第231話
「よう!」
「おう!」
ホテルの一室。
伸と石塚が泊っている部屋に、了が入ってきた。
「おっ! 明日の相手の偵察か?」
挨拶を躱す伸とは違い、石塚は了に問いかける。
しかし、その表情は笑みを浮かべていることから、了をからかっているのが分かる。
「明日の対戦相手とはなるべく話さない方がいいとは思っていたが、伸に一言だけ言っておこうと思ってな」
「んっ? 何だ?」
全員1回戦勝利して良い雰囲気になっていた八郷学園の選手団だったが、2回戦で2年生2名が、3回戦で残りの2年1名と1年の2人も敗退した。
昔の八郷学園なら2勝しただけでも充分な成績なのだが、綾愛が2連覇していることから、自分たちもという思いで訓練を重ねてきたためだろう。
敗退して涙を流す者は少なくなかった。
そして、残っているのはベスト4。
一度落ちた八郷学園選手団の雰囲気は再度上昇している。
というのも、学園の生徒が3人ベスト4に残ったからだ。
八郷学園3年の伸・綾愛・了の3人が残り、明日が準決勝になるのだが、2人が言っていることからも分かるように、伸の相手は了になった。
同じ学園で友人同士の対決。
それが分かっているため、ホテルに帰った学園の生徒たちの間にはなんとも言えない雰囲気が広がっていた。
そのため、了も睡眠時間前である今になって訪ねてきたのだろう。
それを理解しているからか、伸はいつもと同じ態度で問いかけた。
「明日はいつものように引き分けじゃ終わらないからな!」
「……あぁ、分かってるよ」
1年の頃から一緒のクラスのため、伸と了は授業や訓練で手合わせすることが何度かあった。
その場合、時間が来るまで互角の攻防が続き、時間切れによる引き分けで終わっていた。
1回や2回ならまだしも、毎回ともなれば違和感を感じるのも当然だ。
つまり、了は「これまでのような手抜きをせず、明日は全力で来い!」と遠回しに言っているのだろう。
実力があることを周りに知られないようにするためだったとはいえ、手を抜いていたのは事実。
しかし、今回はもうそんなことはしない。
そう考え、伸は了の言葉に返答した。
「それだけ言いに来たんだ。じゃあな」
「あぁ」
伸の表情と返事から何かを感じ取ったのか、了はどことなくスッキリした様子で退室していった。
「…………伸」
「んっ?」
伸と了の会話を黙って聞いていた石塚は、了が去って少ししてから伸に話しかける。
いつもより声のトーンが低い。
何かあったのかと、伸は石塚の方に顔を向ける。
「俺はお前に勝ってほしいけど、了にも負けてほしくないって思うんだが……」
明日の試合で伸と了が戦う。
試合なのだから、どちらが勝ち、どちらかが負けることになる。
しかし、自分としてはどちらも友人のため、負けるところを見たくない。
「セコンドとして間違ってるかな?」
どちらにも負けてほしくないけれど、自分は伸のセコンドだ。
了に負けてほしくないということは、伸に勝たないでほしいと言っていると同じことだ。
セコンドとしては、そう思うことは間違っているように思え、石塚は心のどこかで引っかかっているのだ。
「……いいや。間違ってないんじゃないか?」
それを正直に自分に言ってくる時点で、石塚は良い奴だ。
なので、伸は自分の考えを伝えることにした。
「俺も柊と了が戦った時は、了に負けてほしくないって思ったからな」
「そうか……」
自分も石塚と同じ思いをしたことがある。
対抗戦の校内選抜戦で、綾愛と了が戦うことがあった。
その時、自分は綾愛のセコンドでありながら、了に負けてほしくないと思った経験がある。
だからこそ、伸は石塚の思いを否定しなかった。
伸の言葉を聞いて、石塚はスッキリしない様子で頷いた。
「まぁ、どっちも勝ってくれって思っていればいいんじゃないか?」
友人同士の対決を見ないとならないとはいえ、石塚は自分のセコンドだ。
恐らく、了のセコンド役の吉井も同じ思いをしていることだろうが、自分のことを応援だけをしろなんていうつもりはない。
そのため、伸は2人ともを応援するように勧めた。
「……分かった。そうするよ」
本人である伸に言われたことでスッキリしたらしく、石塚は少しずついつもの表情に戻って行った。
「よし! もう寝ようぜ!」
「……そうだな」
石塚の言葉に、伸は「スッキリしたらしたでやかましいな」と思いつつ返事をする。
「グ~……」
「……えっ!?」
そんなテンションで寝られるのかよと言おうと思った伸だったが、いつの間にか隣からは寝息が聞こえてきた。
あまりにも速い眠りのつき方に、伸は思わず声が漏れてしまった。
「まぁいいか……」
石塚が眠ったのなら、これで1人で考える時間ができたということだ。
「…………」
伸としても、明日の了との試合に思うところがある。
慢心しているわけではないが、はっきり言って自分が負けるとは思えない。
それなら、どうやって了が落ち込まないように勝てばいいのか。
そんなことをしばらく考え、伸は眠りについたのだった。




