第233話
「…………」
「…………」
構えを取り、向かい合ったまま動かない伸と了。
先程の会話から、伸が攻め、了が防御するつもりだ。
“フッ!!”
「っっっ!!」
何を合図にしたのか、伸が音もなく動く。
高速で一直線に進み、了との距離を詰める。
「来いっ!!」
目で追うのもやっとといった速度で伸が接近してくる。
とんでもない速度だが、全く反応できない程ではない。
攻撃を止め、そのまま反撃を繰り出そうと、了は迫りくる伸の動きに注視し待ち受ける。
「シッ!!」
「ハアァー!!」
急接近と共に居合斬りを放つ伸。
その攻撃に合わせ、了は全魔力をつぎ込んで身体強化した状態で木刀を振り下ろす。
防御すると共に、伸の木刀をへし折るつもりなのかもしれない。
“フッ!!”
「きっ、消え……!?」
伸の木刀と自分の木刀がぶつかる。
そう思った瞬間、了の視界から伸の木刀が消えた。
“スッ!!”
「……えっ?」
伸の木刀を折るために全力で木刀を振ったため、了は前のめりになる。
そんな了の背後から、首筋に木刀が添えられる。
それは見失った伸の木刀だ。
何が起きたのか分からない了は、戸惑いの声を上げるしかなかった。
「悪いな……」
「しょ、勝者! 新田!」
「「「「「…ヮワーーー!!」」」」」
勝った伸は、了に向かって小さく声をかける。
そして、そのすぐ後に審判が勝者の名を叫んだ。
了だけでなく、観客たちも良く分からないうちに勝敗が決したからか、歓声も僅かに遅れて広がって行った。
「……伸!」
「んっ?」
歓声が響く中、負けた了が伸に話しかけてきた。
「最後のはどうやったんだ?」
木刀が目の前で消えた理由。
それが分からなかったため、了はどうやったのかを問いかける。
「あれは、了の木刀が当たる瞬間止めて、体ごと回転して方向転換したんだ」
「……いや、それだと相当体に負担が来るんじゃないか?」
伸の言っていることは、はっきり言って人間には無理な動きに思える。
できないこともないとは思えるが、本当にやたら体に相当な負担がかかって体を痛めることになる。
そうなったら試合どころではなく、負け決定の状況になっていたはずだ。
そう考えた了は、そのことを指摘した。
「そうならないために、負荷のかかる部分に魔力を集めて身体強化するんだ」
「そんなこと……、できるのか……」
こともなげに言うが、それをやるには相当な魔力操作能力がないとできないはず。
自分も動きながら足から腕に魔力を移すという操作能力を練習してきたからこそ、その難易度の高さが分かる。
それができるということは、自分の理想とする戦闘方法を、伸はもう習得しているということになる。
同じ年齢でそんなことができるなんて思えなかった了だが、自分が負けた状況を考えると、伸は本当のことを言っているのだろうと段々と思うようになった。
「……参った」
「あぁ……」
魔力操作技術の差に了は負けたことに納得し、伸に手を差し出し握手を求める。
負けたというのに、表情はどこかスッキリしているように見える。
健闘をたたえ合うために、伸も手を差し出してしっかりと了と握手をした。
「やっぱお前すごかったんだな」
「……まあな」
握手をしたまま、了は伸の強さに言及する。
これで、これまで引き分けばかりだったのは、自分が手を抜いていたからということが了に知られてしまった。
自分は鷹藤家の血を継いでいる者で、鷹藤家の干渉を防ぐために実力を隠していたと素直に言いたいが、今更それを言ったところで言い訳になってしまう。
そのため、伸としてはどう話しかけていいか分からなかった。
“ぐりっ!”
「いてっ!」
何を言っていいか分からないでいた伸に対し、了が握っている手に力を込めてきた。
試合が終わって身体強化を説いている状態なので、体格の良い了の方が力が強いため、伸は痛みで顔を歪める。
「これで我慢してやるよ」
「ったく……」
伸の手を強く握って憂さを晴らした了は、一言告げて武舞台から降りていく。
本当は色々聞きたいだろうが、自分がずっと黙っていたのは何か理由があるのだと察してくれたのだろう。
そんな了の背中を少しの間見送り、伸は痛む手を振って武舞台から降りて行った。
◆◆◆◆◆
【続きまして、官林学園鈴木選手対、八郷学園柊選手の試合を始めます!】
会場に次の試合のアナウンスがされる。
もう一つの準決勝の対戦カードは、官林学園3年の鈴木という女子選手と現在2連覇中の綾愛だ。
「……伸、どっちが勝つと思う?」
選手控室に戻り、モニターで観戦している伸に、隣で見ている石塚が問いかけてきた。
開始線に立って向かい合う2人。
いつもの表情で木刀を構える綾愛に対し、遠距離から魔術攻撃を主体とする鈴木はかなり緊張しているように見える。
相手は2連覇中の綾愛なのだから、そうなるのも仕方がないだろう。
「……柊だろうな」
「だよな……」
石塚の問いに、伸はそれほど考えることなく返答する。
思っていた答えだったからか、石塚もすぐに頷いた。
「始め!!」
「シッ!!」
「っっっ!!」
審判の合図と共に動く綾愛。
その動きに合わせるように鈴木が魔術を放つが、綾愛には当たらずスイスイと距離を詰められる。
「ハッ!!」
「あっ!!」
そして、開始して1分も経たないうちに鈴木の懐に入り、綾愛は首筋に木刀を沿わせた。
「それまで! 勝者柊!」
「「「「「ワーーー!!」」」」」
勝敗が決し、勝者が宣言され、客席から大歓声が上がった。
「うわ~、あっという間かよ……」
「やっぱそうなるよな……」
準決勝までの戦いを見ていると、魔術の高速連射で敵を近づけずに勝利してきただけあり、鈴木の実力は確かに高い。
しかし、相手が綾愛ではその連射速度も通用しなかった。
こうなることは予想できていたが、あまりにも速い決着に石塚と伸は相手の選手が少々気の毒に思えていた。
「まぁ、予想通りだな……」
「そうだな」
これで決勝の対戦カードが決定した。
伸と綾愛の婚約者同士の試合という、メディア関係者にとっては恰好のネタが提供されることになった。




