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38.買い直した館で

***



「キリシマさん! それにスクルージくんとにバーレッドくんも……? よかったぁ! 皆さまご一緒におかえりなさーい!」

「ご無事で何よりでございます、キリシマ様。お二方も」

「ご主人様、おかえりなさいませーー!」


ダンジョンから持ち帰った宝を売り得た資金を使い、買い戻した屋敷。一行を待っていたのはかつてゲーム時代に雇用していた数人の手伝い屋たちだった。

キリシマに所有権を放棄されたあとの屋敷はそのまま買い手を待つ状態で放置されていたらしい。手伝い屋の彼女たちはサービス終了で主が戻らぬことも買い手がつかないことも知らず、健気にも屋敷の整備を続けてまっていてくれたようだ。

埃も塵も一つとして見当たらない、清掃の行き届いた玄関で最初に出迎えてくれたのは数名の使用人。

スクルージが外見設定をした褐色肌に金髪を二つ縛りにしたギャル風のメイド・タフィーと、きっちりとした給仕服に身を包んだ厳しそうな目付きの手伝い屋第一号ことメイド長のジェイリー、それからジェイリーに憧れて参入した設定のピンク髪の少女メイド・ピュア。後ろの二人はキリシマが主である。


「悪い悪い。急に留守にしてごめんな」

「まったくですよ~! まさかウチらほっぽってどっか行っちゃうなんて信じらんないです。ねぇ? イオリさん?」


主であるスクルージが簡単に謝罪するとタフィーは友人と接するような態度で彼を小突き、奥で見守っていた男装の使用人へと同意を求める。

イオリという男装の麗人はバーレッドが屋敷に連れてきた手伝い屋だった。彼女はルタを見るなり役者のような身振りで彼に近づき、


「ルタ! 君は一体報せもくれず今までどこに行っていたんだい? 心配したんだよ!」

「ひ、ひええ。すみませんイオリさん……ご主人さまの命令で買い出しに行ってたんですう」


イオリがルタの背中をバシンと叩く。男勝りな先輩の力強さにルタはよろめくが、仲間の使用人たちと合流できたことに心底安心しているようだった。

ルタだけではない。ここに集まった全ての人物が、自分たちが作り上げ長い時間を費やして築いてきた大切な拠点に戻ってこれたこと、突然姿を消してしまった仕えるべき雇用者たちが戻ってきたことにそれぞれ胸を撫でおろしていた。

ここでは顔を見せていないがキリシマたちが帰還したことで普段通りの生活が戻り泣いて喜んでいる若い使用人たちも部屋の中にはいるだろう。


正直、一時の思い付きでこの環境を手放した張本人ことキリシマは、館を見るまですっかり手伝い屋たちに合わせる顔が無いと縮こまって黙っていたのだが、歓迎ムードで出迎えてくれた彼女たちを見てほほ笑まざるを得なかった。

何より彼はギルドの筆頭にしてこの館を購入した大主様である。皆自分の名を誰よりも最初に呼び頭を垂れるので、彼らの為にも堂々としていなければ面子が立たない。

元来キリシマ・ウィンドグレイスというキャラクターは威風堂々と闊歩する、勇ましく少し傲慢で心優しいリーダーという伊達エルフ様なのだ。

それを念頭に置ければキリシマは再起する。そう、何度でも。キリシマとして演じ続けられる。


「バーレッド、ルージ。ルタ……それにお前たち皆、もだ」


一同の視線を集めるように片手を挙げ、決意を込めて息を吸う。


「我は戻って来た。また此処から全てを始めよう。今、『翼蛇の杖』の再誕を宣言する!」


吸った息を溜めて一気に吐き出すと同時に宣誓。清々しい声音に決め台詞。したのだが、


「……ぷはっ。まだやってんのかよそのダッサいの」

「だ、ダサいとはなんだ?! ルージ貴様……!」


おまけの決めポーズをとり大袈裟な台詞を発したが途端、スクルージは笑いながら彼の肩を掴んで無理矢理組ませる。彼の快活な態度に一同を振り見ながら突っ込みを入れ、急に気恥ずかしくなって俯いてしまうキリシマに続けてバーレッドも肩組に加わった。


「いいじゃないですかスクルージさん。キリシマさんはこうでないと、ですよ」

「それもそうだな!」

「なれなれしいぞ貴様!」


館の再購入によって寝床と食事の心配は解消された。使用人たちが皆真面目に働いてくれるお陰で、問題が起こらない限りこの先の快適な暮らしは約束されている。

お金に関してもダンジョンから持ち帰った宝物を諸事に捌いてまだ備蓄ができるほどには十分ある。これに関しては今現在は。の話であり、そのうちまた金策を考えるか預けたお金を引き出したりする方法を編み出さなくてはならないだろう。

そのときはキリシマにも頼りになる仲間がいる。バーレッドやスクルージはもとより、ルタも今となってはどの手伝い屋よりもレベルが高く戦闘能力を持つ頼もしい一員だ。

キリシマが後衛を、ルタが回復役を、バーレッドが中衛と奇襲を、スクルージには壁役を。それぞれの役目がはっきりしているこのメンバーで、個性を活かした立ち回りを意識すれば以前の戦い方も再現できるかもしれない。


しかし、「この世界で生きていく」と、いう点での心配はないが、「ログアウトして元の世界に戻れるか」ということに至っては何一つ打開策はない。当初の目的を忘れていたというわけではない。

背景の宝を盗めば運営が動いてくれるだとか、手伝い屋を戦闘パーティに加えるというイレギュラーな行動を起こせば何かしらの処置をされると思って行動していたのだが、そこには警告の赤文字すら現れることはなかった。これではふりだしで突っ立っているのと変わらないだろう。


「……さて」


いつまでも買い戻した愛しの我が家の外観を眺めているばかりではいられない。異世界と化したゲームの中で生活していくためにこれからやること、やらなくてはいけないことが山ほどある。息をしているだけでも時間は惜しい。すぐにでも忙しくなっていくのだ。

キリシマは新調したマントを翻して館の中へと入っていった。手伝い屋たちに指示を出す時間だ。





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