その2
「大きな家だね」
怪我をした左腕を裕太に任せながら、部屋の中をそれとなく眺めて言った。
「そう? そうでもないよ」
裕太は消毒した傷口にガーゼを当てながら言う。
「ご両親共いないの?」
「うん、今日は二人とも夜勤なんだ。俺一人っ子だから。
――で、これでよし、と」
「あ、ありがとう。手当、上手だね。でも、お母さんも居ないって・・・」
「ああ、看護師やってる」
救急箱を片付けながら答える。
「へえ~、そうか、それでこういうの上手なんだ。じゃあ、お父さんは・・・」
「うん、ああ、医者・・・」
「すごい、お金持ちなんだ! お家も立派だし」
舞は通されたリビングの、趣味のいい調度品を改めて見廻す。
「開業医じゃないからね。あんまりたいしたことないよ」
「じゃあ、石川くんも医者になるの?」
「ああ・・・、俺、頭悪いから。周りからはよく言われるけど・・・。
――でさ、そんなことより金澤さん、さっきのことなんだけど・・・」
「えっ? さっきって?」
「だから、コスプレの件」
「あっ、ああ、コスプレね」
「クラスのみんなには黙っているからさ・・・」
――ほ~ら、やっぱりキタ。なにを要求するつもりよ。デートしろとか、キスさせろとか言うつもり? まっ、まさか、私の・・・
「な、なあに?」
「あのさ、ちょっと頼みにくいことなんだけど・・・」
ソファーに並んで座っていた裕太が、ソワソワしながら少しだけ体を寄せてきた。
――ヤダ、さっきの戦闘で、私、汗いっぱいかいてるのに。そんなに近づかないで欲しいなぁ・・・
「な、なに?」
ためらい勝ちに裕太が切り出した。
「あの、・・・だ、抱きたいんだ、君の・・・」
「だめよ!! そんなの」
素早く舞がその言葉を遮った。
――えっ? ええ~~~~。なに、やっぱり~~。ちょっといきなり、なんて奴なの~~。ダメよ、ダメに決まってるじゃない。魔法少女の掟10か条の3、「その身の純潔を保つべし」があるんだから! 魔法少女卒業前にクビになっちゃうじゃない。 ・・・って、そんなこっちゃないわ。そんなのなくてもダメに決まってるじゃない。
「どうして? お願い、一回だけでもいいから」
――なによ~~。一回だけって。明かにカラダ目当てじゃな~い。
「だめ、だめだよ。そんなこと・・・」
「お願いだよ。やさしく抱くから・・・」
「だめ、だめ、絶対だめ。そういうのは好きな人じゃないとダメなの! ムリなの!!」
「好きだよ、俺・・・」
裕太が真剣な顔で目を見て言う。舞の顔が赤くなる。
――ウソ、ウソよ。クラスでも今までそんなにしゃべったことないし。そんな素振りすら感じたことないし。・・・でも、石川くん、よく見るとちょっとイケメンだし、お家が金持ちだし、将来医者になるかもしれないし・・・。って、バカバカ、なに考えてんの私!!
「ウソだよ! 好きだなんて、そんなの聞いてない・・・」
「そうか・・・、言ってなかったよね。同じクラスでも、今まであまり話したことなかったし。それに、名前も知らなかったから・・・」
――なんだと~~、好きな女子の名前も知らないってかあ~~。てか、好きなら調べろよ。当然だろ。苗字しか知らないってなんだよ。やっぱりカラダ目当ての変態ヤロウじゃない!
「俺、一番好きなんだよ、君の・・・」
「ウソ!! 信じられない、そんなこと!」
「信じてよ。俺、トイ・プードルが一番好きなんだ! いろんな犬種の中でも。だから君ん家の・・・」
「えっ?」
――なん、だと・・・・・
「俺、知ってるんだ。金澤さん、時々朝早くあの子を連れて、遊歩道を散歩させてるでしょ?」
「う、うん?・・・」
舞が首を傾げる。
「あの子、カワイイよねえ~~。まだ子供でしょ! 俺も朝ランニングしてるんだけど、その時見掛けてさ、抱っこさせてもらおうと思って、何度か声掛けようとしたんだけど・・・。同じクラスでもあんまり話したことないし、キモイって思われるかもって、言えなかったんだよね」
思い出すような目で、宙を見て熱弁する。
「抱きたい、って、モモのこと・・・」
「あの子、モモちゃんていうんだ!! カワイイ名前だねえ~。 ねえ、ねえ、どうしてもダメかな、抱かせてくれない? 一回だけでもいからさ」
――ハハッ・・・・・・。犬ね・・・
「犬、好きなんだ・・・」
「うん、犬だけじゃなくて、動物全般ね。親は医者になれって、言うんだけど、俺としては獣医になりたいんだよねえ」
「へえ~、そうなんだ・・・」
――なんだか、思いっきり一人で焦って、損した気分・・・。 なによ~、人間の女の子より、犬の方が好きなんかい! あんた! ・・・んっ?