龍、己に酔う
森の中、龍が徘徊していた
「縄張りは特に問題ねぇな」
彼の名はエルドラド、その名の通り身体が黄金の鱗で覆われている龍だ
「さて…見回りも終わったし、あいつの様子でも
見に行くか。どうせいつもの場所に居るんだろう」
そう言って、鬱蒼とした森を出た
森を出ると一変、眩しい光が彼の瞳を焼いていく
「おぉ、眩しい眩しい」
思わず彼は目を覆う
「さて、川は何処だ?」
半開きの目で辺りを見回す
「あったあった」
彼の近くに川が流れていた、森から流れる水が
下へ下へと下っていく
彼はその川に沿って重厚な足を使い歩く
「…やっぱり居たか」
彼の視界に幼い少女が映る
彼の足音に気づいたのか、こちらを向く
その瞬間、飼い主を見た子犬のようにこちらに
走ってきた
抱きしめ、彼の厚い胸板に頬を擦る
「エルドラドっ、エルドラドっ♪」
「落ち着け、幻」
幻と呼んだ少女の頭をエルドラドは軽く撫でた
「今日も曲作ってたのか?」
「今日は普通に遊んでた」
よく見ると彼女の服が湿っている
「…お前、川に入ったのか?」
「うん」
それを聞いた彼は少ししかめっ面をした
「…あ!もうあんな事しないから!お、怒らないでー」
過去を思い出し、ぷるぷる震える幻
「でも気をつけるんだぞ、まぁもしもまたあんなことになったら助けに行くさ。俺はお前の番だからな」
口角を上げながら言うエルドラド
「…あっ、そうだ」
「あ?何だ?」
「明日さ、神社で宴会するんだって。エルドラドも
一緒に行こうよ」
「…俺が?」
「うん」
彼はしばらく言葉を探す
「…hehe、俺はちゃんと宴会に参加してるぜ?」
「…え?嘘だ!その場にいつも居ないじゃないか!」
「遠くから参加してるんだよ、遠くからお前らの騒がしい音を聞いてるんだ…huh?」
幻を見る、頬を膨らませていた
「…okay okay、ちゃんと参加すれば良いんだな?
それでお前は満足するんだな?」
幻は頬を膨らませるのをやめる、そして小指を彼の指に絡ませた
「約束ね」
「・・・」
「それじゃあ、またね」
彼女は指を離す、そしてその場から去っていった
エルドラドは動かしている指を見て
「・・・約束、守らねぇとなぁ…」
次の日、陽が落ちる刻、龍は神社に現れた
「…さて、この鳥居を通ってと…出来上がってんな」
目の前にあったのは騒がしい光景
「…エルドラド、来たんだ」
「あぁ、上の姉ちゃんか。まだ夜も始まってないのに
みんな酒呑んで謳ってんじゃねぇか」
「バカ騒ぎするのに時間なんて関係ないからね」
「まぁ、いつもは静かなこの神社がこんなに騒がしいのも面白いっちゃあ面白いな」
「ここに人間ほぼいないけどね」
「…妹達はどうした?」
「向こうで遊んでるよ」
彼女、叡智が指さす先には妹達が遊んでいる姿が
あった
「なぁ、エルドラド」
叡智は真剣な表情をする
「あ?」
「…誰かと7秒以上顔を合わせて会話したことはあるか?」
「いきなり何の話だ?」
「・・・7秒以上顔を見て会話した人とは
心理的にセッ(騒音)が可能らしい」
「真剣な顔してバカなこと言ってんじゃねぇよ。
ahh…今んところ姉ちゃん達と幻ぐらいかな」
「私もそのぐらいだな、そこで私は思ったんだ
妹達の初めては私が奪うしかないっt」
「お前よくそれで妹にしばかれないな」
「しばかれる…?あぁ、一回だけ寂滅に首すじ蹴られたよ」
「あぁ…?下の姉ちゃんがそんなことをするほどなことしたのか?逆に気になるぜ」
「前妹達と星を見に行ってさ、そこで流れ星見つけたんだよ」
「流れ星に願いでも頼んだのか?」
「あぁ、もちろん。妹達が可愛いお願いしてさ
私も流れ星にお願いしようとしたよ」
「どんな願いだ?」
「妹とs…」
「お前は何を言っているんだ」
「妹に興奮しないとか無理なんじゃないかな。
凄い可愛いし肌すべすべだしあったかいし
もふもふしてるしもちもちしてるし」
「…妹はそんなお前にどう反応するんだ?」
「寂滅は可愛い反応するよ、私が後ろから抱きしめるとちょっと顔赤くするんだ」
「おん」
「本当に私で全てを包みたくなるような可愛さでさ」
「…おん」
「それで寂滅は私の方に体を向けてもっとねだってくるだろう」
「…おん?」
「それまでは押し倒さないように自我を保たないとな…」
「お前はどう足掻いてもシスコン発言に陥るんだな」
「貴方は逆に幻に興奮しないの?」
「あー?」
エルドラドは掠れ笑いをする
「興奮だなんて感情あるわけないだろうがよぉ」
「…本当に?」
「あぁ、本当さ。…おっと、妹達のおでましだぜ」
幻達が彼らのもとに来る
「エルドラド〜、来てくれたんだ」
「約束を守らんわけにはいかないからなぁ」
彼はにししと笑う
「…幻、彼は興奮しないと言っていたんだが本当か?」
「え?普通に興奮するよ。昨日ちゅーせがんだら
顔赤くしてたもん」
「ぐぉっ!?」
「おやおや〜?矛盾が生じておりますなぁ〜?」
姉二人が囃し立てる
「幻、そういうのは言うなって言っただろ?」
「別にちゅーぐらい良いじゃん」
「だがっ…あのなっ…」
「ちゅーする時貴方いつもあわあわするよね、可愛い」
「かわッ…いいッ!!?」
「ほら〜今もあわあわしてる〜♪」
「てめー…覚えてろよ…」
エルドラドは顔を押さえる
「…おっ、夫婦で仲良くやってんなぁ?」
彼らのもとに歩いてくる者
「アビスか」
「ほらほら、折角来たんだからお前らも盛り上がれよ
あっちで呑もうぜエルドラドさんよ〜」
「うおっ、引っ張るんじゃねぇ!」
「ありゃりゃ、アビスもお酒で酔ってるっぽいな〜」
「…まだ宴会は始まったばっかりだよ!
私達もあっち行こうよ゛ッ!?」
幻を何者かが押した
「ファントム…珍しいなここに居るなんて」
「あー、昨日魔法使いが来て折角だから参加したらどうだって言われたから来た」
「お姉さん達は?」
「あっちに居るよ、さっきさ姉さん達に3の数だけ
アホになる一発芸したらエニグマ姉さんが吹いたんだよ!」
「ほぅ、あいつでもそんなことがあるんだな」
「・・・お前はいつから私が吹いたと錯覚していた?」
「何…だと…」
ファントムの背後からエニグマが現れる
「まぁ、あれ面白かったけどさ」
「ほんと?わーいやったー」
次にエニグマは叡智に言った
「なぁ、叡智」
「何だ?」
「前…寂滅に首根っこ蹴られてたのにすげぇにやにやしてたが…何でだ?」
「変態だから」
「ど直球だな」
エニグマはしばらく考えてみる
「…なぁライト、私のこと殴ってみてくれ」
「え!?」
「叡智が感じたものを私も感じてみたいんだ」
彼女の妹であるライトはどぎまぎした後…
「や…やだよ、別に変なことされてないのに殴るなんてさぁ…撫で撫でならしてあげるからさ」
そう言ってライトはエニグマの頭を撫でる
「・・・・・妹ってたまらんなホンマ」
「だんだん姉さんの血顕になってない?」
「そうだ!エニグマ姉さんあの一発芸やろうよ!」
「あれ?本当にやるのか?」
「うん!」
「何の一発芸?」
「…じゃーん」
ファントムが持ってきたのは饅頭だ
「姉さんにはこの二つの饅頭を食べてもらって
三人にどっちがわさびてんこ盛りの饅頭なのかを
姉さんの表情で判断してもらいます!」
「さらっと残酷なこと言ってるぞ妹」
「それじゃあ姉さんはいこれ」
「・・・」
エニグマは渡された饅頭を口に入れる
「・・・・」
「…うーん、流石はエニグマさんだね、表情が全然
変わらないや」
「じゃあこれが饅頭壱ね、はい姉さん次」
「・・・」
「・・・ファントム、わさびの量はどんぐらいにしたの?」
「え?あんこの代わりにわさび入れたの」
ブボォォォォォォォォォォ
「「吐いたーーー!!」」
「ぷふっ…こりゃ酷い…w」
「ダメだ…何か面白い…w」
「ぷぷー…ぷー…w」
三人はわさびに悶えるエニグマを前に失笑した
「グォォォォォォォォ!!!」
雄叫びが聞こえる、空気を、地を揺らす
「わぁ、エルドラドってばすっかり酔っちゃってる」
エルドラドの盃に酒が注がれると、彼はガボガボと
口から漏らしながら呑む
「アンタ呑みっぷり良いじゃない、気に入ったわ」
神社に住む巫女、イージスの手には一升瓶が
握られていた
それを受け取り、栓を抜き、一気に飲み干す
「ガァァァァァ!!」
そう吼えると瓶を投げ捨て酒樽に向かう
「まだまだ呑み足りねぇぞぉ!!!」
そう言うと、頭を思い切り振り酒樽に穴を開け
そのまま中身を呑む
「ヒューヒュー!やっちまいなよ!!」
周りに居た妖怪達が囃し立てる
「…何だぁ?もう空っぽなのかぁ?!」
酒樽を飲み干した彼は樽を投げ飛ばす
「うわっ、危なっ!!」
慌てて避ける叡智達
「あれ以上やったらここ破壊しかねないなぁ」
「だとしたら八岐大蛇みたいに誰かがやっつけそう」
「…ふふふ」
幻は笑った
「ん?」
「…いや、彼すごい楽しそうに騒いでるなって
昔の彼とは本当に違うなって、変わったんだなって
ちょっと…嬉しい」
「エルドラドさんはどのくらい力がおありでぇ?」
「あぁん?試してみるかぁ?」
彼は周りに居た妖怪を全員持ち上げる
「おらっ!お前ら軽すぎるぞぉっ!」
「うおおっ、こりゃ凄い!!」
「グハハハハハ!俺に出来ぬことなぞないのだァ!」
エルドラドは大きな声を出して笑う
今の彼は、いつもの彼とは違って見えた
まるで、酒に溺れ馬鹿騒ぎをする人間のようだ
「さて…これで元に戻ったな」
騒霊達は宴会後、神社を綺麗にしていた
「いや〜、毎回掃除の手伝いしてもらって助かるわ」
「まぁ、この場所を提供してるのは巫女だからな」
「・・・アンタらアレ連れて帰れるの?」
巫女は指をさす、その先には鳥居に寄りかかる龍が
居た
「あー…なんとかして連れて帰る」
「そう…酒を呑んだ瞬間豹変したから驚いたけど
あれも人間味があって面白かったわ」
「そう…だな」
「エルドラドー!起きろー!帰るよー!」
幻がエルドラドの体を揺さぶる
「・・・お…おぉ…いつのまにか終わってたんだな」
ふらりと立ち上がる
「それじゃあ…帰る…かぁ…」
よろよろしながら、翼を動かす
「え!?空飛んで帰るの!?」
「あぁ?当たり前だろぉ?空飛ばなきゃ冥界に
帰れないだろぉぅがぁ…?」
「だっだけどっ、そんな状態で空飛ぼうだなんて
したら…」
グキリ
彼が飛ぼうとした瞬間、彼の足から音が鳴る
その瞬間彼は体勢を崩し、階段から盛大に落ちていった
「あわわわわ!!」
幻は慌てて階段を下る
「だ、大丈夫!?」
「・・・haha、こんなの痛くも痒くもねぇよ」
「き、傷出来てるよ?」
「あぁ?傷なんて昔からずっとできてただろ?
一々気にしてたら埒があかないぜ?」
「だとしてもっ、貴方が傷つくのは嫌なの!
今日は冥界じゃなくてお家で寝よう?ね?」
「・・・」
エルドラドは少しの間黙って
「…OK OK、それがお前の望みならしゃーねーな」
エルドラドは幻に支えられながら歩く
「…ほら、お家着いたよ」
「・・・へっ、hehe…そうか」
まだ彼は酔いが覚めていない
「それじゃあ、布団持ってくるよ」
叡智は先に家に入る
「エルドラド…大丈夫?」
「別にぃ…何ともないがぁ…?」
赤く滲み染まった頬、半開きの口
かつての彼とは違いすぎるその姿は
幻を困らせる
「んん…」
「持ってきたよー」
叡智が布団を脇に挟んでくる
「さて…幻は彼のとこで寝る?」
「うん、一人にさせちゃいけないと思うし」
「そうか、何かあったらすぐに言うんだよ
お姉ちゃんすっ飛んでくるから」
「ありがと、姉さん」
姉二人は安否を確認すると、家に戻っていった
「エルドラド、はい布団」
「・・・・・・・」
「…エルドラド?」
彼はぴくりとも動かない
「えっと…」
恐る恐る彼に近づく彼女
「・・・・・・・へっ」
「え…?」
ドタン
突然エルドラドは幻を地面に押し倒した
「姉ちゃん達はぁ…もう寝たのかぁ?」
「た…多分」
「そうかぁ…」
「エルドラドっ…そのっ、ち…近いっていうか…」
「あ〜?こんぐらい良いだろ?夫婦なんだからよぉ?
それとも機嫌悪いのかぁ?」
「別にそんなんじゃないけど…」
「そうかぁ…それなら…良かったぜ…」
エルドラドは幻の服のボタンを外す
「ひっ…!?な、何する…の!?」
「あぁ?分かってんだろ?これから俺がお前に何を
するのかぐらいよぉ?」
「や…やだっ、やだよっ」
「嫌…じゃねぇだろぉ?いつもあんな風に俺に触れやがってなぁ?」
「あっ…あれは…別に…」
「…hahaha、まぁ俺はお前が好きだから
構わねぇけどよぉ?俺以外の奴にやったら…
流石の俺も黙っちゃいないぜぇ?」
彼の指が彼女の頬を伝う
「好きだぜ…幻」
「私も…好―――――」
ギュイッ
「ギィィィィィィィィ!!!?」
痛みが頬を走る、つねられていた
「…お前をからかうのは楽しいなぁ、huh?
まさか本気で俺がそんなことするとでも思ったのか?」
「・・・・・・」
「…あ?」
「最低…」
「はん?今なんつっどぅあっ!!!?」
彼の鼻頭に幻の拳がめり込む
「…バカバカバカ!!エルドラドのバカ!!!
くそったれ!!」
「…おいおい、ただのジョークだろ?」
「そのままくたばってろ!!!
エルドラドなんて大っ嫌い!!!」
「・・・うっ」
大嫌い、という言葉を聞いた彼は固まる
「…あっ、えっと…」
思わず幻は口を塞ぐ
「そうか…嫌いに…なっちまったんだな…」
エルドラドはゆっくり退き、布団をたたみ彼女に渡す
「・・・酔ったら想ってること…全部ぶちまけられると思ったんだが…hehe…何で俺って想ってることをすぐに濁しちまうんだろうな…今逃しても後でまたやるって自分に酔っちまったのかな…」
彼は顔を押さえる、雫が溢れていく
「ちくしょう…濁しに濁したら取り返しのつかないことになるだなんて…わかってるのに…」
「…あのっ、さっきのは…つい…」
「まぁ、他人に嫌われても…何ともないんだが…
お前にだけは…嫌われたくなかったなぁ…hehe…
好きになっちまったら…仕方ないってぇのに…
どうして…こんなに辛いんだろうなぁ…
幻、外に居たら風邪引くぞ。とっとと家に入って寝ろ」
そう言うと、彼は瞳を閉じる
「・・・」
幻は寝息をたてる彼に布団をかけ、隣に座りくるまる
「…ごめんね、大好きだよ」
「・・・・うぐっ」
朝の光と頭痛でエルドラドは目を覚ます
「…頭いっでぇ…ていうか何でここに居るんだ?
・・・・くそ、酒瓶呑みまくったところから全然記憶がねぇや………あ?」
彼の隣で温い息が触れる
「…お前、俺のとこで寝るの好き…だなぁッ!?」
幻の姿を見たエルドラドはひどく困惑する
「待て…何でコイツはボタン全開なんだ?
俺はコイツに何をしでかしてしまった?
思い出せ…何をしたんだ昨日の俺…!!!」
「・・・」
「・・・。・・・・・・」
ゆっくり彼女の頭に触れる
「…何でお前はどんなときでもそんなにクソ可愛いんだ?ったくよぉ、愛らしくて愛らしくてたまんねぇぜお前は天使か?それとも女神か?」
「・・・ん」
「あ」
幻の目が開く
「えーっと…おはよう…だな。良い夢見れたか?」
「・・・」
「な…何で泣いてるんだ?も、もしかして俺お前に
ひでぇことしでかしちまったのか?
あ、謝るから泣くなよ、な?」
「・・・ごめん、ごめんエルドラド」
「何でお前が謝るんだ?」
「貴方のこと…嫌いじゃないから…大好きだから…
だから…置いてかないで…独りにしないで…」
「・・・・・hehe、心配するなって」
彼は彼女の頭に顎を乗せる
「お前が俺を好きだろうが好きじゃなかろうが…
お前を孤独に満たさせはしねぇよ。
ほら、俺はここに居るぜ」
・・・悪い、幻。
できりゃ、もう約束を破るだなんてことは
しないようにしたいけど…
その約束だけは、できないんだ・・・。