4話 異世界3
「しかし和樹殿、普通の羆なら、とっくに出血多量で倒れている状況であったはずですし、その前に、最初に首を切られた時点で、戦闘意欲を無くすはずであります。これが魔獣でありますか」
和樹に敬礼しながら言う五十嵐に、和樹は頷く。
「耐久力も、闘争本能も、もちろん大きさも、地球規格では無いって事だな」
「これでCランクの魔獣と言うのが間違いないのであれば、自分も、重火器が無い今の状況なら、その上のBランクの魔獣には、恐らく勝てないであります」
そんな弱気とも取れる事を言いながらも、五十嵐は、ホーンベアの横にしゃがみ込み、くんくんと匂いを嗅ぐ。
「異臭は無いであります。筋が多そうでありますが、食べてみるでありますか?」
うーんと腕組みをする和樹に、平太は言う。
「いや、魔獣は魔素の影響で、苦くて食えないんだって! 食料が尽きたとか、よっぽどの事が無い限り、普通は食べないもんだぜ!」
それを聞いた五十嵐は、眉を寄せ、残念そうな顔で立ち上がった。
「胡椒などスパイスが無い今の状況では、無謀かもしれないであります」
「じゃ、まあ良いか」
そう言って薬草探しに戻ろうとする和樹に、平太はホーンベアを指さしながら言う。
「解体しなくて良いのかよ!」
「解体? 食えるとこなんて無いんだろ?」
えっ? と言う顔をする和樹に、平太はゆっくりと頷きながら答える。
「そうか、そうか。そりゃ異世界に来たばかりだから知らないよな。ほら、ゲームとかでもあったじゃん。素材剥ぎってやつ……」
平太は慣れた手つきで、ホーンベアの腕と頭から、三本の角をナイフで切り取った。そして、胸を開き、中から五センチ程の大きさの黒い石を取り出す。
「それが……魔石か?」
聞く和樹へ、平太は魔石を投げて寄越した。和樹は魔石を人差し指と親指で摘まむと、空に掲げてじっと見る。それは、まさに漆黒との言葉を思い出すほど、真っ黒だった。
「黒瑪瑙……みたいな色だな。で、この魔石が、心臓の代わりとして入ってるとか?」
「いや、心臓は別にあるぜ。体の中心に魔石があるから、そう勘違いしてしまい勝ちだけどな。実際、そんなゲームや漫画もあったしな」
ふーんと言いながら、和樹は、
「やるよ。どうせギルドとかで売れるんだろ? 俺は、しばらく貰った金貨があるし」
と、摘まんでいる魔石を平太に返そうとした。だが、平太は手のひらで魔石を押し返す。
「金は絶対に必要なもんだから、大切にしろって。大体、五十嵐さんが倒したんだから、お前らのもんだよ。それに……」
平太は、そこで溜息をついてから、言う。
「俺が持っていても……無駄になるし……」
「無駄? ……どうして?」
和樹が聞くが、平太は、わざとらしく「あ、薬草だ」と言って、草むらを覗き込み、ごまかした。
その後、夕方まで三人で薬草を探し、街に戻った。
城門をくぐった和樹達は、冒険者ギルドを目指す。冒険者ギルドは街の中心部にあるため、大通りを五分ほど歩かなければならない。
昼間は、大通りの両端にずらりと物売りの簡易店舗が並んでいたのだが、この時間には一つも無かった。冒険者達の活動に合わせてか、朝早くから店を出し、夕方前には引き上げるという文化のようだった。日本にあった店舗型のお店と言う物は、ギルドを除けば宿屋と飲み屋だけで、残りの建物のほぼ全ては住居となっているようだ。今の大通りはひっそりとしていた。
昼間は買った串焼きを両手に持って喜んでいた五十嵐だったが、今はがっくりとうな垂れて歩いており、それを見て笑いながら、平太は和樹に聞く。
「で、どうだった? 自分の中に何か感じたかよ?」
そう言われた和樹は、なんとなく自分の胸を一度見てから、平太に聞く。
「え? ……どういう意味だ?」
「技能だよ。異世界転移した俺達は、何かしらの技能を持っていると思うんだ。例えばさ、さっき五十嵐さんは飛んでもなく素早く動いてホーンベアを倒したろ? あれは多分『俊足』とかの技能だとおもうぜ!」
「俊足? へー。そう言うのって、どこかで調べられるのか? 教会とかで、技能鑑定してもらえるとか?」
しかし、平太は肩をすくめて首を横に振る。
「無い! それがあったら便利だったんだけどな。俺らも生活している間に、経験的に気づいたんだ。足が異常に早くなったりしていれば、さすがにな。でも、『俊足』って技能名も、俺らが勝手に付けただけで、鑑定士なんていないから、共通語とかじゃ無いんだけどな」
「技能的な物は、クラス全員にあったのか? この世界足を踏み入れた者は、例外無く技能を持つって事か?」
「えっと、まずこの世界では、王族や貴族は基本的に技能を持っているらしいんだけど、一般市民は百人に一人くらいらしいぜ。で、俺達転移者だけど、多分……全員が技能持ちだと思う」
「多分?」
「例えばさ、『魔法威力倍増』とかの技能を持っているとしたら、まず魔法を使えるようにならないと、その技能を持っている事に気が付かない、ってなるから、技能が分からない奴もクラスに結構いたんだよ。そういう奴らは王都を出たけど……今頃、どうしているかなぁ」
平太は、夕焼け空を眺めた。
「魔法ってのがあるのか? どんなだ?」
「いや、普通に炎を出したり、岩を投げつけたり、定番ファンタジー的なのだぜ。魔法は、師匠とか、特定の人に教えを請わないと身に付かないらしいけど、基本的にこの世界の人間なら誰でも使える素質があるらしい」
「誰でもか。そこに技能が上乗せされるかどうかで、魔法に違いが出るのか。異世界転移で技能持ちを呼び込む訳だな」
「あと、召喚された地球人には、技能も珍しいのやら強力な物が多いってのが通説らしいぞ。……まあ外れもあるんだけど」
平太は、深くため息をついた。そう聞かされると、当然和樹は尋ねる
「平太のは何なんだ? もう分かってるのか?」
「俺のはさ、多分……盗賊の技能にありそうな『器用さアップ』とか、『盗む』って、そんな感じだと思う」
そう言いながら、平太は和樹に小袋を返す。それは、和樹のポケットにあったはずの、金貨が入っている袋だった。
「なるほど……確かに職人芸だ」
和樹は感心しながら、自分のポケットに小袋を戻した。
平太は、自分の右手を開いたり閉じたりしながら、和樹に言う。
「ところがこの世界の魔物は、RPGのドロップアイテムみたいにさ、剣とか鎧とか、他に例えばエリクサーとか、そんなのを持ち歩いていないんだよな。つまり、俺のこの技能は、戦闘に全く役に立たないわけよ。スリをさせたら伝説級なんだろうけど、犯罪なんてしたら母ちゃん悲しむしな……」
「母さんに逢いたいのか?」
すると、平太は首をぶんぶんと、ちぎれるように横に振りながら、
「まっ……まさか! あんなの鬱陶しいだけだぜっ!」
と、言った後、悲しそうな顔をして続ける。
「……って、こっちの世界に来る前、中二の時は散々思ってたんだけどよ。やっぱり……母ちゃんのポテトサラダ……食いてえなぁ……って……今は……よく考える」
平太の目に涙が光ると、平太は慌てて空を見上げてごまかした。
和樹はそれに気が付かないようにしてぽつりと言う。
「そうか……。やっぱ、そうだよな……」
それを聞いた平太は、和樹が自分の方を見てない事を確認して、さっと右手で涙を拭ってから言う。
「なんかお前って……そんなだっけ? そんなクールだったっけ? 中二で俺らと一緒に転移に巻き込まれて、時間差で、今ここに来たんだよな? まるで、結構大変な三年でもリアルに過ごしてきたかのような大人っつーか、成長っつーかさ……、ん?」
そこで、平太は和樹の顔を見上げて言う。
「お前……確か俺と身長同じくらいだったよな? 今……百八十センチくらい? なんで身長伸びてんの? 普通、中二のままじゃね?」
「細かい事 気にすんなって!」
軽く背中を叩かれると、平太は、二、三歩つんのめってから和樹を振り返り、「そうかな……」と言いながら、頬をぽりぽりと掻いた。
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