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9話 北方の山岳にて2


 ここは山脈中腹にある洞窟。


入口手前に、踊り場のような平坦な岩場があるので、ふもとから見上げただけでは、洞窟があるのは分からない。登ってみて、もしくは空から見下ろして、初めて洞窟の存在に気が付くであろう。


洞窟の入口付近には、両脇に二人の見張りが立っていた。毛皮のベストの中に、編み込まれた鎖帷子のような物を着こんでいる。両腕には銀色の籠手が装着されており、動き易さ重視のいで立ちだった。


「……っ! 誰だっ!」


 片方が、腰の剣を抜いた。もう片方の男も、敵を視認してはいないが、とっさに剣を抜く。


「ボスに合わせてくれない? 変わった名前だって聞いたんだけど」


 現れたのは、ブレザー制服を着た男、和樹だった。


「冒険者かっ!?」


ドスッ


 斬りかかった男は、体をくの字に折り、倒れた。それを、和樹は見下ろす。


「答える前に切りかかってくるんじゃ、聞く意味無くない?」


「敵襲ぅ!」


 そう叫んで、もう一人の男も斬りかかってくる。


ブゥゥゥンッ


 だが、大気が振動するような音がすると、男の持っていた剣が粉々に砕け、男も、鼻字を出してうつ伏せに倒れた。 


「さて……」


 和樹は、そばにあった手ごろな石に、腰を下ろした。


 洞窟の中から、複数人の足音が聞こえて来た。それは、入口へ段々と近づいて来る。


「寝ぼけているのか? 敵なんて来るはずないだろうが」


「どうせあの三人だろ? 奴らを敵と見間違えたんだろうよ」 


 先ほどのと、同じような服装の男達が洞窟から出て来た。すぐに、倒れている二人の仲間に気付き、石に腰掛ける和樹を見つけた。


「てめぇ!」「何者だ!」「まさか! 冒険者に見つかったのか!」


 口々に男達は叫び、それぞれの武器を構えた。すぐに十人となり、更にまだ中から出てくる。

 

和樹は、三十人の、薄汚い男達に取り囲まれた。


「ちょっと待て」


 そう声がしたと思うと、洞窟内から、大柄の男が出て来た。男は、和樹よりも背が高く、百八十五センチはありそうに思えた。


 その男を見た和樹は、口を小さく開けた。


「まさか……お前か? 鈴木二郎……。俺はてっきり、ヤンキーだった末永弥勒かと思ったんだが……」


「……佐伯和樹? お前、こっちの世界にいたのか? てっきり、死んだと思っていたよ」


 和樹は立ち上がった。そして、鈴木二郎の前まで歩く。盗賊達は、鈴木二郎の知り合いなのかと思い、和樹を見送る。


「野球一筋だったお前が、どうして盗賊のボスなんかやっているんだ?」


「……色々あるんだ。……いや、何も無いからとも言えるか。プロ野球選手を夢見て、野球しかやってこなかった俺が、こんな世界に来て、何が出来るんだよ?」


「だからって、犯罪に手を染める事は無いだろう」


「……日本だったなら、挫折した程度で犯罪には手を出さ無かったと思う。だけど、この世界じゃ、綺麗ごとでは生きていけないんだよ」


「王都で、平太に会ったぞ。あいつは、物を盗むような技能(スキル)しか無いのに、それを一切使わず、懸命に生きていた」


「平太か……。あいつ、まだ王都にいたのか……」


 鈴木二郎は、視線を落とした。しかし、すぐに和樹を見据え、尋ねる。


「だが、その平太は、生きて行けていると言えたか? 死んで無かっただけじゃないのか?」


「……っ! それは……」


「俺を含め、戦えない二線級のクラスメート達は、平太を残し、王都を出た。藤山先生はもちろん反対したが、あんな野良犬のような生活は、俺達は出来なかった」


 二郎は、歯を噛みながら言うが、和樹は、その目をまっすぐに睨みつける。


「それは理解出来る! だが、二郎、本当に、その選択しかなかったのか? 道を踏み外す事しか、選べなかったのか? お前の両親も、それなら仕方がないって、慰めてくれるって言うのか!」


 二郎は、和樹の目を避けるように、一歩下がって視線を逸らした。


「……和樹、お前のせいだ」


「俺の……せい?」


 訝し気な顔をする和樹に、二郎は目を伏せながら言う。


「お前が死んだと思ったせいで、俺も、皆も、全員が変わった。自分が死ぬのなんて遠い未来だと考えていた俺達に、無慈悲に襲い掛かってくる死の予感。あいつが死ぬのが先か、俺が死ぬのが先か、って、考えてしまう恐怖。どうすれば良かったのかなんて、中学二年の俺達に正解が分かるはずがないじゃないか!」


 それを聞いた和樹は、首をゆっくりと横に振ってから言う。


「じゃあ、やり直そうじゃないか? 俺が死んだから変わったって言うのなら、俺は生きていたんだから、また変われるよな。初めから、俺と一緒にやり直そう」


「それは……出来ない」


 二郎は、背後の仲間から、大きな何かを奪い取った。


 それは、腕の二倍の太さがある鉄の棒で、長さは身の丈ほどもある。そして、荒々しい棘がいくつも付いていた。まるで、鬼が持つ金棒のようであった。


「盗賊は、この世界では死罪だ! 俺には、もう戻る道なんて無いんだ!」


 二郎は、軽々と金棒を振り上げた。そして、まるで木の枝を振るかのように振り下ろす。


ガァーン


 地面が砕ける。和樹が宙返りする下を、人の頭程の石がいくつも弾けて飛んだ。


 着地した和樹に、二郎が眉間にしわを寄せながら言う。


「和樹、その技術(スキル)は? お前、一体どんな……?」


「俺は、お前が思っている以上に力を持っている。死罪は免れるようにしてやるから、盗賊からは足を洗うんだ」


 ぴくりと二郎の肩が動いた。だが、すぐに二郎は険しい表情で、金棒を振り上げる。


「そんな簡単じゃないんだ!」


バシッ


 踏み込んでからの、袈裟斬り一閃だった。逃げ場は無いかと思われた和樹だが、斜め上方から降ってくる鉄塊を、左手一本で受け止めた。和樹の足元の石に、蜘蛛の巣状の亀裂が走る。


 和樹は、金棒をポンと押した。すると、バランスを崩した二郎は、金棒を杖のように突いた。


「……そうか。大体、分かった」


 和樹はそう言うと、二郎に背を向けた。そして、洞窟前の踊り場の端まで行くと、そこからぴょんと飛び降りた。驚いた盗賊の一人が見に行くと、滑落すれば即死と言うような切り立った崖を、和樹は野生の動物のように、跳ねながら軽々と下って行った。




ズバッ


 体は兎なのに、顔は狼のような生き物が、宙から地面に落ちた。


「妙に殺戮兎(ブラッドラビッド)が多いな」


 戦士が剣を腰に戻した。その横で、しゃがんだ仲間の剣士は、殺戮兎(ブラッドラビッド)を観察する。


「特に……異常は無いぜ。普通の魔獣だ」


「なら、この地域に異常が出ている可能性が高いですねぇ」


 魔法使いがそう言うと、周囲を警戒していた戦士は、軽いため息をついた。


「そろそろ、ここの仕事は潮時かもしれないな」


「違う場所に移るってか?」


「ですねぇ」


 そんな話をしていた時、少し離れた茂みから、何者かが現れた。


 戦士と剣士が剣を抜き、魔法使いが杖を構えた。


「お前は……」


 全身鎧(フルメイル)の戦士は、少し前の村で出会った男だと認識した。


 半身鎧(ハーフメイル)の剣士も、特徴的だった服装で、その男の事を忘れない。


「こいつがここにいるなんて……妙だぜ」


 姿を現したのは、和樹だった。


「あんた達、ここで何してるんだ?」


「言っただろ。盗賊狩りの途中だ。それより、どうしてお前がこんな所にいる? この危険な森を、俺達『狼刃鳥(ろうはどり)』より先に進めたと言うのか? それも一人で?」


 AランクPT『狼刃鳥(ろうはどり)』は、和樹に仲間がいるに違いないと、周囲を警戒した。


「俺に仲間はいない。それよりも……」


 そう言った後、和樹は自分のジャケットに付いた葉を取りながら、狼刃鳥(ろうはどり)に続けて言う。


「盗賊に協力している冒険者が、どうやらこの森にいるようだ」


 和樹は、取った葉を、指で弾いた。それを見た狼刃鳥(ろうはどり)の三人は、持つ武器にぐっと力を込めた。


バサバサバサ


 高い木のてっぺんにとまっていた鳥型の魔物が、何かの気配を感じて飛び去った。






 日もかなり傾いてきた頃、盗賊達の洞窟の前に、冒険者風の三人が姿を現した。


 見張りは武器を抜く事も無く、一人が中へ入っていく。すると、洞窟の中から、二郎が現れた。


「よく来てくださいました。ギルドがまた動いたようで。今回はどうでした?」


 少し強張った表情で二郎が言うと、三人は、横を通り過ぎながら答える。


「一人、妙な姿の冒険者が現れたな。見た事が無いような珍しい服装だった」


 三人は、洞窟の中へと入っていく。二郎は、その後ろから付いて行った。


「それで、その変な服装の男は、どうしました?」


「殺した」


 最後尾の魔法使いにそう答えられると、二郎は足を止めた。


「こっ……殺し……ましたか……」


 しかし、すぐに小走りで追って、聞く。


「えっと……森ですか? それとも岩場で? あの、ほら、死体をまいそ…埋めとかないとと思って……。ギルド……に見つかったら……とか……」


 しかし、二郎を、魔法使いが一瞥して言う。


「我々が、死体を残すような下手な真似をすると思っているのか? 何時ものように、痕跡は残していない」


「な……なるほど……。ですよね……」


 二郎は、肩を落として辛そうな顔をした。そして、足取り重く付いて行く。




 三人は、奥の部屋で、山のように積まれた金貨や銀貨と、財宝を確認した。


 そして、部屋を出ると、待機していた二郎や盗賊達に言う。


「今日で、ここを引き払う。金貨を運び出せ」


 すると、盗賊達は口々に喜びを表した。


「いやったぁ! ついに、街へ降りて金を使えるぜ!」「旨い飯に、女だ!」


 盗賊の手下達は、袋に金貨を詰める。それを監督している二郎の肩を、戦士が叩いた。


「良くやった。お前の発案、村人を殺さず、何度も襲って絞る作戦のお陰だ。はっきりとした殺しが行われていないので、ギルドや騎士団が、本腰を入れて俺達を討伐する事がなかった。今後も、このやり方は続けていく」


 二郎は、愛想笑いをしながら、頭を下げた。




次の更新は、5/15 21時です

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