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1話 出遅れる

(くぅぅぅ……腹痛ぇ……)


教室の中央列、最後尾に座っている男子生徒が、お腹を押さえながら脂汗を流している。


(今日に限って飲め飲めうるさいと思ったら……、母さん牛乳の消費期限切らしてたろ絶対……)


男子生徒は瞑っていた目を見開き、天井を仰いでみたり、大きく深呼吸をしたりしてみるが、事態が改善する様子は無く、切り立った崖に一歩、また一歩と近づいていた。


(もうだめだ! 残り一年半の中学生活を終わらせるより、人の噂七十五日の方がまし!)


 男子生徒は、両手を突いてからぐぐっと重く立ち上がると、やや内股気味の弱弱しい足取りで教室の後ろ扉へ向かう。ホームルームを進めていた教諭は当然気が付くが、事態をすぐに察したのか、目を伏せ何も言わない。


「ちょっと和樹、大丈夫?」


 男子生徒の隣に座っていた女子生徒は、振り返って男子生徒を見送りながら言った。

 そっとしておいてくれ、和樹と呼ばれた男子生徒はそう思ったが、幼馴染であるその女子生徒は、腹痛程度では気を使わないような間柄だった。


 ……その時だった


カッ!


 教室が、まばゆい光に照らされた。


 和樹の背に手を添えようとしていた女子生徒は、手を止め、自分を照らす足元に目を遣った。そこには、光る線が、床を這うように広がって伸びている。周囲を見回すと、その光る線は一部で繋がり、紋様の様であった。


「魔法陣……?」


 教室の誰かがそう言った。聞こえた全員が息を飲む。


 ……ただ一人、和樹を除いて。


カラカラカラ……


 和樹は、教室の扉を横に開いた。廊下へ一歩踏み出そうとするが、その逆の足が床に沈み出す。


「な……なんか……眩暈が……。足元もふらつく……。腹が……もう限界……?」


ドンッ


 和樹は、強い力で背中を押された。その拍子に、廊下へとつんのめりながら出て、正面の廊下の壁に肩をぶつけた。


「あ……あ……」


 そう力なく声を出した和樹だったが、へなへなと折り曲がる膝に力を入れて真っすぐにすると、険しい顔で最後の力を振り絞り、トイレへと全力で走った。




 三年後


 ロシア上空一万メートルを、超音速で巡行する機体があった。機体は、灰色の幾何学的迷彩に塗られた、三角形に羽を広げる戦闘機だった。


 その戦闘機の操縦席(コックピット)にいる操縦士(パイロット)は、ヘルメット内に映し出される左右の映像を見比べる。


「赤外線探索追跡システムの方には反応が無い。ドローンでは無いのか……?」


 操縦士(パイロット)は、片方のレーダーを切り、AI(人工知能)による予測航行進路(ルート)を表示させた。その進路(ルート)は、自機の進路(ルート)とぴたりと重なっていた。


 操縦士(パイロット)は、ヘルメットの内部表示を切り、ゴーグル越しに肉眼で周囲に視線を配る。すると、風防の向こう、自機の左前方五十メートルほどの所に、人影があった。信じられない事に、その人影は、最新鋭戦闘機と同等の速度で西へと向かっている。


「あれはっ! K……KAZUKIだ!」


 操縦士(パイロット)は、即座に攻撃準備に移った。


「あれがKか……。数日前の領空侵犯の意趣返しか。日本め……」


 操縦士(パイロット)は、液晶パネルに映る光学映像から人影をロックオンした。即座に、空対空ミサイルが、機体から発射された。


「どんな奇術かしらないが、噂が本当か確かめてやる。恨むなよ!」


ドォーン


 爆炎は、あっと言う間に後方へと消えた。操縦士(パイロット)は、口元を緩めながら、肉眼で煙と炎を後ろに見送る。


 その瞬間、操縦士(パイロット)は何かの気配を感じ、全身の毛が逆立った。慌てて、真上を見上げる。


 操縦士(パイロット)の頭の上には、風防を隔て、日本の学生服らしき服装を纏う、高校生くらいの男の子が立っていた。


 ぽかんと口を開けた操縦士(パイロット)だったが、操縦桿から手をゆっくり離すと、その両手を顔の両隣にあげる。


 男子生徒は、操縦士(パイロット)の降伏の様子を確認すると、今度は東の空へ飛び去った。その速度は、先ほど飛んでいた速度の、倍以上かと感じられた。


「あれは本当に……人間なのか?」


 操縦士(パイロット)はそうつぶやいた後、慌てて司令部に通信を入れた。




 府立川西学園への通学路を、一人の男の子が歩いていた。彼は、誰と挨拶する事なく、目も合わせない。だが、その長身と、端正な顔立ちに、目を奪われる女子生徒は少なくなかった。


 学校の校門を男子生徒がくぐった時、その背中を強く叩く女子生徒があった。


「……!」


 男子生徒は驚いて振り返るが、後ろの相手を確認すると、小さく息を吐いて前に向き直る。


「ちょっと! 佐伯和樹クン、なんでがっかりしてんのよ! こんなかわい子チャンが声掛けてんのに溜息付くなんて、信じられへんわ!」


 女子生徒は、頬をこれ見よがしに膨らませて、男子生徒の腕に体当たりをしてみせる。

その女子生徒へ、和樹は一秒ほど視線を遣る。


「……えっと。……?」


 だが和樹は、軽く首を傾げてから、前に直った。


 その様子を見た女子生徒は、和樹の前に周り、足を広げて言う。


「横尾夏華やって! 唯一話しかけてきてくれるクラスメートの名前くらい覚えられへんのっ? 東京モンは、ほんま冷たいわ!」


 しかしそんな横尾夏華の強烈な熱気も、和樹は何食わぬ顔で横を素通りしてみせた。


「ちょっと! そろそろ転校してきて一週間になるんやから、そんなんやったら大阪でやっていかれ…」


ピシュッ


 その時、夏華にはあまりなじみの無い音が聞こえた。何かが割れるような、ひびが入ったような、それに近い音に感じたが、校舎の窓ガラスには、夏華の場所からはまだ遠い。もっと近い場所から聞こえたのだ。


「あれ? これ……何なん?」


 夏華は、空中で止まっている円錐状の物体を見つけた。質感は金属のようであり、円錐の先は、和樹の顔を指しているようだった。


パシッ


 今度は、瞬き程の間で、空中に線が走った。早くて分からなかったが、和樹から、空中に放たれたようにも見えた。


ポト


 円錐の金属が、地面に落ちた。なんとなく蜘蛛の糸を思い出した夏華は、空中に蜘蛛が釣り下がっていないのかを確認した後、屈んで地面の金属へと手を伸ばす。だが、目の前でポニーテールが揺れ、その髪型の女性が、金属を先に拾い上げる。黒のパンツスーツ姿の女性だった。彼女は、金属をポケットに入れながら、和樹に言う。


「ロシアでありますか?」

「無いだろうな。多分、中国に雇われたフリーだ。約一キロ先の八階建てビルで倒れている」


 和樹のその言葉を聞いた女性は、自分の襟元に手を触れ、小声で何かを言った。


 夏華は、靴箱へと歩き出した和樹に、後ろから話しかける。


「……えっと、中国人の……フリーターが? どっかのビルで……倒れるほど美味しいラーメン屋でも始めたって?」

「ぷっ……」


 和樹の口元が緩んだ。その顔を隠すように、和樹はやや大きく腕を上げると、靴箱から上履きを取り出す。


「あ! 笑った! 今 笑ったやんな? 絶対笑った! その調子でクラスになじもうよ!」


 しかし、夏華のその言葉に、和樹は眉間にしわを寄せて、口を真一文字につぐんだ。


「あ~あ。もう! なんか嘘っぽいねんなぁ、それ! なんかジブン、演じてへん? ホンマはそんなんちゃうやろ?」


 和樹の右から、左からと、夏華はそんな言葉を掛けるが、無視を貫かれるので溜息をついた。そうしてから、後ろを振り返る。


 廊下の向こうには、先ほどの女性が、夏華達の後をつけてくる。しかし、彼女だけでは無かった。廊下の前方には、こちらは男性だが、黒スーツの男が立っている。その向こうや、窓から見える隣校舎にも、黒スーツの男女が見えた。


「教育委員会やったっけ? 何時までいるんやろう。もう一週間やんな」


 そう言った後、しばし視線を宙に漂わせる夏華だったが、教室に入ろうとする和樹に言う。


「和樹クンが転校してきたのとほぼ同時やったやんね? もしかして、和樹クン、札付きのワルで、その監視人とか? さっきみたいに、たまにスーツの人らと喋ってるし!」


 和樹の背中を人差し指でつんつんとしていた夏華だったが、和樹の無反応に諦めて、自分の席に座った。和樹は、窓際の、最後尾の自席へ向かう。


(まあ今日は手ごたえあったし、明日はもっと……)


 そんな事を考える夏華は、振り返って教室の窓際にいる和樹に目を遣る。すると、和樹と目が合った。


「……! ……?」


 一瞬喜んだ夏華だったが、それが勘違いだったともすぐに気が付いた。和樹の目は、まるで永遠の別れを悟った恋人の悲しい目のようにも思えた。


 嫌な予感の中で夏華は俯いていると、教室に教諭が入ってきた。すぐに朝のホームルームが始まる。


 教諭の話なんて上の空だった夏華は、何やらいつもと違う学校の様子に気が付いた。廊下に、黒スーツの男女が多いのだ。先ほど、和樹と話をしていたポニーテールの女性も、教室の前扉の外にいる。


 一つ気になれば、連鎖的に色んな物に違和感を覚える。 


 教育委員会の職員との事だが、あのポニーテールの女性は若すぎるのだ。実際の年齢は聞いてないのだが、夏華は、自分とさほど変わらない歳に思えた。どんなに許容範囲を広げても、せいぜい大学生程度の年齢が上限だろう。あの歳で教育委員会に勤められるものだろうか。それに、スーツが全く似合ってないのだ。特に胸の辺りが極めて窮屈で、明らかに急ごしらえの既製品を無理に当てがったようだった。


 そんな中、男性の慌てた声が聞こえた。


「数値上昇! これは来るぞ!」


 その声と同時に、ポニーテールの女性を含む何人かが教室に雪崩れ込んできた。


「避難訓練です! すぐに教室を出て! 早く!」


 黒スーツの男女は、座っている生徒の腕を掴み、無理やり立たせると、廊下へ放り投げるようにして外へ出していく。遅れて校舎に非常ベルが鳴り、ざわつく中、他の生徒達も自主的に立ち上がって廊下へと向かう。


「数値爆上がり! 退避っ!」


 廊下の男性が声を張り上げた。


カッ!


 教室が、まばゆい光に照らされた。


 と、同時に、最後であった夏華が教室から出る。


 教室の床には、光の線で描かれた魔法陣が浮かび上がっていた。


 ()えるかも、と考えた夏華だったが、ある事に気が付いた。


「ちょっ! 和樹クン! なんでまだそこにおんねん! こっちこな!」


 教室には、和樹が一人だけ残っていた。和樹は、叫ぶ夏華を一瞥することなく、教室の中央へ歩いていく。


 騒ぐ夏華を、クラスメート達は冷ややかな目で見ていた。教室が光っているのも、火事か何かの演出だと思っていた。しかし、夏華だけは、これがただの避難訓練では無いと気が付いていた。


「和樹クン! はよこっちへ……」


 教室へ戻ろうとした夏華の前に、ポニーテールの黒スーツ女性が立ちはだかる。


「和樹殿は大丈夫です。ご安心を。さあさあ、校舎を出て、速やかにグラウンドへ……」


 しかし、何やら鼻をフンすかさせて大人のドヤ顔を見せていた女性だったが、何にも無いはずの場所で足を引っかけた。


ガンッ


「おぅふっ!」


 開かれてあった教室扉の角に額を打ち付け、そのまま教室の中へ転がり込む。 


 一層と教室内が光り輝き、その眩しさは目を開けてられない程だった。しかし、そう感じた瞬間には、教室から光は消えており、静寂だけが残っていた。黒い黒板、茶色の机、窓の外で揺れる木々、いつもの教室だった。いつもの、空の教室。


「嘘ッ!  か……和樹クンは?」


 夏華は教室へ踏み込んだ。和樹が立っていた教室中央へ行き、ぐるりと見回すが、和樹は消えていた。


「それに……あのポニテの女の人も……?」


 転んで教室内に倒れ込んだスーツの女性も、廊下から一歩の距離にいたはずなのに、忽然と消え去っていた。



はじめまして!

異世界物を3つ平行して書いていますので

更新は遅いかもしれません。

よろしくお願いいたします。


2話目は5/8 16時投稿です。


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