醜い豚で名家の面汚しと言われていましたが、TSして全てがひっくり返りました
「ぐわあああああああああああ、ぎゃああああああああああ!!!?」
激しい苦痛にのたうち回る豚がいた。
醜い豚のような人間。その人物はクセナキス公爵家の次男であった。
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クセナキス公爵家。
それはこのフロウゼス帝国における四大公爵家の一角であり、国外にもその名が轟くほどの、才気煥発にして眉目秀麗の一族である。
そのクセナキス家の当代は歴代でも特に優秀と言われていて、当主を始め、その子息子女も群を抜いた逸材揃いであった。
しかし。
それはただ一人を除いての話しである。
クセナキス公爵家には四人の子がいる。長女、長男、次男、三男の順に生まれた子供らだ。
その四人の子の、次男以外は、全て文武両道の天才である。
そう、次男、以外は。
この、リーベルトと言う名の次男は、なんとも愚鈍な男であった。
魔法の才もなく、手先は不器用で、頭脳は並、ドジで、運動もからきし。
クセナキス家においては、異端とも言えるほどに、才能の無い人物であった。
だが、それを家族は咎めたりはしなかった。
むしろその逆である。
クセナキス一族はこの次男を愛した。大変に愛した。溺愛していた。
全てを持つクセナキス一族にとって、全てを持たぬこの次男は、特別に可愛かったのだ。
バカな子ほど可愛いとも言うが、若干常人には理解できないレベルで、クセナキスはリーベルトを愛したのだった。
結果。
リーベルトは大変に拗れた。
非才ゆえの劣等感、周りからの影口、家族以外からの蔑みの視線、だけど変わらぬ家族の愛情、能力に見合わなすぎる爵位。
それらが、負の感情も優しさでさえも、全てがリーベルトをおかしくさせた。彼は、拗れに拗れたのだった。
拗らせたリーベルトは横暴な人間であった。
根本的には小心者である彼は、誰かを物理的に傷つけたり、家を没落させたりする程のことはしなかったが、それでも沢山の暴言を吐いてきたし、些細なワガママを山のように通してきた。
そうした彼の悪評はつもりにつもり、ついにはその評判も最悪のものとなってしまう。
彼の家族が至高の存在でであるがゆえに、この悪評はより際立った。
それでも彼の家族はリーベルトを溺愛していた。最近は帰宅するなり自室にこもっていて、碌な会話をしていなかったが、それでも家族のリーベルトへの愛は少しも揺らがなかった。
そんな頃である。
リーベルトが「始祖神由来性女性化症」通称「女神病」を患ったのは。
これは大変珍しい奇病である。
症状は正式な病名の通りで、男性の性別が変わってしまう病だ。女性にとっては只の祝福でしかないこれは、男性にとっての奇病であった。
この病は、この国の始祖が格の高い女神であることに由来した、悪質な先祖返りとも言える病であり、神の血を濃く受け継ぐ侯爵家以上の高位貴族の男性が稀に罹る。
リーベルトはそんな奇病の、約200年ぶりの発症者となってしまったのだ。
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「ぎゃ、ぎゃあっ、ぐぎゃ、ぎゃあああああああああ!!」
みちみちと音を立てて肉が千切れ変質していく。
それに伴う痛みは想像を絶するものである。
そう「性転症」は尋常では無い痛みと出血を伴う。ポーションを大量に用意するか、回復魔法を掛け続けねば、普通に死ぬ病だ。
「ああ!リーベルト!なぜこんなことに!」
リーベルトの父である現公爵が、彼に回復魔法を施しながら悲痛の声を上げる。
「しっかりして、リーベルト、大丈夫、きっと大丈夫ですからね!」
公爵家夫人は泣きながらリーベルトの手を握り、そして回復魔法をかける。
「リーベルトッ!あぁ!何故可愛いこの子がこんな目に!」
長女ステサロッタは、隣国の王太子妃であったが、その立場を放棄して駆けつけた。もちろん回復魔法をかけている。
「ぐぅ、俺が、俺が変わってやれたなら。くそっ!くそおおおおおおお!」
次期当主の長男、エドウィンは涙をにじませて歯を食いしばった。回復魔法をかけながら。
「ぅああああああああ!ぐすっ!あ、あにうえぇぇえええええ!」
三男のウルガーノは号泣しながらリーベルトにすがりつく。すがりつきながらも、回復魔法をかける。
「いだい、ぎゃああああああぃだいよおお、うがぎゃああああぐああああああああ!!」
痛みで滅茶苦茶になりながら、それでもリーベルトは意識の端で家族の愛を確かに感じていた。
そして、そのままに彼は三日三晩苦しんだのだった。
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「…………ぁ」
不意にリーベルトは目を覚ます。
痛みは完全に引いていた。
そして感じる。そして理解する。
自分から、全てがなくなってしまったことを。
今までは、並程度の魔力はあった。
それが完全に喪失している。
肉体は、見なくたって貧弱なのがわかる。
要するにこれは、平民以下だ。
もう自分は非才ですらない。
平々凡々以下の、塵芥の如き存在である。
だけど、やけに気分はスッキリしていた。
これがいわゆる、憑き物が落ちた、というものなのだろう。
全てがなくなったおかげで、ようやく全てに諦めがついた。
もう、何も欲しがらない、何も恨まない、何も妬まない。
いっぱい反省したのだ。痛みの中で、たくさん反省したのだ。
愚かだった。そして愚かなまま、全てを失った。
だが。
「…………はは、うえ」
その声に、リーベルトの手を握ったまま寝落ちしていた彼女の母が飛び起きる。
「リーベルトっ!目が覚めッ!!」
そして、連鎖的に、同じくリーベルトを囲むように寝落ちしていた家族らが、そろって跳ね起きる。
「リーベルトぉぉおおお!大丈夫かい!?もう痛くはないのかいっ!!??」
彼女の父が叫び。
「ああああああああああ!リーベルトぉおおおおお!ああああああ!」
彼女の姉が咽び泣き。
「良かったリーベルトっ!!大丈夫かい!お兄ちゃんのことが分かるかい!」
彼女の兄が心配し。
「あにうええええええええええええ、良かっっだあああああああ!」
彼女の弟が号泣した。
それを目にしたリーベルトは……
「…………ふ、へ」
彼女は、リーベルトは全てを失ってしまった。
だが。
「ありがとう」
彼女には家族が残っていた。
「ありがとう、あいしてる」
リーベルトはそう言って笑ったのだった。
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リーベルトはその後またすぐに眠ってしまった。まだ肉体は回復していないので当然だ。
彼女の家族達は、寝入るリーベルトを見届けてから静かに退散し、そしておもむろにリビングへと集まった。
始まるのだ。家族会議が。
「大変にまずいことになった」
そう言い出したのは現公爵である、マクベスだ。
彼は先程のーリーベルトの笑顔を見て「こんなん子供じゃなかったら絶対権力にもの言わして攫うわ」と思った。
「ええ、そうね。やばいわ、ウチの子ヤバいわ」
次に言葉を発したのは、公爵家夫人のクラウディア。
彼女は先程のリーベルトの笑顔を見て「こんな子が学生時代に後輩とかでいたら絶対に百合犯してやるわ」と思ってしまった。
「ヤバ、ヤバいってあれはヤバい」
語彙力が崩壊しながら頭を抱えてテーブルに突っ伏すのは、ステサロッタ。
彼女は先程のリーベルトの笑顔を見て「なんで私の妻はこの娘じゃ無いのだろう」という既婚者女性としてあまりに支離滅裂なことを、素で疑問に思った。
「あー、あーーーー、ダメだ。あれはダメだッ」
椅子の背もたれに体を預け、天を仰ぐエドウィン。
彼は先程のリーベルトの笑顔を見て「結婚しよ、俺がこいつを幸せにするんだ」と決意した。決意した瞬間我に返ったが。
「不味い、あんなの世に出せない。監禁しよう、監禁しなきゃ」
どこか虚ろな表情でブツブツ呟くウルガーノ。
彼は先程のリーベルトの笑顔を見て「過去一番の性衝動」を感じてしまっていた。実の兄であった人と理解しながら。
そんな、どこか冷静でない雰囲気のまま、彼らは話し合いを続ける。
リーベルトが疲れて寝ている今のうちにに話と自分たちの感情をまとめておきたかった。
ちなみにこの三日三晩、彼らはリーベルトに回復魔法をかけ続けたのだが、あまり疲労は見られない。リーベルトとは比較にならない程の体力と丈夫さを有しているからだ。
「あれは、一種の神の加護なのだと思う」
マクベスの一言に、皆が頷いた。
リーベルトは神の病によって女性化した。
見た目は幼い頃のリーベルトをそのまま女性化させて成長させた感じだ。
そしてリーベルトは醜く肥え太る前は、他のクセナキス家の一族と同様に美しい顔をしていた。
今のリーベルトは、そんな儚くも美しい見た目をしている。
だが、それだけではない。
リーベルトは可愛い。
それもとんでもなく。
顔は確かに可愛い。綺麗で可愛い。だけどそれだけではない。
美しく可愛いだけで、人は狂わない。家族は狂わない。
リーベルトには強烈な魅力があった。
それはチャームの魔法のような、チャチな手品では無い。
砂漠の暑さの中、干からびかけた先で出される、冷たい水のような存在。
目にするだけで体が欲し、それの事しか考えられず、渇望してしまう。
そして、飲み干したら、絶対に幸せになれる。
そんな存在だ。
際限なく引き寄せられてしまう。
どうしても抗い難い。
ある種のカリスマのような可愛さ。
そんなものが、復活したリーベルトには備わっていたのだ。
そう。
優秀であり、自分に厳しく、常に正しい。
そう言われ続けたクセナキスの面々を狂わせるほどに。
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クセナキス家のリーベルトを除いた家族会議により、リーベルトはこのままクセナキス邸で軟禁をすることが決まった。
でないとリーベルトの身が危ないとの結論が出たためだ。
元々リーベルトは外に進んで出る人間ではなかったので、問題はそれほど無いだろうと思われていた。
だが。
現実は無情である。
この後、リーベルトが「学校に行きたい」と言い出し、クセナキス家に大波乱が巻き起こるのであった。
独自コンペ【春のトランスセクシャル】開催中です、詳細はシリーズのところをご覧ください。
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十本の中で感想の数が最も多いものを連載しようと思っています!
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