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第221話

「「「「「………………」」」」」


 試合が開始され、会場の観客たちは声を失う。

 対抗戦出場権内の3位が決定した奈津希が、何故だか新田伸という男子生徒を名指しで決闘を申し込むなどという前代未聞ともいえる行為に出た。

 今年に入り、柊綾愛の婚約者として有名になった彼だが、実力に関しては平均より少し上という評価しかしていなかった。

 観客の誰もが、奈津希が彼を指名した意味が分からなかった。

 なんなら、決闘というより弱い者いじめにしかならないのではないかと思っていた者がほとんどだろう。

 しかし、蓋を開けてみたら全くの逆。

 速度が自慢の奈津希が、全然ついていけていない。


「ここまでとは……」


「……おい了! これどうなってんだ?」


 綾愛とは反対の選手入場口。

 そこから伸と奈津希の戦いを見つめる了と石塚。

 予想していた以上に奈津希を圧倒する実力に、了は思わず戸惑いの言葉を呟く。

 石塚の方は、伸がここまでの実力を有していると思っていなかったためか、了以上に戸惑っている様子だ。


「見ての通り、あれが伸の実力なんだよ」


「何だって……?」


 自分とは違い、伸と何度も剣術の稽古をした経験がないのなら、授業での成績で実力を判断するしかない。

 成績的には学年平均より少し上。

 だけど、頭の良さで実力差を埋めるタイプだと石塚と吉井は考えていたはずだ。

 しかし、伸はその予想を覆すかのような動きを見せている。

 そのため、石塚が戸惑うのも理解できる。

 だからこそ、了が見た通りだと告げると、石塚は信じられないという表情で、目だけは必死に伸の動きを追いかけた。






「やっぱりすごいですね」


「負けると分かっていて、どうして杉山は決闘を申し込んだんだ?」


 最初はあっという間に奈津希の背後を取るスピードを見せた伸だが、今度は防御能力を見せるようにその場から動かない。

 その状態で、綾愛すら全力で対応しないとならないような奈津希の高速攻撃を、難なく木刀で防いで見せる。

 しかも、右手一本でだ。

 死角となる背後から攻めているのに、伸は一瞥もくれることなく防いで見せる。

 奈津希の高速移動にも、余裕でついていけるほど探知能力が優れていることの表れだ。

 柊家当主の俊夫ですら、溺愛する愛娘を婚約者にすると言わせる実力を有している伸だ。

 これくらいはやってのけるだろうと奈津希自身分かっていたが、さすがに少し狼狽してしまう。

 そんな奈津希に対し、伸はこの戦いを申し込んできた理由を尋ねた。

 

「新田君は綾愛ちゃんの婚約者です。そして、私は柊家を補助する杉山家の人間。仕える相手が有能であればあるほど仕える者にとっては誇らしいもの……」


 杉山家の初代が魔物によって命を落としかけた時、その時の柊家当主によって命を救われたという歴史がある。

 それがなければ途絶えていた一族だ。

 その恩を返すべく、杉山家の人間は幼少期より柊家の右腕となるように言いつけられてきた。

 別にその言いつけに従う必要はないのだが、奈津希としてはそれを否定する気持ちもない。

 主従的な立場でありながら、綾愛の親友として育ったことがそう言った思考形成に行きついたのだろう。

 親友であり将来は支える立場の綾愛の配偶者は、誰もが認めるような人間であってほしい。


「だからこそ、綾愛ちゃんの相手はこの国……、いえ、世界一の魔闘師と知らしめたい」


 最有力候補である伸が隠すつもりがないのなら、世間に徹底的にその実力を知らしめてほしい。

 この先の柊家のことを考えれば、自分が対抗戦に出場して名を上げることよりも重要なことだ。

 だから、伸の名を広めることを優先すした奈津希は、負けると分かっている決闘を申し込んだのだ。


「……そうか」


 自分よりも柊家、そして綾愛の未来のことを真剣に考えての行動。

 その精神に関心せざるを得ない。


「ハァ、ハァ……」


 魔力切れを起こそうとも構わない。

 そんな思いで全力で伸に向かっていく奈津希。

 しかし、どんな攻撃をしても防がれ、躱される。

 とうとう息が続かなくなった奈津希は、足が止まり、肩で息をする。


「……終わりだ」


「っっっ!? ……ま、参った」


 奈津希の足が止まるのを待っていたかのように伸が動く。

 一瞬にして奈津希との距離を詰め、首筋に添えるように木刀を止める。

 その攻撃に反応できず、奈津希は降参を宣言するしかなかった。


「勝者! 新田!」


「「「「「……ワーーー!!」」」」」


 多くの者が奈津希の勝利を予想していたというのに、あまりにも真逆な勝利。

 戸惑いからか、会場の観客たちは審判役の三門の勝利者コールにワンテンポ遅れて歓声が上げた。


「杉山……」


「んっ? 何?」


 会場の歓声が響く中、伸は奈津希に声をかける。

 そして、奈津希の思いにこたえるように、自分の考えを伝えることにした。


「世界一は分からないけど、とりあえず対抗戦で日本一になってみせるよ」


「……フフッ!! 簡単に言ってくれますね。まぁ、本当のことなのだろうけど……」


 対抗戦で日本一ということは、優勝をすると宣言しているに等しい。

 本来ならば、校内戦の選手に選ばれなかった時点で対抗戦に出場する資格がなかった選手が対抗戦で優勝すると宣言するなんて、多くの者がおこがましいと言うことだろう。

 しかし、伸の実力を知っている奈津希からすると、本当に優勝できるのだろうと予想できる。

 それをあまりにも簡単そうにいうものだから、奈津希は思わず笑ってしまった。


「私の見る目も確かなものと思ってもらえるから、そうしてもらえると嬉しいわ」


「おう。任せとけ!」


 伸が優勝すれば、実力を見出して決闘を申し込んだ自分の評価にもつながる。

 対抗戦が終わったらそうなっているだろうという想像をしつつ、奈津希は伸に右手を差し出す。

 対抗戦の優勝することを奈津希に誓うように、伸も右手を出して握手を交わした。



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