その4
「さっきの電車、混んでたね。まあ、いつもだけど」
「そうだね。暑くなってきたし、満員電車って、嫌だよね」
「夏になると満員電車って、痴漢が増えるんだって」
舞はさっきの出来事の話の、誘い水となるように言ってみた。
「ああ、そうなんだ。女の人は大変だよね」
裕太はそれにはのって来ず、他人ごとのように言う。
――あれ? さっきの自慢話とかしないんだ・・・
「私も何回か痴漢に遭ったことあるんだよ」
思い出したように、もう一押し、してみた。
「ああ、やっぱり。そうだろうね」
「ええっ? どうしてそんなことわかるの?」
「だって、すごく魅力的だから・・・」
――コイツ・・・。どうせ、またモモのこと言てんだろう。もうその手は・・・
「それって、またモモのことでしょう」
「違うよ、金澤さんのことだよ。金澤さん男子に人気あるから」
――ウソ、なにそれ? そんなの初耳なんですけどぉ~~
「またあ~、冗談でしょう」
「ホントだよ。でもさぁ・・・」
「でも?」
「うん、話し掛けづらいって、みんな言ってる」
――ええ~、私ってそんなお高くとまっているように見えるのかなあ?
「そ、そんなことないと思うけど・・・」
「いやあ、一人きりの時はいつも机に突っ伏して寝ているし。起きている時はいつも女子と一緒だし、なかなか声掛けらんないって」
――うわあ~、魔法少女の活動はいつも深夜だから、万年寝不足なんだよ~~。いつまで経っても私に春が訪れないのは、これが原因だったんだ~。なんなんだよ、魔法少女って・・・
「そ、そうなの・・・。な、なんだか恥ずかしいな」
「うん、本当はみんな仲良くなりたいと思ってんだけどね」
――そんなあ~~ 自分で自分の恋の芽を摘んでいたってことかあ~
「金澤さんのこと、ウチのクラスの男子が何て呼んでいるか知ってる?」
「えっ、知らない、教えて!」
「1年3組の眠り姫」
――なによぉ~~!! その全くありがたくない二つ名は~~!!
「誰がお姫さまの目を覚ますことが出来るか、って」
「ええ~~、なにそれ!!」
「松田たちがさ、『絶対、俺のキッスで姫を目覚めさせてみせる!』とかバカなこと言い合ってたよ」
舞の顔がみるみる赤くなっていく。
「やだあ~、いつの間にそんなことになってんの」
「だからさ、金澤さんが痴漢によく遭うっていうのも納得だよ」
「・・・・・・」
「今もこんなところあいつらに見られたら大変だよ、俺殺されるかも」
裕太は笑いながら続けて言った。
「でも、俺もキッスで金澤さんのこと、目覚めさせたかったなあ。キスができたの、モモとだけだもんなあ」
「やだ、石川くんまでなに言ってんの!! もう、ばかにして・・・」
「あははは」
――もう~、すごく恥ずかしいんだけど~~
翌日も舞はいつも通り、昨日と同じ時刻に、同じ電車の同じ車両に乗っていた。
昨日、痴漢被害にあった女子高生の姿はなかった。当然、時間をずらしたのだろう。
それではと、裕太が乗っていないかと探してみた。すると、灯台下暗し、少しだけ離れた反対側のドアの近くに立っていた。
次の駅で乗客が乗り降りする際に、一瞬できた隙間を縫って彼の近くに寄って行った。
「おはよう」
「あれっ、金澤さん、おはよう」
裕太は視線を上げ、舞を見るとパッと笑顔になり、見ていた小判の参考書を閉じて挨拶を返した。
「石川くん、いつもこの電車なの?」
「いや、いつはもう少し遅いんだけど、テスト前だから、早めに行って勉強しようと思って、昨日から。」
舞が魔法少女としての活動を終えて帰ると、普段の起床時間まであと二、三時間ということが時々ある。そこで仮眠をとってしまうと、寝坊して遅刻するので、そのまま寝ないで登校し、学校で仮眠をとるようにしていたのだった。
しかし、どうやらそれが原因で「眠り姫」などという、ありがたくもない二つ名を頂戴することになってしまったらしい。
「そうかぁ~、もうじき期末テストだね」と舞が言った時、閉まるドアに合わせ、無理に乗って来た人の群れに押され、裕太と一緒に車両の奥へ追いやられた。
「金澤さん、勉強してる?」
動き出した電車の揺れに合わせ、つり革を掴んで裕太が聞いた。
「いやあ~、それが、あんまり・・・」
――いやいや、そんな暇ないんですよ。魔法少女には。高校入試の受験勉強だって大変だったんだから
「そう、でも、勉強しなくてもできる人は問題ないよね」
「いやいや、私、そんなに成績よくないよ・・・」
慌てて、否定した。
「そう? 確か、赤点3つで強制的に八月半ばまで補習だってさ」
「えっ? うそ!!」
「まあ、一年生からそんなことになる人、あんまりいないって話だけどね」
舞は顔をこわばらせ、
「私、中間で赤点3つあった・・・」と言った。
「えっ? マジ!」
裕太が驚いて舞の顔を見た。
「うん。マジです・・・」
舞が恥ずかしそうに俯く。
「そう。授業中もよく寝てるもんね。さすが『眠り姫』」
「もう、やめてそれ・・・。あの、石川くん、よかったら勉強教えてくれない?」
藁をもつかむとはこのことか。
「俺だって、そんなに出来ないよ」
「どれくらいなの? こないだ、実力テストとかあったじゃない」
「ああ、あれ。偏差値62だったかな」
「えっ? すごいじゃない」
「でも、国立の医学部とかだと全然だよ。親父にも怒られちゃって。高一でそんな成績じゃ、絶対受かんないぞって」
――あれれ~、次元が違うのね・・・。私は偏差値41くらいしかありませんでしたよ、それ・・・