6.翼蛇の杖
日本時間の二三時四〇分。一月三一日。
LSOサービス停止まで二〇分を切った頃。
「しっかしこんな形でLSOが終わっちゃうなんて思いもしなかったな~。やっぱり嘘でーす。ってならないかなぁってずっとさぁ、夢オチ希望してるわ、俺」
「私もです。これからどうしよう。新しいゲーム始めるって言っても、ここの思い入れが半端なくって」
「そうですよね……やっぱり寂しいなぁ」
自由参加型ギルド・翼蛇の杖の活動最後の日。
翼蛇の杖に所属するメンバーはいつでも出入りが自由で、お喋り好きのチャッターが多いこともあり元から集まりが良い方だった。
ヴァロランドの公開処刑を恐れてすぐに退会してしまったメンバーもいるにはいる。
だが、サービス終了が告知されてから変わることもなく遊んでいるプレイヤーがよそに比べてこのギルドにはまだ残っているほうであった。
最終日の今日もリアル学生組は一八時頃から、成人組は二一時頃からログインしていたし、それ以外の参加者も好き勝手に現れたり去ったりしていた。
ここに今残っているのは、終了を見届けてから眠りたい。と思っている数名だ。
「せめてストーリーだけでも最後まで見たかったんだよなあ」
「ねー。本当にそれだよ! キャロと私、まだレベルも50いったばっかりだし行けるとこやっと増えてきたとこだもんね」
「まあ他のゲームで活かすとするかなぁ」
「他って、LSOの次に何やるか決めてるの?」
「まだ全然。オススメとかあります? 出来ればチャットが盛んな所がいいなあ。でも出会い系とか変なのに誘われないとこで広告も微課金で消せるとこ……」
「ふん。愚か者共め。我のように堂々と構えてはおれんのか」
「あっ、キリシマさんは最後までその痛いキャラ貫くんすね。笑える」
クエストを受けようにもあと十数分も無く、得た報酬を受け取っても使用することがない。
翼蛇の杖のメンバーは皆、思い思いの談笑をかわしながらサーバーが停止する二四時を待っていた。
チャット欄に名前が残っているのは、ギルドマスターのキリシマと、副リーダーのスクルージ、その下にバーレッド。この三人はギルド内でもレベルが一番高く三人ともに90とカンストしている。
魔法職に強いこだわりを持ち、キャラクター設定に忠実なプレイスタイルを貫く……いわゆるこの世界で作ったキャラになりきったロールプレイを徹底しているキリシマと、実生活では嫁に隠れてこっそりログインしていたという会社員のスクルージ、別のギルドに所属していたが最後まで一緒にLSOを楽しめる人を探して三ヵ月ほど前に移籍してきたバーレッド。
全員レベルカンストに恥じない実力者でもあり、最終日までの一ヵ月はモンスター討伐ランキング上位にも載り続けていた。(遊んでいる人が少なくなったともいえなくはないのだが)
キリシマがふんぞり返っているソファの反対側にいておしゃべりに夢中になっている四人組があとの現存メンバーだ。
レベル順に並ぶキャラ名一覧には、キャロと飛鳥、かなで、全自動卵割り機の四名の名前が続いている。
この中の誰よりも残念そうに話しているのが飛鳥で、彼女はキャロと同じ学校に通っている学生らしい。ボイスチャットにキャッキャと響いている二人の声は確かに若い女子たちのものだ。
彼女たちはキリシマ達ベテランの成人勢に比べ、プレイ時間が圧倒的に短い。
LSOを始めてようやく勝手がわかってきたようなひよっこ上がりで全員50~60手前のレベルが名前の横に表示されている。
飛鳥とキャロは特に、あろうことかヴァロランドの公開処刑動画を見てこのゲームを始めたとさえ言っていた。
キリシマやスクルージはそれを「度胸がある奴らだ」と面白がっていたが、真面目なバーレッドは正直気が気でなかった。
いつヴァロランドの公開処刑の標的になるかもわからない状態で面白がって遊び始めた初心者なんて、相当肝が据わっているとも思うし、ゲーム内での出来事であればある程度上級者の自分たちが守ってやれるにしてもヴァロランドの脅威はそうではない。
何かあったら親御さんになんて言おう。と、毎回ひやひやものだ。
そんな心配を今日これまでしてきたが、幸いにも翼蛇の杖が処刑の対象に選ばれることはなかった。
もっとも、事件の終結がサービス終了という点では不幸中の幸いだろうか。
彼らがギルドの門を叩いた日のことを振り返って、バーレッドは溜息をついた。