第279話
「「…………」」
仁王立ちをし、無言で見合う2人。
柊綾愛と鷹藤道康だ。
「まさか、あんたと調査しないとならないなんてね……」
「それはこっちの台詞よ……」
眉間に皺を寄せつつ発せられた道康の言葉に、綾愛も心から嫌そうな表情で返事をする。
柊家の管轄する八郷地区と鷹藤家の管轄する官林地区は、山を境に隣り合っている。
その山に異変が起き、柊家と鷹藤家は魔闘師を派遣したのだが、その魔闘師たちが戻ってくることはなかった。
そのことで脅威を感じた両家は、共に実力者を出して調査を開始することになったのだが、柊家は綾愛、鷹藤家からは道康が出ることになった。
調査の日になり顔を合わせた2人は、ちょっとした言い合いになっていた。
「っていうか、私の方が先輩なんだから、「あんた」はないんじゃないの?」
「……そういや、そうだったっけな……」
八郷学園を卒業し、綾愛は現在22歳。
綾愛が学園の2年次に、1学年下の道康は官林地区のではなく八郷地区の魔術学園に入学してきた。
その当時から始まった柊家の人気上昇を受け、綾愛と婚約することで縁戚関係になり、鷹藤家の人気も上げようと相乗効果を狙ってのものだった。
結局、その狙いもあっさりと崩れ、道康は翌年地元の官林学園に転校することになった。
そのたった1年間だけだが、一応綾愛は道康の先輩にあたる。
綾愛の指摘を受けて当時のことを思い出した道康は、苦虫を嚙み潰したような表情でそっぽを向いた。
「……じゃあ、行きますか? 柊先輩」
「……そうね」
嫌々なのを強調するように綾愛に先輩付けする道康。
若干イラっとしないでもないが、いつまでもこんなやり取りをしていては何も始まらない。
ここは自分が大人になるべきと考えた綾愛は、反論することなく調査を開始することにした。
◆◆◆◆◆
「気を付けてくださいね。恐らく魔人がいると思われますから……」
「「「「ハイッ!」」」」
今回、山の洞窟内に巣くっている魔物の調査に際し、柊家は4人の本社の魔闘師を参加させている。
みんな年齢が上の者ではあるが、実力が一番上のため、綾愛が隊長の役を担っている。
本社の人間とは魔闘師としてエリート集団ということだが、天狗になっている者はここにはいない。
綾愛の指示に対し、彼らは素直に返事をした。
「魔人っ!?」
「なんでこんなところに……」
道康を隊長とした鷹藤家も同じく4人の魔闘師たちを連れてきている。
しかし、綾愛たちの会話を聞いて、彼らは戸惑いの声を上げた。
「……鷹藤家は、そう予想していないの?」
「その可能性は低いと……」
先程、ほんの一瞬驚いた表情を見せたところを見ると、道康も魔人が潜んでいる可能性を考えていなかったようだ。
柊家としては安全第一を考えて本社の魔闘師たちを連れてきているのに、鷹藤家側の警戒心が低く感じていたのはそのせいだったようだ。
「……まぁ、姿が確認されてはいないから魔人がいるとは言い切れないけど、警戒しておくことに越したことはないわ」
「……了解」
鷹藤家では低いと思っているようだが、柊家の方はそうではない。
ここの調査に送った者達は本社の者ではないが、かなりの実力の持ち主たちだった。
その彼らが戻ってこないというのなら、魔人がいる可能性が高いと思っている。
綾愛たちの警戒具合から、道康をはじめとした鷹藤家の者達も気を引き締めた表情へと変わった。
「っっっ!?」
「あれはっ!」
柊・鷹藤の合同調査隊が、警戒しつつ洞窟内を進んでいるとある物を発見した。
「洋服の切れ端……、しかもこの色は……」
落ちていたのは洋服の切れ端。
それを拾った綾愛は、記憶していた情報からあることを思い浮かべる。
「うちの魔闘師の物かもね……」
落ちていた洋服の切れ端。
それは、ここに調査に向かわせて帰ってこなかった柊家の魔闘師が着ていたのと同じ色と生地をしている。
そのことから、綾愛はその魔闘師が何者かによって殺された可能性が高いと判断した。
「これは持って帰って検査したうえで形見として親族に渡しましょう」
「はい……」
行方不明になってから数日経っているため、最悪の可能性も頭に入れていた。
しかし、その可能性が高くなったことに、同じ柊家の仲間としては気持ちが落ち込む。
それでも、この服の切れ端には血が付いているため、DNA検査すれば本人の物と判断できる。
遺体は見つからないが、遺留品だけでも親族に引き渡すことは可能になる。
せめてもの救いになればと、綾愛はこの洋服の切れ端を持ち帰ることにした。
「っっっ!?」
「何だっ!?」
洋服の切れ端を拾った場所から少し進んだ場所で、綾愛たちは突如足を止める。
道康や鷹藤家の者たちもその異変に気付き、小さく戸惑いの声を上げた。
「何か来る!? しかも、大量に……」
感じ取った異変。
それは、大量の何かがこちらに向かって近づいてくる音だった。
恐らく、魔物の集団が近づいてきているのだろう。
段々と大きくなってくる音に、調査隊の全員は持っている武器を抜き、臨戦態勢に入った。




