33.回復役
「────!!」
キリシマの詠唱する声に反応したらしい黒鎧の男がバーレッドを一旦強い力で突き放し、魔法使いの呪文発動を阻止すべくキリシマへと片腕をぐんと向ける。伸ばした手の指先に白い光が現れる。上級の前衛職が扱う呪文打消し(ディスペル)を放つつもりだ。敵は遠距離の魔法攻撃への対処も会得しているらしい。
敵の行動を判断したバーレッドは、咄嗟に握っていた剣を左手に持ち替える。それと同時に腰に提げたもう一本の和刀を抜いた。
「そうはさせませんよ! 夜衣の月蝕!」
和刀を右手に左には西洋の長剣。二刀流スタイルとなった彼の瞳の色がじわりと変わってゆく。翡翠色だった瞳のうち下部にだけ滲んでいた赤が瞳全体に煙のように立ち上って浸食したかと思えば、たちまち瞳孔の奥は血のような赤一色となり、
「ぐ……──ッ!」
黒鎧の男の腕を刀の先で弾き指の骨を折る。敵の行動を制止し、キリシマを狙った打消しの詠唱をキャンセルさせる。
相手の手を弾いて即、そのまま振り上げた刀を黒鎧の男の脇へ目掛けて突出。続けて反対の手に握る洋剣が敵の胸を滑るように這い顎へと上げられるが、敵も重装備とは思えぬ身のこなしでかわしてしまう。
バーレッドはさらに敵を追う。飛躍的な筋力の増強により反応速度を上げた彼は、止むことなく次の一撃を左右から振りきっての連撃として敵へ浴びせる。それが受け止められればさらにもう二連撃。
「あっわわわっ! 小回復! 小回復! ま、間に合わないですう……!」
対する敵からの斬撃を避けることなく間合いを詰め続け、敵の目標を自身から外さないよう立ち回るバーレッド。
弾かれて起きる重い反動も、黒鎧の男の斧の切りつけも、すべての攻撃を受けている彼のHPはみるみる激減していく。慌ててルタも回復魔法を繰り返す。MPが足らなくなったら補給薬を飲めという指示も思い出し、バッグの中から引っ付かんでは水のように口に運んでまた運んで。
薄暗い洞穴路にオレンジ色の火花が散る。ギィン。と、前からは鉄を弾く刃の音。斧の一振に抉り取られた地形を蹴り、バーレッドの妖刀が鎧男の片腕を掠めた。黒鎧の男はいまだ黙ったまま、厳しい気迫と怪力で彼を押し返し大きな半月を力任せに叩きつける。
表情はまるで見えない。感じ取れるのはヘルムの奥にいまだ隠されたままのとてつもない殺気のみ。
その殺意を浴び続けるバーレッドは嬉しそうだった。攻撃を受けるたびに力がみなぎるようで享楽にふけった狂人となっていた彼は獲物に狙いをさだめた獣のように舌舐りをし、
「──いいねェ! ほら! いきますよ!!」
「────……!」
触発に吹き飛ぶ意識。彼の瞳の赤は猛々しく燃えている。
間一髪だった。黒鎧の男の斧がめり込んだ壁が崩れ、天井がみしみしと軋んで悲鳴を堪えた。派手な瓦解が起きる。崩壊。震動が伝う空間に怒号を撒いて、地下迷宮を解体する鑿岩機が暴れまわる通路は段々と石屑で道幅を狭めていく。
岩の霰の隙間を泳ぐようにぬって駆け寄るバーレッド。一度自ら突き放した黒鎧の男目掛けて走り出せば、再び首を狙って飛び掛かる。強襲。唾呑のための呼吸さえも捨てて、強欲な刃の舞いを敵へと浴びせ返してゆく。彼は殺意に囚われたように戦っていた。




