6話 異世界5
マクールは、長い前髪をかき上げながら、和樹に一歩近づいた。
「なんだぁ? 文句あるのかぁ? 新顔はしらねぇだろうが、俺達はCランクの冒険者だぞ?」
すると、地面で土まみれになった平太が、和樹に向って声を張り上げる。
「やめろ和樹! 目を付けられるな! Cランクってのは、騎士団一般兵と同等で、つまり、警察みたいなもんだ! 治安の悪い国の悪徳警察を相手にすると、どうなるか、分かるだろっ!」
這いつくばりながら和樹に向って近づこうとする平太の腰を、モースが踏みつけて止めた。
「ケイサツって……なんだ?」
そう聞くモースに、マクールとロッテンは首を傾げる。
動けなくなった平太だが、涙を流しながら尚も和樹に言う。
「もう……俺は良いんだ。無理なんだ。戦う才能も、生活する才能も無い俺は、この世界では生きていけないんだ。お前らは……俺みたいにならないでくれ……。もしお前らの技能が俺みたいに使えない物だったなら、王都から離れて目立たないように生きるんだ……」
すると、和樹はそこではぁっと短い溜息のような物をつき、そして、平太に言う。
「実は、技能はもう分かっているんだ。俺の技能は、学習だ」
「ら……ラーニング……。あの、敵の技を覚えるって、ゲームの青魔導士のやつか?」
和樹がうなずくと、それを聞いたマクール達は笑い出した。
「なんだぁ? 敵の技を覚える技能って、あれか、複製か! ゴミ技能じゃねーか!」
「敵の技をまず食らってみて複製するあれかよ! バカか! 魔物は加減してくれねーぞ!」
「低位魔法でさえも、受けない限り覚える事が出来ないってデメリットがあるあれかよ!」
三人は、ひとしきり笑ったあと、背中の武器を抜いた。
「じゃあ、こいつも俺らの下僕にしようぜ。ゴミ技能持ち一人に、女一人。Cランクの俺ら三人だったら、勝負になんねーなぁ」
マクールは、槍の切っ先を和樹に向けた。錆び一つない、銀色に輝く槍だった。平太のナイフと違い、鉄板すらも貫けそうだ。それに対し、和樹は武器を身に付けていない。マクール達は、和樹はホーンベアとの戦闘で、武器を失ったのだと考えていた。
ロッテンは大剣、モースは斧を構えた。
和樹は、日本ではまず目にする事が無い凶悪な武器を見ても、表情一つ変えない。まるで案山子を見るような様子のまま、倒れている平太に問う。
「なぁ平太。日本に帰りたいか?」
すると、平太は自分の無くなった小指を見ながら、唇を噛んで答える。
「帰りたいよ。先生や親に、毎日のように文句を言ってたけど……あの世界に帰りたいよ。こんな厳しい世界は……無理だよ、地獄だよ。日本に……帰れるなら……すぐにでも帰りたい……。じゃなきゃ……もう、死にたいよ」
平太の目から涙があふれた。ぽたぽたと、地面に染みを作っていく。
「分かった」
ドン ドン ドン
和樹の声の後、何かの炸裂音が三つ鳴った。同時に、まるで後ろへ吸い込まれるかのように、マクール達は数メートル吹っ飛んでうずくまった。
「和樹殿! 任務を優先するのでは無いのですか!」
そばに寄って五十嵐が言うが、和樹は、その五十嵐の手を指さす。五十嵐の手には、ナイフが握られていた。
「じゃあそれは何だ?」
「こっ……これは……。あの、じ……自分があの三人と刺し違えますので、和樹殿はこの件には関わってはいけないであります!」
「無理だな。平太はもちろん、五十嵐さんにも死んで欲しくない」
和樹は、地面で悶えているマクール達に向き直る。その和樹の腕を、五十嵐が掴んだ。
「しかし! 任務が! 一に和樹殿の帰還、二に異世界転移方法の解明、三に異世界の思想調査であります! 人の命は、優先順位に入っておりません!」
「自衛隊員がそれを言うの?」
「自衛隊が守るのは、人では無く、国です! 一億の人間を守るためであれば、三十人はもちろん、百万人でも切り捨てるであります!」
和樹の腕をぐいぐいと引っ張る五十嵐のポニーテールに、和樹は手のひらをポンとのせた。
「所詮、机上の話だ。優先順位を決めた奴らは、平太が殺されそうになっているのを見てはいない」
ぎりぎりと、和樹の拳に力が込められているのを感じて、五十嵐が聞く。
「和樹殿、もしや……ずっとクールな振りを? 冷静に判断を下せるような人間の振りをして政府を欺いていたのでありますか?」
「俺は、異世界へ飛ばされたクラスメート達を助けたかった。それだけだ。異世界へ行く方法を見つけ、より強力な力を得るために、政府は利用させてもらった。もちろん出来る限りお礼はするが、最優先すべき事だけは、動く事はない」
その時、ようやくマクール達が立ち上がった。一様にみぞおちを押さえながら、膝をガクガクとさせている。
「て……てめぇ……一体何を……。魔法……か? 何の魔法を複製したんだ? こんな見えねぇ程の速度に覚えがねぇ……」
「ゴム弾だよ」
和樹が口元を緩めて言うが、マクールは対照的に眉間にしわを寄せる。
「ご……ごむ?」
「じゃあこれはどうだ? ライフル弾だ」
そう言うと、和樹の周囲に、金属のように光る数センチの円錐状の物体が浮かぶ。個数は三で、狙いは、もちろんマクール達だった。
しかし、マクール達は、余裕があるように笑みを浮かべた。
「なんだそりゃ? 礫か? 子供が使う土の低級魔法よりも、ずっと小さい小石じゃねーか? 笑わせるな!」
マクールは槍、ロッテンは大剣、モースは斧を、再度構えた。
ガァーン
バキンッ
槍の刃が砕け、大剣が中程から割れ、斧の柄が折れた。それぞれの武器の破片が、地面に落ちる。
「うぐぉぉぉ……指が……指がぁ……」
三人とも、何本かの指が折れたようで、手を開いて武器を落とした。
「この世界は、ずいぶん人の命が軽いらしいな。お前らの命も、さぞかし軽いんだろうな?」
和樹の頭上に、ブゥーンと低い音と共に物体が出現する。
また、円錐状の金属だった。しかし、先ほどのとは、桁が、大きさの次元が違った。今度の円錐状の物体は、長さ約二メートル、直径約五十センチで、推定重量約一・五トン程の巨大な物だった。体積だけなら、大柄の成人男性二人が抱き合ったくらいだろうか。
「かっ……和樹殿ぉぉぉ! それはまさか、一式徹甲弾!」
五十嵐は、目をまん丸くしてそう叫ぶと、両手で耳を塞いで、地面に四つん這いになって亀の姿勢を取る。
「平太ぁ! 耳を塞げ!」
和樹は、嬉しそうに叫ぶ。平太も慌てて五十嵐の真似をして地面に強く伏す。
和樹は、腕を突き出し、人差し指をマクール達に向けた。
「大和、四十六センチ砲、……発射」
ドォーーーン!
周囲にすさまじい衝撃波が起こった。窓があけ放れていた家から、物が壊れる音がする。
はっと気が付いた平太が顔を上げると、和樹は先ほどと同じ位置に立っていた。だが、マクール達の姿が無い。爆音の大きさからして、マクール達は消し飛んでしまったのかと思ったが、注意深く探すと、三十メートル程に離れた場所に、マクール達の姿があった。皆、納屋や小屋、ゴミ置き場などに突っ込んで気絶しているようだった。
「嘘だろ……。和樹、あれ……お前の仕業かよ……」
平太は、口をあんぐり開けた。驚いたのは、マクール達の惨状なんかでは無かった。
遥か向こう、五百メートルは離れた王都の石の城壁が、横に五十メートルに渡って崩れているのだ。破片が全く無いので、崩れたというより、吹っ飛ばされた感じだった。
「やり過ぎたか。俺もまだまだガキだな」
和樹が苦笑いを浮かべると、平太も指の痛みを忘れて笑った。
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