
元々社交的な性格じゃないし、女っ気のない生活が当たり前だった。
まぁ、家庭に対する憧れがないと言ったら嘘になる。
だが、今さらそんなのは夢のまた夢というのも事実だった。
少しばかり哀愁に浸っていたら、一通の手紙が来ていたことを思い出した。
〔拝啓、デレート先生。お久しぶりでございます、ミリタルです。突然のご連絡失礼いたします。この度、先生にお願いがあって筆を執った次第です。つきましては、王都にお出で頂きたく……〕
懐かしいな。
10年……いや、15年くらい前だったか?
ギルドの近くに住んでいた子どもたちに頼まれて、おもちゃを造っていた時期があった。
そのうちの一人から手紙をもらっていたのだ。
剣とか杖とか造っては、冒険者ごっこして遊んでたっけ。
俺の数少ない楽しい思い出だ。
いつからかすっかり見かけなくなってしまったが、元気にしているといいな。
……さて、過去を懐かしんでてもしょうがない。
「ちょうどいいから王都に行ってみるか!」
思い返すと、俺は一度もリーテンから出たことがなかった。
追放は意外といい機会かもしれん。
王都行きの適当な三等馬車を見つけ、ガタゴト揺られていった。
数週間後、王都に着いた。
リーテンの数倍は賑わっている。
観光……の前に腹ごしらえしたいな。
ちょうど市場がやっていて、串焼きの屋台に入ってみた。
「おばちゃん、おすすめある?」
「いらっしゃい! <ボア牛>のロースとかどうだい?」
「いいね。じゃあそれちょうだい」
金を支払い串を受け取る。
<ボア牛>は猪と牛が合体したようなモンスターで、引き締まった肉がうまいのだ。
かぶりつくと、塩味のシンプルなおいしさに痺れる。
「ほふっ……うまっ」
肉を食べていると、自分の信念とともにギルドの懐かしき日々が思い浮かんだ。
――“必要以上に頑張らない”。
これが俺の信念だ。
給料分の仕事をそつなくこなし、たまに一人でちょい豪華な酒を飲んだり飯を食う。
それで十分なんだ。
おっさん連中の顔色を伺いながら飯食っても旨くない。
そうは言っても、こき使われる毎日だったが……。
でも、これからは自由なのか。
そう思うと、なんだか楽しくなるぜ。
「あんた、見かけない顔だね。どこから来たんだい?」
「リーテンさ。鍛冶ギルドにいたんだが、恥ずかしいことに追放されてね。いい機会だから王都へ観光に来たんだ」
「あら、そいつは難儀だったねぇ。ほら、おまけのハツだよ。これでも食べて元気だしな!」
「いいのか!? ありがとよ、おばちゃんっ」
俺はおまけが大好きだ。
なんか得した気分になるからな。
しみじみと食事を楽しんでいたときだ。
「ちょっと! ここで買った剣がすぐに折れちゃったわよ! いくらしたと思ってんの!」
「はぁ? 知らねえよ。お前の使い方が悪いんだろぉ? 人のせいにすんじゃねえや」
市場の端っこから男女の怒声が聞こえてきた。
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