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5月24日(月曜) 忍び寄る悪夢③

「先輩、真面目に対策考えるなら、こいつらが音に反応するっていう新情報、かなり大きいですよね?」

「ええ、まぁ、そうね……。佐野君、どうかしら? この、ゾンビか吸血鬼みたいな奴は、音にだけ反応しているのか、単に音に敏感なだけで視覚も普通に持っているのか? どっちの印象?」


 白峰は特に興奮するふうでもなく、至って真面目に、淡々と質問してきた。


「あ、ああ。そうだな……。断言はできないけど、多分聴覚だけだ。視覚があったとしても優先度は大分低いんじゃないか、と思った」


 気乗りはしないがとりあえず答えた。

 白峰に頼られて嬉しい気持ちも……、ないと言えば嘘になるが、暴走する列車の脱線に加担してしまっているような複雑な心境だった。

 秋が過ぎたあと、結局何も起こらないことが分かったときに、皆を煽った白峰が非常にバツの悪い思いをするのではと危惧される。


「先輩、あとそれと、こいつらが人を襲うスピードなんですけど。佐野先輩はとにかく速いってことを強調してますけど、人間を一人ずつ襲っていくテンポはそんなに速くないですよね?

 瞬きする間に移動して、しかも倍々ゲームで増えていくとしたら、二、三分もあれば学校中こいつらで埋め尽くされてるはずじゃないですか。

 組み付いてから完全に捕食するまでと、次の標的を定めるまでに、それなりの時間を使うってことでいいんですよね? 結構勝ち目あると思いますよ、私」


 まず磯辺のいう〈勝ち〉とは何かをはっきりさせる必要はある。

 だがまあ、ゾンビもどきの脅威度に対する分析自体にそれほどの違和感はない。

 確かに、万が一夢が現実になった場合を想定して、備えておきたくなる気持ちも分からなくはないのだ。

 ネットに書かれていた他の夢のように、ただただ膨張していく闇だとか、身体が溶けていくとか、身の処しようのない類の夢であれば、そんなことが現実になったとしたら一巻の終わり、という話で済む。

 だが、俺の夢に出てくる脅威が、なまじ逃げ隠れできそうなものであるだけに、こういった議論をする余地が生まれてしまうのだ。


「この、バシャリと水が床に落ちるような音、っていうのは何だろうな? 同じゾンビみたいになる場合と、それに適合しなくて肉体が弾ける場合とがあるってことでいいのか?」


 広瀬が俺の書いた一文を指でトントンと叩きながら言った。


「身体が液状化するって、アニメとかじゃ見るけど、実際現実の世界で起きるとなると、どういう物理現象なの?って感じよね」


 吉岡の言っているアニメと同じものかどうかは分からないが、そういった描写をされる作品には俺も覚えがあった。


「分からん。そうなる瞬間や結果は見たわけじゃないし。襲われた人間の身体が水みたいに変わって落ちてるのかもっていうのは、ただの想像だ。

 もしかしたら、掲示板に書いてあった別の夢の話から影響を受けて、それが夢に出てきたのかもしれない」

「あー、ほら。やっぱ言ったじゃん。佐野が読むネットの情報は遮断しといた方がいいんじゃないかって。今さらだけど」


 俺は所詮夢は夢に過ぎない、という極めて現実的な可能性を思い出してもらおうとして適当に喋ったのだが、吉岡がそれを上手く拾ってくれた。

 これでどうにか会話の方向性を修正できればいいが。


「あのぉ、その辺もはっきりしてないんですけど、後付けで夢の内容が変わるってこともあり得るんでしょうか? だとしたら、それはそれで利用できるかもしれませんよ?」


「どういうこと?」

「佐野先輩にとびきりハッピーな結末をイメージしてもらうんです」


「おお、メタっぽいねー。イソッチそういうの好きそうだよな」

「えへへ、好きですぅ」


「できることなら、それより先に、すでに佐野君が夢で見てしまった未来を、佐野君自身や私たちの行動で覆せるかどうかをはっきりさせたいところだけど」

「えっ? できるだろ? できないの? 俺、もう夢の内容聞いちゃったしなあ。逆に、サノヤスが見たとおりに行動する自信ないぜ?」

「そんなこと言ったら私だって。なんで私が佐野に抱き着いたり、手を引いて歩いてもらわなきゃいけないのかって話よ」


 やはり、ずっと不満に思っていたのだろう。

 吉岡が本気でムッとしたようにこちらを睨んだ。

 夢の中で見る吉岡と現実の吉岡では様子がまるで違う。


「あのぉ、もしかして白峰先輩が言ってるのは、そもそも学校にゾンビみたいなのが現れないように未来を変えるってことですか?」

「明確な元凶が分かって、それを取り除けるのなら、その方法でもいいんだけど……。大騒動になって沢山被害が出る前に、避難プランを全校生徒に告知しておけば、どう変わるだろうって……。思い付きだけど」


 なるほど。夢の中では広瀬が下級生相手に口を塞ぐジェスチャーで必死に伝えようとしていたが、最初からその対策が知られていれば、騒動が起きた初動で、もっと適切な行動を取れるかもしれない。

 問題はどうやってそれを全校生徒に伝え、信じさせるかだが……。

 見た当人の俺ですら実現を信じていない予知夢のことを、クラスメイトや教師から白い目で見られることを覚悟で吹聴して回るだけの価値が、果たしてあるだろうか。


「いいと思いますけど、タイムトラベル系のSFだと、そういう行動をすると、大体何か不思議な力が働いて、結局同じ結果に収束しがちですよね」

「いいじゃん、それでも。やってみようぜ? そうなったらそうなったで、凄ぇじゃん」

「えー、本当にやるの? 寒くない?」


「いいえ先輩。熱いです。これは熱い展開ですよ! 未来からのSOSをキャッチして、世間から疎まれていたオカ研メンバーがこの学校を……、いいえ、世界を救うんです!」

「別に、疎まれてはいないけどね」


 鼻息を荒くする磯辺に対し、まいったなという表情の吉岡。


「未来からのSOS……」


 白峰が磯辺の言葉を反芻するようにして呟く。

 ネット上で予知夢説を推す者たちに人気があるのが、今磯辺が言ったように、最悪の結末を回避するために、過去の自分に予知夢を見せているのではないか、という筋立てだった。

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