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7話 異世界6


 翌日。ここは王都南西の、平民街と貧民街の丁度境目にある、屋根が半分崩れかけた屋敷。ここに住む一人の男を、和樹達は訪ねていた。


「そうか。日本政府が、異世界を認知してくれている事だけでも、朗報だね」


 和樹や平太を見ながら、その男は眼鏡をくいと中指で上げた。


 髪は七対三に分けられていて、年の頃は四十半ばの男性。和樹や平太が中学二年生時の担任である藤山先生だった。彼は、生徒達と共に異世界転移後、数学の教諭だった経験を生かし、ここで平民や貧民に対し、数学の知識を与えているのだ。この世界では、基本的に勉学に関する学校は無く、貴族は家庭教師から勉強を学び、貴族以外は、父母から学ぶ。つまり、平民や貧民は、高度な知識を得る機会は少なく、具体的に言うと、割り算すら出来ない者も多いと言う事だった。


「しかし、異世界探索に向けて、政府主導の超人化計画……か。大変だったんじゃないのかい?」


藤山教諭の言葉に、首を横に振ろうとした和樹だったが、「まあ……少しだけ」と、眉をひそめて答えてから笑った。


「すごかったんだぜ先生。和樹の、えっと、大和の波動砲だっけ? 城壁を粉々だぜ!」


 城壁の崩れる様子を全身で表現する平太だが、和樹は眉尻を下げて言う。


「四十六センチ砲な。威力は本物と同じだが、実物の砲煙やら衝撃波はもっと凄いんだぞ」


 和樹の言う通り、第二次世界大戦中に建造された超大型戦艦大和の主砲がもし街中で発射されたら、この街の建物強度なら、そばの家々は半壊して怪我人を出していたはずだった。そして五十嵐や平太も、発射時の爆風によりかなりの重傷を負っていただろう。和樹の大和砲は、実物のような火薬爆発は伴わず、魔法で発射されているため、周囲には砲弾が直進時に巻き起こす際の衝撃波しか発生しないのだ。


 五十嵐も、何やら鼻をフンすかさせて言う。


「尖閣諸島沖で、中国軍戦闘機 計八百機を、二日で全機撃墜したのは伝説であります!」


「えっ? 八百? それって……中国空軍の半分に相当する数なんじゃないの?」


 唖然とする藤山教諭に、五十嵐は首をこくんとする。


「それ以来、中国は日本国に対して、表立った事はしなくなったでありますよ」


「五十嵐さん、俺のヤンチャな修業時代の話は、それくらいにしとこうか」


 自分の話に恥ずかしくなった和樹は、手で五十嵐の口を封じ、そう言ってごまかした。


「異世界転移に失敗してもよぅ、技能(スキル)を得られて、しかもあっちの世界でそのまま技能(スキル)を使えるなんて、考えた事なかったよ。驚きだなぁ」


 平太が言うと、藤山教諭も、考えを巡らせるようにしながら口を開く。


「異世界に漂う魔素により魔法事象が引き起こされると言うのが、異世界の一般常識だけれど、案外、地球にも魔素は普通にあったのかもしれないね」


「って事は先生、実は俺らも、地球で普通に魔法が使えたかもって事かよ? 科学じゃなくて、錬金術が発達していれば……とか?」


 しかし、藤山教諭はうーんと首を傾げる。


「それは……早計だね。技能(スキル)は、身に付けられても一個、だと思い勝ちだけれど、もしかすると、それ以外にも、『魔法使用可能技能(スキル)』のようなものがあり、計二個を持っているのかもしれない。魔法陣に触れた我々や、異世界人は全員が持っているが、地球人は無い、って仮説も出来る」


 藤山教諭の話を聞き、和樹はなるほどと感心した。そのような仮説は、まだまだ情報不足の日本政府には思いつかない発想だった。


 日本政府が知り得ている確実な情報は、魔法陣に関係した者が、超能力者のような特殊な力を得ると言う事だけだ。異世界があるかどうかは可能性の話だったし、その異世界に魔法のような物があるかどうかは、殆ど空想の話となっていた。そして、和樹が力を得た条件についてだが、魔法陣に触れたからか、それとも、魔法陣に引き込まれかけたからか、その点についても不明瞭だった。


 しかし、二度目の異世界転移、和樹が転移した時の現象で、ある重要な実験が一つ行われていた。それは、転移の際に、横尾夏華を初めとする生徒達と、黒スーツの政府の職員達に、わざと魔法陣に触れさせた事だ。それの結果により、和樹のような人間を生み出す条件が、二つのうち一つに絞り込まれる事になる。もちろん、他にも条件があるかもしれないので、絶対では無いのだが。


 そのような実験が行われた事は、和樹は、藤山教諭や平太には言わないで置いた。あれは、政府の職員達は知っていたが、生徒達には聞かされていない非人道的な人体実験だったからだ。それを知りながらも、黙っていた自分は、横尾夏華達を実験に使った共犯者だと和樹は考えていた。


しかし、横尾夏華達を引き込んでしまう事は、和樹にはどうしても避けられなかった事なのだ。異世界転移は、中学と高校、東京と大阪、の違いはあれ、三年前と同じく学校の教室に出現した。つまり、若い人間が一か所に集中する場所を、あえて指定している可能性が考えられたのだ。ここで、異世界転移場所が事前に判明した、危険だと、事が起こる前に生徒達を退避させてしまっていたら、異世界転移が中止される危険性があった。


もしそうなれば、和樹は異世界へ行く機会を逃してしまう事となるし、次の機会がまた三年後だとも限らない。結局、発達した現代科学をもってしても異世界や魔法に付いては殆ど分からず、場当たり的な方法となった。


 唯一、日本政府が結果を出せた事は、異世界転移場所の検知システムだろう。これは、和樹の体の微妙な数値の変化を、日本のスーパーコンピューター青島にかけた所、説明できない矛盾が発見され、その空白を魔力だと仮定すれば、逆検出の探知装置を作ることが可能となった。こうして、異世界転移が発生するクラスに、和樹を潜入させて待ち、一週間後に作戦を実行する事が出来た。


 余談だが、その二度目の異世界転移が出現したクラスは、川西高校の一年二組だった。そして、和樹の年齢は、現在十七歳の高校二年生相当だ。つまり、和樹は、年齢を一歳偽って潜入しており、和樹に対して世話を焼いていた横尾夏華は、実は年下だったと言う事になる。


「じゃあ、そろそろ行くな。午前中には王都から出ないといけないしさ。五十嵐さんも一緒に行くだろ?」


 和樹は椅子から立ち上がって、五十嵐を見る。



 城門を大幅に破壊するなど、普通なら死罪になって当然なのだが、和樹は国の為に招かれたホヤホヤの勇者候補であり、この強大な力なので、簡単には死罪などには出来ない。故に、王より恩赦が与えられたのだが、しかし、やはり大罪なため、ギルドや騎士団からの体裁を考え、大幅に減刑しても、王都からの追放となったのだった。


 ちなみに、マクール達三人は、極めて繊細(デリケート)な扱いをしなければならない和樹と戦闘をしたため、揉み消すようにひっそりと投獄され、裁判も行われず、余罪もあったため、何年も牢につながれる事となった。



「もちろん和樹殿に付いて行くでありますよ!」


 五十嵐も立ち上がり、ナイフホルダーを太ももに取り付ける。しかし、その五十嵐に、藤山教諭は待ったをかけた。


「王様達は異世界へ呼ぶだけの一方通行で、帰る方法は分からないと言うけれど、私のクラスが転移した原因は、この国の召喚で、あの魔法陣だよね。他の国でも召喚は行われていると言うが、やはり地球に戻るには、この国からは目を離さない方が良いと思う」


「つまり、五十嵐さんを置いていけって?」


和樹が問うと、藤山教諭は頷いた。


「散らばってしまっているクラスメート達を集める事と、異世界転移ならぬ、現世界転移の方法を見つける事は、同時進行させなければならない。二つが合わさって、ようやく我々は日本に帰れる事になる」


「そりゃ……そうだけど、五十嵐さんを置いて行くのが……なぁ」


「自分を心配してくださるのでありますかっ!」


 五十嵐は、八百機撃墜の英雄が、自分を気にかけてくれるのが嬉しいのか、ぱあっと笑顔になった。


「いや……、五十嵐さん、まだ技能(スキル)が分からないだろ? もし技能(スキル)が発現した時、それが飛んでもない技能(スキル)だった時、この街が心配で……」


 力の使い方を間違えた五十嵐のせいで、街の半分が吹っ飛んでしまう絵が、和樹の頭の中で浮かんだ。


「それに関しては、私に一案あるよ」


 藤山教諭が、指をぱちんとならしてから続ける。


「お金は貯まらないが、この三年で、人のつては多少出来てね。少しお礼が必要だが、この街の貴族や才能のある平民が通う、剣術・魔法学院に入学させられるかもしれない。そこで技能(スキル)を確認し、適切な使い方も学べるだろう」


「なるほどなぁ……。良いかも」


 腕組みをして頷く和樹の横で、五十嵐は怪訝な顔で聞く。


「あ……あの……その学校と言うのは、何歳くらいの子供達が通う場所なのでありますか?」


「確か……十五歳から十八歳の四年間だったかな。日本の高校みたいなものだよ」


 藤山教諭は笑顔で答えるが、五十嵐は眉を寄せて震える声で言う。


「え……。自分はもう十九歳でありますよ。この歳で……もう一度JKをやれと言うのでありますか……? そんな ご無体な」


 それを聞いた和樹はぷっと笑いながら、ポケットから金貨の入った袋と、ホーンベアの時の魔石を取り出し、机の上に置いた。


「じゃあ、これを口利きのお礼と、入学金の足しにしてくれよ。足りる?」


「十分だが……君は一文無しになるんじゃないのか?」


 心配顔をする藤山教諭に、和樹は人差し指を横に振る。


「魔獣を倒すだけの簡単なお仕事でお金を稼げるんでしょ? 余裕だよ」


「……そうだったね」


 和樹、平太、藤山教諭は笑った。五十嵐だけは「JK……」と呟きながら暗い顔をしている。


「じゃあな、平太。無理するなよ」


 和樹は外へ出る扉を開けると、振り返って平太に言った。すると平太は、右の小指を出して、和樹に言う。


「お前も死ぬなよ。指切りで約束だぜ!」


 一見して臭いようなセリフだったが、和樹は何も言わずに小指を絡ませた。


「指 治してくれてありがとな」


 平太は、自分の指を今一度見てから、和樹の顔をみて言った。切り落とされたはずの平太の小指は、傷一つ無く、そこにあった。


「お礼なら、細胞再生技術を学習(ラーニング)させてくれた教授に、日本へ帰ったら言ってくれ」


 和樹は指切りを切ると、外へ出た。すぐに、和樹の体は浮かび上がり、藤山教諭のボロ邸宅を見下ろす高さまで上がった。


「またな」


ドンッ


 突風を残し、和樹の体は空の点となった。瞬きを一回すると、次の瞬間には消えてしまった。


「すごい技能(スキル)だな、学習(ラーニング)って。……でもまあ、地球の兵器や技術を身に付けてるからこそのチートか」


 扉を閉め、戻った平太に、藤山教諭がある物をテーブルの上に置いた。それは、和樹から渡された、スマートフォンと、ソーラー充電式のモバイルバッテリーだった。


「見るよね?」


「はい……」


 藤山教諭はスマートフォンの電源を入れ、画面を操作する。『杉山平太』と言う名前のファイル見つけ、それをタップした。


「平太! 見てる?」「平太、元気か」


 平太によく似た中年女性と、口元が平太にそっくりな中年男性が映っていた。


「ほらほらっ! 平太がいつ帰ってきても良いように、毎日 平太が好きだったポテトサラダ作っているんだよ」


「平太、見ろ! 高校の制服だ! お前の成績ならこの高校だと思って作ったが、もっと上の高校へ行けるんならまた作ってやるからな! ほらっ! 背がまだまだ伸びるだろうから、大きめに作ったぞ!」


 大皿にポテトサラダを一杯に満たしている女性と、野球選手でも着られそうな制服を持った男性は、二人で顔を寄せ合ってカメラに向かって笑っている。


 ポタ、ポタと、平太の目から落ちた涙は、机の上で広く広がり、光る。


「母ちゃん……。だから、キュウリ減らしてハム多めって……いつも言ってるじゃん。父ちゃん……、ごめん、身長は、あれから殆ど伸びて無いんだよ……」



 和樹のスマートフォンには、他にも、約三十人分の動画が収められていた。




次の更新は、5/15 12時です

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