その1
勘違い魔法少女が無事16歳の誕生日を迎えると「願い事」が一つ叶います
――その日、石川裕太はツイていた。
ある金曜の深夜、午前1時を少し回った頃。彼は近所のコンビニで、ポテチとコーラ、それから雑誌コーナーで立ち読みの最中に見つけた雑誌、――「いや、決してエッチなヤツではない」とは本人の弁、を買い、帰宅する途中だった。
さすがにこの時間、閑静な高級住宅街であるこの周辺に人影はない。
それはちょうど、彼があの三角公園の近くを通り掛った時だ。とても奇妙な格好をした女が一人、公園の小さな滑り台のてっぺんを蹴ってジャンプし、綺麗に片膝を突いて着地するのを見た。
――え? あれって・・・。 魔法少女?!
♦♦♦♦♦♦
夜空に浮かぶように張り巡らされた白い結界、その中での空中戦。
「今よ、ミンキ、門を開いて!」
魔法少女、舞は振り返りながら、相棒の妖精ミンキに指示を出す。
「まだだ、舞! 奴にもう一撃、与えてからじゃないと無理だ」
猫型妖精のミンキは、くるりと身軽に一回転しながら、妖魔ぴーらの斬撃攻撃をかわした。
「え~、そんな~、もう結界がもたない!」
「いいかい、舞、ソードで奴の体の中心のマナを突くんだ!」
「えへ~、そんなのムリゲーだよ~~」
「やるんだ!」
その時、飛び交う斬撃カッターが舞の左腕を掠めた。舞の表情が一瞬苦痛に歪む。
ついに舞がソードでぴーらのマナを突いた。しかし、反撃して来たぴーらの爪が舞の懐を襲い、魔法少女のドレスが大きく裂け、胸の下からおへその辺りが露出する。
「ううっ!」
舞が苦痛の声をあげて失速し、落下し出した。
「舞!!」
ミンキが叫んだ時、突然、結界に亀裂が入り、周囲の壁がガラガラと崩壊し始めた。
「まずい」
舞を追って降下していたミンキは、慌てて門を開き、ぴーらを封印するために上方に引き返していった。
舞は気を失い、そのまま結界が消え、下界に落下していく。
頬にあたる風を感じて、舞の意識が戻った。地上の夜の闇を裂いて、自分が落下しているのが分かる。頭から真っ逆さまに・・・。眼下に地上の公園が見えた。
「ヤバイ、このままじゃ・・・」
舞は身を翻し、一回転すると、公園のすべり台のてっぺんを蹴り、片膝を突いて地面に着地した。
――助かった・・・
そう思って顔を上げた時、目の前に一人の若い男が立っていた。
「あれ? 金澤さん・・・。君、金澤さんだよね、同じクラスの。俺だよ、石川、石川裕太」
そう言われ、驚いて見上げた。
「えっ? 石川くん?」
――そんな・・・ ダメダメ、魔法少女は絶対に正体を知られちゃいけないんだ。早く否定しなくては!
「あっ、いえ、あなた、どなたですか? ひ、人違いでしょ」
「ええっ? なに言ってんの? ははあ~ん、――金澤さん、大丈夫、心配しないで。君の秘密は誰にも言わないよ!」
――ヤバイ・・・。魔法少女に変身した姿を見られた上に、私の正体までバレてしまったなんて・・・ 魔法少女を強制引退させられる!! それじゃ 魔法少女卒業の時に叶う、特典の「願い事」が・・・
「な、何を言ってるの。私、あなたなんか知らない」
「隠さなくたっていいよ。金澤さんがオタクで、しかもコスプレやっていることは誰にも言わないから。約束する。安心して」
――えっ? 私、コスプレーヤーと勘違いされてる?! 待って、でも、正体がバレるよりマシかも? このままそれで押し通してしまおうか・・・
「そ、そうなの。みんなに知られると、ちょっと恥ずかしいから、内緒にしてたんだぁ。ああ~、バレちゃったかぁ~」
裕太は然もありなん、といった表情で頷いた。
「やっぱり・・・。でも、意外だなあ。金澤さんがねえ。しかも、魔法少女のコスプレって・・・」
「そ、そうかな・・・。意外だった?」
「うん。おまけにこんな夜中に、一人でキャラになりきる練習までして。ほんとに好きなんだね」
「アッハハー、そ、そうなんだよね~」
――別に好きじゃねえし。なんだよ、コスプレって。こっちは毎晩、命がけで世界のために戦ってるっていうのに・・・
「でもさあ、俺、そういうのよくわかんないんだけど・・・。コスプレの衣装って、大胆って言うか、その、けっこうエロイんだね。あっ、いや、その、それが悪いとかいうことじゃなくて・・・」
「えっ? エロイ?」
言われて舞が視線を落とし、自分の姿を一目見て赤面した。ぴーらとの戦闘で、ヤツの爪が胸からお腹の下あたりまで、コスチュームのドレスを大きく引き裂き、おへそがまる見えになっていた。それどころか、胸のあたりの裂け具合で、白いブラが少し覗いて見えている。
「イヤあ~~、なに~、見ないで~~」
顔を真っ赤にして、舞が身を屈め、両腕で前を隠して後ろを向いた。
「あの、い、石川くん、ちょっとだけ、後ろを向いていてくれるかなぁ」
彼に背を向けたまま、舞が言った。
「どうしたの? 急に。 だってさ、そういうのって、『見せてもいい用』のモノなんでしょ?」
「ち、違うの・・・。これは違うの・・・」
「えっ? そうなの? なんで?」
慌てる舞とは裏腹に、裕太は怪訝な顔をしている。
「だから、どうでもいいから、ちょっとあっち向いて眼を閉じてて!!」
「そうか! 今日は夜中に一人での練習だから、そういうんじゃなかったんだ。ごめん、見ちゃって」
「もういいから、早く眼を閉じて!」
「あ、ああ、わかった」
裕太が眼を閉じて、後ろを向いた。その瞬間、眩く周囲が輝いたのが、目を閉じていてもわかった。
「も、もういいよ」
言われて裕太が振り返って舞を見た。変身を解いた舞が制服姿で立っていた。
「何? 今の光・・・。えっ? 制服持っていたの?」
「こ、これは早着替えよ。コスプレーヤーたる者、いついかなる時も、一瞬で着替えられないとね」
「へえ~、そうなんだ。ほんと、一瞬だったね。凄いんだ、コスプレって」
――なんてことは絶対にありません。 ・・・って、信じちゃうんだ、石川裕太。チョロすぎない?
「そ、それより、石川くんこそ、こんな夜中に何してるの?」
「ああ、俺はそこのコンビニまでちょっと買い物」
「家、近所なの?」
「ああ、うん。すぐそこ」
「へえ~、いい所に住んでんだ」
舞が辺りの立派な住宅群を見廻して言った。
「別に、そうでもないよ」
その時、気が付いた裕太が、真剣な顔で舞の腕を見ている。
「あの、金澤さん・・・、腕から血が出てるよ・・・」
半袖シャツの袖から伸びた、左の二の腕の傷口に、薄っすらと血が滲んでいる。さっき、ぴーらの斬撃が掠めた時に付いた傷だ。
「ああ、大丈夫、これくらい。よくあることだから」
「ダメだよ、ほっといちゃ。俺ん家、ホントにすぐそこだから来て。手当するから」
「ええっ、そんな、いいよ。大したことないから、大丈夫」
「ダメだよ、化膿したら大変だよ」
裕太は舞の右腕を掴んで、半ば強引に引っ張って行った。
「こんな夜中に、家の人にも迷惑だから、いいよ、大丈夫だよ」
「平気だよ。今日、家に誰もいないから」
「ええ~、そうなの?」
――ちょ、ちょっと、誰もいない家に連れ込んでナニする気よ~~