第257話
「下がれ康則! 前に出すぎだ!」
「……っ! はい……」
隣に立つまで前に出てきた康則に対し、康義は下がるように指示を出す。
自分の身を犠牲にし、魔人と化した文康の命を絶つことを狙っている康則としては、機会をうかがうのに父のその指示に従うわけにはいかない。
しかし、指示に従わなければ、文康を道連れにするつもりでいることを父に気付かれてしまうもしれない。
そのため、康則は渋々といった感じで返事をしてその場から少し下がった。
「…………」
援護役を頼んだというのに、康則が前に出てくるなんてどこかおかしい。
康義は僅かな違和感を覚えた。
『何か考えが……?』
その違和感から、康則には何か策があるのかもしれないと康義は考えるようになっていた。
そして、
『まさか……』
康則が危険を冒して何かをしようとしていることから、康義はある考えに思い至った。
自分が犠牲になる事で文康を道連れにするという考えに。
康義もその考えが頭にあった。
しかし、自分が犠牲になった時、康則に父と子を殺すという役割が担えるか不安だったからだ。
鷹藤家史上最強と言われた自分を父に持ち、鷹藤家史上不世出の天才と言われた息子を持つ康則。
彼自身、鷹藤家の歴史の中ではかなり上位に位置するレベルの実力者だ。
ただ、父と息子の存在が彼の実力を霞ませているといっても過言ではない。
きっと周囲から陰で色々と言われてきたことだろう。
それでも次期当主に慣れるだけの器を示しているのだから、康義からすると自慢の息子である。
そんな彼に、これ以上の重荷を背負わせるわけにはいかないと思っていたが、彼自身は自分を犠牲にすることも厭わないつもりなのかもしれない。
『それならば……』
康則が自分を犠牲にすることを厭わないという選択をしているというのなら、自分にも考えがある。
「康則!」
「はいっ?」
文康が放つ魔力の斬撃攻撃を躱しながら、康義はあることを決めた。
突然声を掛けられた康則は、父が何を言うつもりなのかと首を傾げる。
「俺がやる! 後は頼むぞ!」
「っっっ!? 父さん!?」
康義のその言葉だけで、康則は意味を理解する。
父は、自分が犠牲になる事で文康の隙を作るつもりなのだということを。
「駄目だ! それは俺が……」
康則としては、次男の道康を強い当主に導いてもらうために、自分よりも父に生き残ってほしいと思っていた。
それなのに、父の方が犠牲になるなんて、後々の鷹藤家にとって良くない選択だ。
文康が魔人になり、人々の前に現れたことで、鷹藤家から魔人が生まれたということは隠しようがない。
それが魔人たちによって、魔人にさせられたのだとしてもだ。
この場を乗り越えたとしても、きっと鷹藤家の名声は地に落ちることになる。
そうなったとしても、鷹藤家史上最強と言われた父がいれば乗り越えられるはずだ。
それができるのは自分ではない。
そのため、康則は父に異議を唱えようとした。
「強さだけの俺よりもお前の方が鷹藤家を導くのにふさわしい!」
「父さん……」
鷹藤家史上最強と言われ、その力で鷹藤家を引っ張ってきた自負が康義にはある。
しかし、今後の鷹藤家にとって、強さだけではどうにもならない。
それよりも、康則のように我慢強く上を目指すことの方が重要になってくるはずだ。
その思いから、康義は自分が犠牲になる事を譲るつもりはないことを主張した。
自分以上に決意を決めた父の表情を見て、康則は何も言えずに受け入れるしかなかった。
「んっ? 俺を倒す案でも思いついたか?」
連続で魔力の斬撃を放ちながら、文康は余裕の表情で2人に話しかける。
少し離れたところにいる2人が話しているのは聞こえていた。
恐らく何か作戦を思いついたようだ。
どんな作戦なのかは分からないが、パワーアップしたことで魔力が溢れてくる感覚に酔っているのか、文康は今の自分なら恐れるに足りないと思えるようになっていた。
「行くぞ!」
「はいっ!」
2人とも完全に決意が固まったのか、決死の表情で動き出した。
「むっ!?」
康則が文康が放つ魔力斬撃を魔力の球を連射することで相殺する。
それによって、康義は余計な動きをすることなく文康との距離を縮めていく。
魔力斬撃では止めきれないと判断した文康は、迫りくる康義に向けて刀を構える。
接近戦で勝負をつけるつもりだ。
『パワーでねじ伏せるだけだ!』
何を企んでいるのか分からないが、接近戦では自分のパワーで吹き飛ばすことができる。
今の自分の魔力量ならば、魔力切れで先に動けなくなるのは祖父と父の方だ。
このまま戦い続けるだけで自分が勝利できる。
そのため、文康は康義の接近を脅威に感じていなかった。
「シッ!!」
「ハッ!!」
接近と共に刀を振り下ろしてくる康義。
その刀に自分の刀をぶつけて、康義を吹き飛ばそうと振り上げる文康。
“キンッ!!”
「なっ!?」
刀と刀がぶつかり合う甲高い音が鳴り響く。
しかし、結果に文康が目を見開く。
吹き飛んで行ったのは刀だけで、康義は刀同士がぶつかる瞬間手から離していたためだ。
「ハッ!!」
刀を振り抜き、隙だらけになった文康。
そんな文康に、康義は動きを封じるためにタックルしたのだった。




