第277話
「……納得いかない!」
「まあまあ……」
不機嫌そうというより、不機嫌を露わにする綾愛。
そんな綾愛を、隣にいる奈津希が宥める。
「……だって! 不戦勝って!」
「いやいや、なんで柊の方が腹立ててるんだよ?」
奈津希に宥められても納得がいかないらしく、綾愛は不満を言い続ける。
そんな綾愛に、ベッドに横になっている伸がツッコミを入れた。
「八郷学園初の対抗戦3連覇なんだから喜べよ」
対抗戦には、毎年のように魔人が出現した。
今年も決勝戦の途中に出現したため、大会は一時中断することになってしまった。
その魔人たちも、柊・鷹藤家をはじめとする名門家によって討伐されたことがすぐに知れ渡り、国民は安堵した。
柊家当主の俊夫によって、伸によって魔王であるバルタサールが倒されたのは公には秘匿されることになったが、戦いに参加した者たちの間では、誰が倒したのかということは知れ渡っている。
そのバルタサールを倒した伸は、魔力を使い切ったことによる魔力欠乏で気を失い、病院に運び込まれた。
怪我や病気は魔術によってすぐに治すことは難しくないが、魔力の場合は時間経過でしか回復することはできない。
回復したとしても、すぐに気が付くわけでもないため、安静にしておくしかないというのが常識だ。
名家の魔闘師たちによって魔人たちが討伐されたため、対抗戦の決勝も再開されることになった。
しかし、伸は魔人から逃げるために魔力を使い切って気を失っている(ということにされている)ため、綾愛の不戦勝と言うことになった。
それにより、綾愛の対抗戦3連覇が決定したのだが、寝ている間に負けにされた伸ではなく、勝者の方が不満そうだ。
理由が理由なだけに、別に優勝できなかったのは気にしていないため、伸は綾愛を宥めるように優勝を喜ぶように促した。
「……喜べないよ!」
八郷地区にある八郷学園。
その八郷地区は、他と比べると山が多いため交通の便が良くない面がある。
そのため、他の地区の物からすると田舎に思われている。
たしかに、人口や都市の発展度を数値的に比べて見ると、他の地区より劣っていることは否めない。
しかし、それは数年前の話だ。
ここ数年、八郷地区魔闘師の名家である柊家の活躍(そのほとんどが伸のおかげ)もあって、その考えは少し変化しつつある。
そして、柊家当主の娘である綾愛の対抗戦優勝も1つの要因と言っていい。
魔闘師のエリートとなる者達が通える各地区の魔術学園。
その全国の魔術学園による対抗戦は、国民にとって人気の大会となっていて、優勝するなんて魔闘師としてはエリート中のエリートだ。
それを3連覇するなんて、魔闘師として即活躍できることは間違いない。
しかも、それが柊家当主の娘と言うのだから、柊家には躍進する何かがあるのではないかと期待して、柊家関連企業に就職を希望する者が増えるのも当然と言っていいだろう。
しかし、不戦勝で得た3連覇なんて、綾愛としては納得できない。
そのうえ、魔王であるバルタサールを倒すような伸に自分が勝てるわけがない。
とても優勝者として胸を張ることができないというのが、綾愛の心の底からの思いのため、当然喜べるものではない。
「教育委員会や大会関係者からすると、例年通り今年中に終わらせたかったんだろ?」
あれほどの魔人の襲撃を受けたのにもかかわらず大会が再開されたのは、大会が年末に開催されていると言うこともあって、今年中に終わらせた方が新たな気持ちで新年を迎えることができるのではないかと大会関係者が考えたからではないだろうか。
余計なカリキュラムの変更もすることもないため、教育委員会からの圧力も多少はあったのではないだろうかと伸は考えていた。
「伸は何とも思わないのか?」
見舞いに来ているのは、綾愛と奈津希だけではない。
一緒に来ていた了が、落ち着いている伸に問いかけてきた。
「参加する以上は優勝したかったが、あんなのを相手にしたんだ。死なずに済んだし、気を失ったまま年越ししなくて済んだだけでも良かったと思ってるよ」
「そうか……」
本当なら八郷学園の代表として対抗戦に参加する予定だった奈津希に代わって出場することになったのだから、伸としても優勝したいという気持ちがなかった訳ではない。
しかし、自分も死ぬかもしれなかったため、バルタサールを倒すことに全力を尽くしたことに後悔はない。
そのせいか、対抗戦の優勝を逃したことに腹立たしさは、伸の中には浮かんでいなかった。
少しとはいえ魔人の相手をした了としても、大会なんて命あっての物種という気持ちは分からなくもないため、伸に言葉にすんなりと納得した。
「悪かったな……」
「いや、気にするな」
決勝戦前日のホテルで、了は伸の勝利を期待していることを伝えてきた。
伸もそれに応える返事をしていた。
それを違えるような結果になってしまったため、伸は了に謝った。
了もそのことを覚えていたらしく、伸が何について謝っているのかすぐに理解する。
しかし、今回のことは仕方のないことなだけに、了は伸を責めるようなことはしない。
むしろ、首を左右に振って謝るようなことはないと伸のことを慰めたのだった。




