星食い
初めて見た物を覚えているだろうか。
僕がみた最初のモノは暗闇に浮かぶ光。
それは無数にあり、ただただ綺麗だった。
後に知った事だが、あれは「星」と言うものらしい。
物知りなお母さんに聞いたから間違いはない。
お母さんはいろんな事を知っていた。
そして、お母さんが教えてくれた事で一番大切な事がある。それは食べ物のとりかた。食べ物はすぐに見つかるものじゃないから、気を付けなければならないのだと。
それが無ければお腹がすけば動けなくなるだけじゃなく死んでしまうのだと。
死ぬ。
「死」それだけは何も知らない僕でも本能的に理解できた。死ぬと言う言葉には暗い物を感じる。そして恐怖。
食べるために殺した牛や馬。彼らの光の消えた瞳には深い闇がとりついていた。まるで暗い森を夜の黒が染め上げたその奥。
僕は思う。ちょっと死ぬのは嫌だなぁ、って。
「ねえ、お母さん」
「ん、なに?」
「川には今度いつ遊びに行くの?」
ひんやりとした水に入るのが好きで、僕はよく川へ行きたいとお母さんにおねだりをしていた。
初めて川に言ったのはいつだったか覚えてないけれど、その時に食べた魚がとっても美味しくて、僕はますます川が好きになった。
「そうね、あまり遊びに連れていってあげられてないものね。 いいわ明日近くの川辺に行きましょう」
「やったぁ!」
喜ぶ僕の顔を見て、お母さんもにっこり笑う。
「最近だと山菜の実りも少ないし......本当なら、もっと沢山食べられる所へ連れていってあげたいんだけれどね」
「――誰のせいで食べられ無くなったと思ってんだ?」
ふと気がつけば男が僕達の後ろにいた。
「あ......」
「久しぶりだな」
どうやらお母さんと知り合いみたいだ。けれど男は少し怒っているようで、鼻息を荒げた。
「お前らが奴らの縄張りを荒らした。 それが原因で仲間にも被害が出ている」
「それは......でも、仕方なかったの。 食べる物なんて、ここら辺にはもうあまり無いし、この子にはそれが必要だった。 それに皆にも分けてあげたじゃない!」
「いいや、俺はやめろと言ったはずだ。 奴等は執念深い......現状を見ろ。 シイラやモイ、カミナ......もう、二、三の仲間が命を落としている」
命を落としている。それは、話に聞こえてくる名前からして、この間のおじちゃん達の事だ。おじちゃん達は「もう、何もない。 仕方ない」と言って、牛をとりにいった。
けれど、そのあとおじちゃん達を見ることは無かった。「坊、お前らにもたらふく食わせてやるからな」と言っていたけれど。まさか殺されていただなんて。
「そんなの、わからないじゃない。 殺されたと決まった訳じゃない」
「いいや、殺されたよ。 俺はそれを見ていたからな」
彼らの縄張りに入ると殺される?嘘だ。だってあそこは広かったし、こっそり食べれば見つからないはずだ。お母さんだって言っていた。
気がつかれないように食べ物を取る。見つからなければ大丈夫だと。
「......あんなにいるのよ? 牛、馬のひとつやふたつ」
「奴等は縄張り意識が強い。 お前もわかってるだろ」
確かにそうだ。前に牛と馬を食べたとき、山中をあいつらが徘徊していて僕達はしばらく逃げ回るはめになった。
返り討ちにしようよ、と、僕が言ったけれどお母さんは絶対にダメだと、怖がっていた。
時々そいつが大きな音を鳴らしていたけれど、それだけが、僕も怖かった。
「きっとそれの報復だろう。 やつらは俺たちの住みかをどんどん奪い始めている。 この間まで生い茂っていた森も今や訳のわからんモノで埋め尽くされている......きっと邪魔な俺たちを消そうとしているんだ」
「そう、なのかな......あの牛や馬は、それほど大切な物だったの」
「食べ物の大切さはお前らも知ってるだろう。 だからこそ奪いに行ったんだ......そうだろう?」
食べ物が無ければ死んでしまう。簡単な話しだ。けれど、難しい話。
僕は既に眠たくなってきていた。
「そうね。 確かに......それで、私達にどうしろと? それを言いに来ただけでは無いんでしょう?」
男は静かに頷いた。
「また奴等がここらをかぎまわっている。 このままじゃまた誰かが殺られる」
「......」
「けれど、もうこれ以上は犠牲をだせない。 三も仲間が殺られてるんだ。 こちらが負う報復の犠牲としては十分だろ......そう思わないか? なのに奴等はまだ俺達を殺すつもりだ」
「......奴等を追い出すのに協力しろって事?」
「いいや、殺すんだよ」
「殺すの?」
「ああ、殺す。 でなければ俺たちに未来はない。 もうこうなってしまった以上、排除するしかない」
「でもまた報復されるんじゃないの?」
「そうさ。 だから、報復されないようにするんだ。 前にこっそり奴等の住みかを見てきた。 多分、それほど多くは生息してない」
殺す。殺すかぁ......でもできたら、もしかしてお肉また沢山食べられる?
お肉、鹿はかたくて嫌なんだよね。でも牛や馬は柔らかくて美味しい。食べたいなぁ。
「多くても奴等の数は七だ。 俺ら三でこっそりと殺していけば多分みんな殺れるさ」
その言葉を聞いてお母さんは目を瞑り、考えているようだった。そして静かに目をあけ僕の方を見た。
「......また、あっというまに雪がふる。 そうなると、ろくに食べるものも集められてない私達は......どうせ死ぬのなら」
「そうだ。 奴等の身体をお前も見たことはあるだろう? その時に思わなかったか? こんなに小さな生き物なら、俺達が本気をだせば簡単に倒せるんじゃないかと」
お母さんが険しい顔をして一生懸命考える。きっと大切な事なんだ。
お腹がすいて死ぬのはきっと辛い。だって僕も一度味わった事がある......ふらふらになって苦しかった。
その時、僕は動けなくなって、お母さんがどこかに食べるものを探しにいってくれた。
凄く長い時間、僕は待っていて、やがて夜になって。星を見上げていた。
ぼんやりとした頭で考え事をする。
ぴかぴかと光るそれは、目のあまり見えない僕だけれどちゃんと捕らえられた。あれは、どうしたら食べられるんだろう。
美味しいのかな?
食べたらお腹もぴかぴかするのかなぁ?なんて考えていると、お母さんがお肉を取ってきてくれた。
お母さんはお肉の血で身体が黒く濡れていて、きっと頑張ってとってきてくれたんだ。だから疲れたんだと思う。横たわってすぐに寝てしまった。
その時のお肉が牛だった。僕は牛は美味しいと初めて知った。それからお母さんは時々ご飯が見つからないときはそれをとってきてくれた。
柔らかくて美味しい。お肉沢山食べたい。
でもたくさんとってしまうと、怒られてしまうからお肉は少しだけ貰って残りは置いてくるのだとお母さんは言っていた。優しいお母さんが大好きで誇らしい。
そして僕らは奴等を駆除するのに、男と一緒に牛と馬がたくさんいる縄張りへと来た。
前にお母さんが、「私が居なくなってお腹がすいて困った時に、ここに来るのよ」と連れてきてくれた場所。
またこっそり取れば良いんじゃないのかな?と思っていたけれど、そうはいかないみたいだ。
「いいか? あいつらを殺せなければいずれ俺達は住みかも食べ物も全部奪われ、死ぬだけだ......大丈夫、俺らで一つずつ殺せば勝てるさ」
「わかった」
「うん」
「お前らはあっちの方から回り込んで、様子をみろ。 俺は逆からいって奴等をさがす」
お母さんはその言葉に頷き、僕に行くわよと言い歩きだした。お母さんがなんか怖い。凄く真剣な顔。鼻息も荒い。
......あれ?もしかして、僕、なんかしちゃった?この感じはお母さん多分、怒ってる。どうしよう......謝らないと。でも、何で怒ってるんだろ?とにかくごめんなさいをしよう。
「おかあ......」
お母さんに喋りかけようとしたその時
「――! ッ――!? ――!!!!」
叫び声がした。縄張りの奴等が来たんだ。お母さんが僕の前に出て、叫ぶ。
「来るな!! 私達に近寄るな!!!」
「――!!! ――ッ!」
縄張りの奴等がなんと言っているのかはわからないけれど、怒っているのは分かる。けれど、僕はお母さんが強いことを知っているから少ししか怖くなかった。
でも、なんだろう......あのこちらへ向けているモノ。あれは何?と僕はじっと見つめ考える。見たことないな......あんなもの。けれど、なんだかぞわぞわする。何となく、あれだけが怖い。
――ドオォンッ!!!
びっくりするくらい、とてつもなく大きな音がした。
今までに聞いたことの無い音。
僕は気がつけば空を仰いでいた。あれ、何で?
急いで起き上がろうとするけれど、思うように身体が動かせない......今の音で身体がびっくりしちゃったのかな。
お母さんは......どこだろう。よく見えない。
右の目が見えない。僕は目がよく見えないけれど、右の目が真っ暗で何もない。
?
熱い?
熱い熱い熱い熱い??痛い?熱い?
手がびりびりすて足もびりびりだあれなんでどーしたのかな熱い熱い熱い――
あれ、今度は......
寒い......寒い
お母さん......どこ
暗闇の底。塗りつぶされたように真っ黒な世界。
そこに光ものがいくつもきらきらしてる。
お母さんはどこ?
暗い......とても真っ暗だけど、きらきらと光の粒だけが見える。
あれは星。そう、星。お母さんが教えてくれた。
お母さん。
バシャッ
初めて見た大きな水辺に恐怖心で近づけない。お母さんはそんな僕を横目にどんどん進み、やがて水の中へ入っていく。
「ほら、大丈夫だから」
そう言って手招きする。恐る恐る入ってみた水の中は冷たく気持ちよかった。
「わあ、気持ちいいねえ、お母さん!」
ボフッ
真っ白な雪の中転げ回るのが楽しかった。初めて見た雪は冷たくて寒かった。
本当ならどこかの住みかでご飯を貯めて眠るんだけど、僕らはそのご飯を集める事ができなくて、だから食べ物を探すために外を歩いていた。
お腹はすきっぱなしだったけれど、お母さんと雪で遊ぶのが楽しかったから、そんなに気にならなかった。
「あはは、お母さん真っ白だぁ」
「あなたも真っ白よ。 ふふ」
ザーッ
「雨ね」
「すごいねぇ、お水が空から落ちてくる」
空から流れてくる水。見上げても何もない。けれど口を開けるとそれは口に流れ込む。
どうしてだろう?何もない所から落ちてくる水。だけど、ちゃんとある。
もしかして、だったら......僕の大好きな星も口をあければ、同じように落ちてくるのかな?
あーん
白い光に向かって口をあける。
微かに感触があり、口を閉じた。
! 美味しい!
すごい!星は柔らかくて美味しい!
牛よりも馬よりも柔らかくて、今まで食べた物の中で一番美味しかった!
食べれた!星は食べられるんだ!
お母さんに教えてあげないと。今度から星を食べれば良いんだよって。
これで、食べ物は安心だね。
お母さん、ほめてくれるかなぁ。
でも、お母さんもいっぱい僕にいろんな事を教えてくれた。
お母さんがいなければ、僕はずーっと前に死んでいた。
いっぱいありがとう、お母さん。
◆◇◆◇◆◇
「――くそっ!!」
血の流れる片腕を押さえ、猟師は叫ぶ。
「まさか頭を撃ち抜かれてるのに噛みついてくるなんて!」
「大丈夫か、ゴロウさん!? こりゃ、ひでえ......肉が抉られてやがる!」
「まさか子連れの熊が来るなんて! 他にはいなかったか!?」
「周囲にはもういない! ただ、牛がまた一頭やられてた!」
「別のやつか!」
ギリッと歯噛みする男達。二発目を撃たれぴくりとも動かなくなった子熊を見て女は言った。
「......この子連れがやったのかな? 先週の」
「アキ婆さんとシンキチを食ったのか? いや、違うだろ。 あん時のやつは大人の雄だし、かなりでかかった。 こいつはまだ小さい。 今逃げてった奴はおそらく雌で、体格も小柄だった。 やったのはあれとは別の熊だな」
「人の味を知った熊は危険だ......必ず駆除せんとな」
「そうね、子供たちが襲われでもしたらと思うと......気が気で無いわ」
「ああ、必ず殺そう」
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