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8.最後の時

「わたし、学校で上手くいってなくて。前にも話したし飛鳥は知ってるんだけど、ちょっと不登校気味なんです。推薦とか絶望的なくらいに。でも、ここでは本当の自分になれた。だから……だから、ごめんなさい。笑顔でさよならって言えなくて……LSOが無くなっちゃって、みんなと会えなくなっちゃったらって思って、ほんとは……ほんとはイヤ。みんなとお別れしたら、明日から私のいた世界が無くなっちゃったら、わたし……」


彼女の声は震えていた。本心からゲームの終了が名残惜しいのだろう。強い思い入れがあったことが伝わってくる。

LSOでのキャラクターの仕種に涙を流すモーションは存在しないが、ここにいる皆の耳に聞こえている彼女のボイスチャットは悲しみに溢れていた。

無理もない。と、ここに居る誰もが彼女の言葉を理解する。

オンラインゲームで遊ぶ人間の中には彼女のような事情を持つ人が少ないわけではない。

当たり前のようにあったもう一つの自分の世界。辛い現実を逃避して、なりたい自分になれるゲームの世界。

何百、何千という時間を費やして没頭し、人によってはそれ相応の課金をして有料コンテンツを買う。楽しみも苦しみも振り返れば無限に浮かんでくる。

強くなって困難なクエストを誰より早くクリアするため、ゲーム内での便利な生活を彩るため、あるいは人と人との繋がりを感じていたいがため。

目的はそれぞれ異なるが誰しも同じゲームに入れ込み、同じ時間を少なからず共用してできた仲間たち。

それらが今日、すべて消えて無になってしまう。


「うっ、うっ……わたし、ご、ごめんなさい……」


キャロが悲しみ、仲間たちとゲームとの今生の別れを受け入れられない痛みは全員同じだ。

同じ気持ちを大なり小なり抱いているには違いない。それでもここにいる皆は受け入れて、この世界を卒業することで前に進もうとしているのだ。


「キャロさん……」


沈黙してしまう一同に引っ込みがつかないでいるキャロ。

彼女とて最後の最後でそんな空気に場を包みたくはなかった。それでも、もどかしい気持ちを偽ったまま消えてしまうことが許せなかった。誰にもどうすることもできないのは解っていたことなのに、言わずにはいられなかった気持ちを吐露してしまったのだった。


「わかるよ。僕も同じ気持ちだ」

「バーレッドさん……?」


誰もがかける言葉に悩んでいたが、キャロの隣に来て沈黙を破ったのはバーレッド。

彼女のか細い肩を撫でるモーションを選びながら、


「でも大丈夫。君ならやれるよ。君が頑張っているのは僕たちみんなが見てきた。だからどうか、元気で、前を向いて欲しい。それが一番だって君も本当はわかってる。溢れちゃったのも君らしさだし、僕たちは誰も君を責めないよ」

「……はい」


間を置いて落ち着いたようだ。寄り添うバーレッドにキャロも三度頷いて泣くのをやめる。

鼻をすする音が小さく聞こえるが彼女の返事は先ほどよりずっとしっかりしていた。



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